第31話 旅立ちの前の真実

 次の日の夕方。

 サティスは村長の村に訪れていた。


 セトはリョドーが連れて行った。

 彼は彼でセトと話したいそうだ。


 なんでも男同士の話だとか……。

 後で内容を聞いてみようかと思いながら、サティスは村長であるスカーレットと応接室で話す。


「夜中に来たあの女の子ですが、今村の魔術師の方に魔術医療を受けてもらってます。……幸い命には別状ないみたい。酷い怪我だったけど案外頑丈なのね」


「……あの、ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。私達はもうこの村にはいられません」

 

 差し出された紅茶はすでに冷めていた。

 平らな水面にはサティスの暗い表情が映っている。


 重苦しい空気を漂わす中、スカーレットはにこやかに彼女を慰めた。

 隣りに座り、サティスの背中を撫でる。


「そんなに気を落とさないで。この村では変なことが起こるのはしょっちゅうなの。この間だって……」


「いえ、村長。実は、あの少女は……実は勇者一行のひとりなんです」


 サティスは話す。

 ここで黙っていても、ヒュドラがいる限りきっとわかってしまうだろうと。


「あの人は、セトを連れ戻しに来たんです。一度は彼を追い出してから状況が変わったんでしょう。でもまさか……こんな早くに連れ戻しになんて」


 サティスはこめかみに手を当てて、悩みの痛みに耐える。

 本当に頭痛でもしているかのように頭が重かった。


「そしてアナタは、人間じゃない。……恐らく敵対していた魔人ね?」


「……え?」


「心配しなくていいわ。……来たときから、アナタ達はなにか事情があるものだとわかってた。長くこの村の村長をやっているとね、顔を見ただけで"あぁ、この人は……"って感じちゃうのよ」


 そのとき、スカーレットはまるで答え合わせをする学問の師のように優しく語り掛けた。

 その言葉のイントネーションや目の色には、侮蔑や憤怒の気は見られない。


 どこまでも穏やかに包み込む陽光のような雰囲気でサティスに接していた。

 そんなスカーレットの姿勢に困惑するサティス。


 思わずズレそうになった眼鏡を直し、サティスはスカーレットと向き合う。

 なぜスカーレットはサティスが魔人と気づき、そしてこの村にいることを許したのか。


「ど、どうして……?」


「……私の愛した人も、魔人だったわ」


「……え?」


「出会ったのは戦場。お互い憎み合う者同士だった。ある日、お互い戦っていたら深々と被っていた兜が同時に脱げたの。同時によ、信じられる? ……お互いの顔を見たのがそれが初めてだった。ふたりして戦争の最中に固まって……。一目惚れだった。今でもあれは奇跡なんじゃないかって思うくらいの出会いだったわ」


 魔人という存在と面識があっただけでなく、その人とも愛し合っていた。

 そこから紆余曲折あり、今に至る。


 数年前に夫であったその魔人は、病で死んだ。

 強靭な肉体を持つ魔人であっても病魔には勝てなかったらしい。


「────……だからアナタ達が来たときはもう内心ビックリしたわ。人生に疲れた顔をした人間の子供と魔人の女性がふたり。きっとこれもなにかの巡り合わせだって思って」


「それで……私達を? 敵とは思わなかったんですか? 私は……魔王軍にいたんですよ?」


「敵か味方か、か。さぁ……どうだったかしらね」


「そんな適当な……」


「フフフ、ごめんなさいね。でも、もし困ったことがあれば村の皆が力になってくれるもの。……それに、アナタ達のことに勘付いてたのは私だけじゃないのよ?」


「それはどういう意味ですか? まだ、他に気付いた人がいると?」

 

 サティスの冷めた紅茶が、一瞬波紋を生んだ。

 受け皿に乗せられたままのティーカップは、蝋燭の火によって艶やかに光沢を放ってる。


 今のサティスの心の動きを表したものか。

 そんな風に感じ取りながら、スカーレットは紅茶を一口してから優しく言葉を漏らす。


「……────村の皆、よ」


 その言葉を聞いたとき、サティスは思わず口を覆った。

 全員自分達のことに薄々勘付いた上で、この村の滞在を許したというのか。

 

 サティスにはにわかに信じられなかったが、スカーレットは真実をありのままに話す。


「言ったでしょう? ここは変わり者の村。英雄もいれば賢者もいる。彼等の観察眼は並じゃないわ。……皆色んなワケがあってこの村に辿り着いてきたの。人よりずっと孤独を感じている人達の心の港、それがこのベンジャミン村。……リョドーさんなんて一目で看破したわ。セト君のことも、アナタのことも。だけど、"心配はいらない"って言ってたわ。それどころか、セト君とも仲良くなっちゃって」


「信じ、られない……どうして、私達、なんかを……ッ!!」


 この村には奇跡の魔法でもあるのだろうかと疑った。

 知らないうちに2人はずっとこの村の皆に見守られてきたのだと。


 涙が零れてきた。

 今まで人間を見下してきた己自身を大いに恥じるサティス。


 大粒の涙が頬を伝い、嗚咽が止まらない。

 人間の繋がり、そして温かみが彼女の壊れかけていた心を満たしていく。


「今は泣いていい。いいえ、泣いた方がいいわ。大丈夫、アナタ達ならこれから先上手くやっていける。不器用な私がここまでこれたんだもの。……でも、あの子の前では笑顔でいなさい」


「……はいッ」


 サティスはセトと話し合ったことをスカーレットに話す。

 明日にはこの村を出て、もう一度旅をすると。

 もっとセトに世界を見せてあげたい、と。


「……そう、残念ね。でも、決めたのなら仕方ないわね」


「本当に、申し訳ありません」


「いいのよ。楽しんできてね。……あ、あとあの家は取り壊さずに置いておきますからね。いつでもこの村に帰ってこれるようにしておかないと。……ベンジャミン村はアナタ達をいつでも歓迎するわ」


「……ありがとう、ございますッ!」


「そうだわ! 今夜は村の皆を集めてパーティーでもしましょう! うん、それがきっといい」


「そんな……」


「いいのよ。ときにはパァーッとやりましょう! その方が村の皆も喜ぶから」


 こうして、ふたりの送別会が行われることとなる。

 夜の村はいつも以上に賑わい、誰もが彼等の旅の無事を祈った。



 そんな中、意識を取り戻したヒュドラは、用意された部屋で空虚な表情なまま宙を見つめながら、その賑わう声を聞いていた。 

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