第23話 仕事終わりの家でのゆっくりした時間、だったんだが……

 その日の夕方、サティスは教えてもらったレシピと貰った果物のパイを持って帰宅した。

 すでにセトが帰っていて、彼は扉を開けてサティスを出迎える。


 同時に果物のパイの臭いを嗅ぎつけ、目を輝かせる。

 セトにとってはパイという食べ物は未知なるものだ。


 夕飯のときに出すことを約束し、サティスは早速準備に取り掛かる。

 部屋で待っているように言ったが、セトはそのときから食卓の椅子に座ってじっと待っていた。


「……さぁ出来ましたよ。食べましょうか」


「いただきます!」


 以前セトが畑での仕事で報酬として手に入れた豆と鳥の肉をたっぷりと使ったスープ。

 そして貰った果物のパイ。


 今日も働いた2人は、質素ながらもその料理とパイに舌鼓を打つ。

 なんでもおいしく食べるセトを姿を見ながら、サティスは微笑んだ。


 蝋燭の火に照らされる食事と2人。

 すでに暗くなった外では綺麗な星が見えていた。


 ────明日も晴れそうだ。

 そう思いながら、セトは貰った果物のパイにかじりついていく。


「これ……美味いな」


「でしょう? ここの果物を使ったパイは、はっきり言ってどの料理店のパイよりもおいしいんじゃないかって」


「あぁ、もっと食べたくなるな」


「フフフ、残りは明日に取っておきましょう。明日はですね。一緒にピクニックへ行こうと思うんです」


「え、ピクニック? この村に来るときに言ってたあれか?」


「えぇ、村外れの丘へ行きましょう。スカーレットさんからの御提案です。リョドーさんにも話はもういってるかと思います。どうですか?」


 サティスの誘い。

 というよりも、村長であるスカーレットが気を利かしてくれた提案。


 当然セトには断る理由もない。

 むしろここへ来てから働きづめで、そういったことが出来なかった。

 否、サティスに対しそういった配慮が出来なかったことを悔やむ。


「わかった。行こう」


「フフフ、よかった。丘まではそこまで時間はかからないそうなので、多少御寝坊してもいいですよ。……というよりも、アナタはいつも早起きしすぎです」


「う~ん、リョドーの仕事に同行してる分時間にも気を配らなきゃいけないからなぁ。……わかった、じゃあ少しだけ遅く起きるよ」


「よろしい。……さて、私は食器を洗いますので、アナタは紅茶を淹れてくれますか? ……落としたり零したりしないように」


「任せろ。初日の頃の俺と思うな。サティスとリョドーに鍛えられたからな」


「……なんだろう、すこぶる心配」


 こうして家事を一通り終えたサティスは、セトと共にソファーに座って紅茶を嗜む。

 サティスが空間魔術にてしまっておいた日用品のひとつ、ティーセットを使用している。

 セトもこれが気に入ってくれた為、2人でこうして使っているのだ。

 

「ふぅ。おいしい」


「あぁ、水ばっかり飲んでた頃と比べるとかなりの贅沢だ」


「いいじゃないですか贅沢くらい。明日はもっと贅沢ですよ」


「そうだな。明日、すっごく楽しみだ」


 2人身を寄せ合うように座って飲む一時ひとときは、かけがえのない時間だ。

 これが村で暮らすという感覚であり、平和な時間というのだろう。


 血に塗れた戦いの日々ではなく、人と自然との営みの日々。

 生きることの過酷さではなく、生きることの尊さ。


 紅茶と互いの温もりを感じながら、今朝の出来事や仕事のこと等を話したりする。

 

 話していく内に時間は過ぎ、2人にとっての一日の締め括りとなる時間となった。


 そう、

 

 こんな小さな家に風呂があるなどとはかなりおかしな話ではあるだろう。

 というのも、ここへ来て2日経ったとき、サティスはどうもクレイ・シャットの街の公衆浴場テルマエのあの気持ちよさが忘れられず、思い切ってスカーレットに話してみたのだとか。


 反対されるかと思いきや、むしろスカーレットは「面白そうね」の一言でそれを簡単に承諾。

 こういった家の改造は村が出来た頃から珍しくないのだとか。


 取り壊した家の中には、地下へ通ずる部屋が幾つも作られていたことが、後になってからわかる家もあった。

 なので、事前申告でどんなものを作るか、そして自分で責任を持ってキチンと管理出来るかを言ってくれれば余程のモノでない限りスカーレットは特に反対はしない。


 流石は変わり者の村の長をやっている女性だ。

 このベンジャミン村には、他の村では頭を抱えるような変わり者を沢山抱えているらしい。

 しかも彼女はその全てを村人としてキチンと統率している。


 頭が下がる思いだ。



「さぁ、そろそろお風呂が出来上がる頃合いですね。セト、入ってください」


「わかった。疲れを癒してくるよ」


 そう言って改装した奥の部屋へと入っていく。

 

「……さて、烏の行水の悪い子セトちゃんをしっかり洗う為には」


 このときにもまたサティスも動き出す。

 彼はそう言った習慣が全くないのか、身体が隅々まで洗えておらず、湯に入る時間もテルマエのときと比べると短い。

 ここは徹底指導をしなければならないということで、服を脱いで浴室へ入っていくセトの後をコッソリ追った。


 脱衣所に入った頃にはセトはすでに身体を軽く洗い流している頃だった。


「ふぅ~、気持ちがいい。気持ちがいいけど……やっぱりすごいなここ」


 セトは湯を身体にかけながら浴室を見渡す。

 水・火・土その他諸々の属性を宿した魔術を行使し作り上げた完璧な風呂場、とのことだ。

 外が冬だろうが夏だろうが保温対策は万全で、身体の疲れが癒せるよう湯の効能も数多。


 テルマエでもここまでのものは作れないだろうと、サティスが自慢していたのを思い出す。

 そして風呂へ行っている間、セトの一張羅はまたしてもサティスの魔術発明によって、丁寧に洗われ乾燥されて綺麗になるのだ。


「サティスレベルになるとここまで凄いのか皆……。まぁ魔術師って色々"ヒトクジョウホウ"っていう隠しごとが多いらしいしな。まぁ便利なことこの上ないからいっか。じゃあ風呂に……」


 セトが入ろうとした次の瞬間、後ろの扉が開いた。

 その正体にセトは思わず目を見開き身体を硬直させる。

 今までゆったりしていた気分が、戦闘時のように激しい緊張へと急変した。


「あぁ~、やっぱりお風呂はいいですねぇ」


「ちょ……はぁッ!? さ、サティス……な、な、な、なんでッ!?」


 一糸まとわぬサティスがタオルで身を隠すようにして、当然のように入って来た。

 これにはセトも冷静さを失い、顔を赤らめながら混乱する。


「なんでって……決まってるじゃないですか。アナタ、身体をちゃんと綺麗に洗わないでしょう? ホラ、座ってください。キッチリ洗い方覚えてもらいますからね」


 時折見えるサティスの脚や腰のライン。

 艶やかな肌が蒸気による水雫でより一層映える。


 なによりあの細身にしてあの豊満且つ艶美な胸は、タオルで隠してあろうとも自らの存在をセトに主張しているようだった。

 風呂場という熱した密室状態での状況に、これ以上ない身の震えと緊張を覚えたセトは、言われるがままもう一度座る。


 実質初めての混浴であるが、セトの心臓は今にも弾け飛びそのまま星になってしまいそうだった。


「さ、まず背中から洗いますからね」


 そういうサティスも、ほんのわずかながらではあるが、恥ずかしそうに顔を赤らめている。

 風呂場の暑さというのもあるだろうが、やはり意中の相手にこういうことをするのは彼女でも緊張はするらしい。


(俺……もしかして今日死ぬんじゃないか?)


 あまりの状況に思わず死を感じ取ったセトであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る