第24話 俺の耐性はあまりに低いが、それでも嬉しいものでもある。
セトは今、両膝立ちのサティスに髪を洗ってもらっている。
こんなもの普通に湯で流せば汚れなど落ちるだろうと思うのに、サティスは手を使って頭皮まで綺麗にしてくれた。
「あ、ちょっと動かないで下さい。上手く洗えないです」
「いや、その……」
実際洗ってもらって気持ちがいいのはわかるが、それ以上のものも感じる。
時折ではあるが、動作の度に背中に当たるのだ。
なにかとは敢えて言うまい。
セト自身意識してしまえば完全に理性は崩壊する。
柔らかくそして温かい。
弾力あるソレはセトの背中より伝わり、前を向いて見えない彼に容易に想像させる。
「な、なぁもういいんじゃないか!?」
「よくありません! まだ身体洗っていないでしょう?」
「うぐぐ……」
入浴とはくつろぎと至福の時間。
それが一気に緊張と理性との戦いとなった。
だがサティスの善意を無碍にすることは断じて出来ない。
こんな状況だからこそセトは無心になることに集中しようとする。
「背中は洗いますので、前は自分で洗ってくださいね」
「よしなに」
「どこで覚えたんですかそんな言葉……」
「シキソクゼクー、クーソクゼシキ……シキフイクー、クーフイシキ……」
「ちょ、怖いんでやめてください」
ブツブツと妙な呪文らしき言葉は吐くセト。
その間に背中を隅々まで洗うサティス。
彼の背中には様々な傷跡がある。
刀傷は勿論、拷問で受けたであろう痕も。
痛々しい背中を見ながらサティスは丁寧に洗っていく。
小さな背中に負うにはあまりに残酷なものだ。
「……さ、前の方はどうぞご自分で」
「う、うん」
「さて、私も身体洗いますか」
そう言ってセトの隣に座り、湯を自らに掛け始める。
セトは瞑想するかのように薄く開き、視界を狭めた目で身体の前部を丁寧に洗っていった。
しっかり洗った後は、サティスに背中を向けるように浸かる。
そうしないと見えてしまうので、セトにとってはベストな選択だ。
「ふぅ~気持ちいい。……セト、お湯加減はどうですか?」
「うん、いいよ。テルマエの湯に使ってるみたいら」
「呂律回ってないですよアナタ。じゃあ、私も入りますね」
「え゛ッ!?」
嬉しい反面危機感を感じるセト。
彼女の女体ははっきり言えば、女性に慣れていない彼にはレベルが高すぎる。
普段のサティスの姿でも扇情的であるにも関わらず、この場に至っては更にそれが際立つ。
誰もが羨むであろうこの展開すら、セトにとっては乗り越えなければならない試練も同然であった。
「ふぅ~……やっぱりお風呂はいいですねぇ。命の洗濯って言われるくらいですからもう毎日でも入りたいです」
「そうだな。……出来ればゆっくりと浸かりたいもんだ」
「もう浸かってるじゃないですか」
「イヤ、ウン……ソウダナ」
嫌でも視線がサティスの方に言ってしまう己の不甲斐無さとサティスへの罪悪感で、頭がどうにかなりそうだった。
そんな中でもサティスは変に気取らず大人の対応をしていた。
セトのことを思うあまり恥ずかしさと緊張感を覚えながらも、それを態度に出さず落ち着いたように入浴を楽しんでいた。
頬は赤く染まっているが、それは風呂ということでなんとでも言い訳は出来る。
(視線をよく感じますけど……ちょっと攻めすぎたかな)
(ヤバい……落ち着け。あれ、落ち着くってどうやるんだっけ?)
お互い会話はなく、沈黙と温もりの時間が支配していた。
このまま浸かり続ければ、冷静さを欠いているセトが先にのぼせてしまい、それが明日に影響してしまう。
流石にそれは回避せねばならない。
サティスは諭すように彼に声を掛けた。
「セト」
「はひぃ!」
「なんですかその声は。……そろそろ上がられた方が」
「お、おぉ。そうだな! 上がるよ。いい湯だった!」
「あ、ちゃんと身体拭きなさいね」
「わかってるよ」
大慌てで風呂場から出て、言われた通り身体を拭いて綺麗になった服を着る。
サティスも今専用魔術であのコンバットスーツを綺麗にしているらしく、風呂上がりに着るであろう衣類が置いてあった。
クレイ・シャットの街の宿で見たあのチューブトップである。
それを見た瞬間、セトの脳内がスパークしたように真っ白になった。
「オラァッ!!」
思わず手を伸ばしそうになったセトは、その手で握り拳を作り、自らの顔面を殴打する。
痛みと刺激で理性が戻ってくるのを感じた。
「ふぅ……ふぅ……ッ! アブねぇ」
「せ、セト! 今の声と音はなんです!?」
浴室の中からサティスの心配そうな声がした。
「……大丈夫だ。安心しろ。……アンタは守られた」
「え? 守られ……なんです?」
「知らなくていい。……惨劇が起こる前に食い止められた。大丈夫だ。安心していい」
「そ、そうですか」
フラフラとした足取りでリビングまで歩き、ソファーに座る。
ほどよい脱力でソファーの柔らかさに身が沈んでいった。
風呂上がり特有の涼しさを感じながら、ソファーにもたれかかり、天井を見上げる。
一仕事終えたかのような疲労感が徐々に抜けていき、安心感が眠気を誘った。
「……今日はもう、寝るか」
そうして立ち上がった直後、サティスがリビングまで入って来た。
最高ではあるが最悪のタイミングだ。
火照った身体にあの衣装。
これから寝ようというのに、その姿が嫌でも焼き付いて眠れなくなるだろう。
「あら、もうお休み?」
「あぁ、寝るよ。明日は万全の状態でピクニックへ行きたいから」
「ふぅん。……また一緒に寝ます?」
「う゛ッ!? ……お、お、お休みッ!」
一気に体温が上がるのを感じながら、セトは一目散に自室のある二階へと向かった。
「あらあら……刺激強すぎましたかぁ。……ちょっとは慣れてくれてもいいのに。まぁ、子供にそれを求めるのは酷ですよね」
そう呟きながらサティスも二階へと向かい、自室へと入ろうとする。
扉を開けようとすると、ふと視線を感じた。
セトが自室の中から少しだけ顔を出し、彼女の方を見ていた。
普段の彼らしくなく、モジモジとしながら言葉をかけくる。
「その……ありがとう」
「え?」
「いや……一緒に、お風呂、入ってくれて、さ」
そう呟きながらゆっくりと扉を閉める。
彼なりに絞り出した感謝の言葉。
かなり不器用で、伝わりにくい言葉であったが、サティスにとってはそれは十分な言葉だった。
逆に迷惑だったかと一瞬考えもしたが、セトの言葉を聞いてサティスの表情はほころぶ。
「一緒にお風呂に入ってくれてって……フフフ、変なお礼ね」
明日に備えて、サティスも部屋へ入り、ベッドで休むことに。
セトは遅く起きてもいいが、サティスはそうはいかない。
弁当やその他準備で忙しい。
腕によりをかけた料理を作り、2人にとって忘れられない思い出にしたいから。
「お休みなさいセト。……良い夢を」
「……お休みサティス。良い夢を」
分かたれた部屋の中で2人は互いを思いながら眠りについた。
明日は晴れて、景色も美しく見ることが出来そうだ。
そんなピクニックになるはずであったが、そのときに彼等は不可思議な物を見つけることになる。
そう、不可思議な物を。
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