第22話 この村での生活に少し慣れてきた サティス編

 サティスは今日は村長の家で仕事をする。

 執務室のすぐ隣には、古い書物の置いてある書庫だ。


 執務室でスカーレットは手紙や昔の書状・資料等の整理や処理を行っている。

 サティスは指定の書物を書庫より持ってきて、必要であれば同じように処理を行っていた。


 書状等の量は多く、かさばるとかなり重い。

 使用人だけでは人手が足りなかった所だ。


「助かるわサティスさん。ここの村の人達の識字率は高い方だけど、こういう仕事となると皆嫌な顔するの。リョドーさんなんて昔はこういう仕事やったことあるみたいだけど……『もう机仕事はごめんだ』なんて言って全然手伝ってくれないし」


「フフフ、まぁあまり好まれる仕事ではないかもしれませんね。……でも、いいんですか? 余所から来た私にこのような仕事を……」


「いいのよ。丁度人手が欲しかった所だし。それに見られて困るモノはないわ。こんな辺鄙な村ですもの。傍から見れば、一日中文字を見てるだけのつまらない仕事よ」


 そう言って笑いながら届いた手紙の束に目を通していく。

 確かに老体の身で無数の紙とにらめっこするのは大変だ。


 ずっと座っていると身体の筋肉も硬くなってくる。

 とてもじゃないが、健康的とは言えない。


「村長という立場も大変ですね。……はい、こちら仕分けしておいた手紙と書状です。そしてこれがご指定の場所にあった資料です」


「ありがとう。……あぁ助かるわ。アナタ随分と慣れてるのね」


「え? あぁ、まぁ。こういう仕事をやってたりしてましたので」


 幹部時代の下積みが役に立った。

 こういった書類関係も大抵サティスが行っており、魔王軍の魔物達が十全に力を出せるよう常に精力的に仕事に当たっていたのを思い出す。


 まさかこの村でその経験が活かせるとは思わなかったが、これはこれでいい給金が貰えそうだ。

 一通り仕事を終えて、時刻は昼前になる。


 スカーレットは昼食に彼女を招待した。

 あっさりとしたスープに、村で取れた果物を使ったパイ。

 

 それにおいしい紅茶まで用意してくれた。

 食卓にて向かい合うように座り、その味を堪能する。


「……ッ! なにこれ……すごく甘くて、おいしい」


 パイをかじれば、ザクリと裂ける生地の音と共に広がる果物の甘酸っぱさ。

 噛めば噛むほどに味わいが深くなっていき、今にもとろけそうな気分になる。


「フフフ、おいしいでしょう? この村の名産品のひとつよ」


「はい、とても美味しいです。……あの、卑しいようなのですが持ち帰り用にいくつか分けてはいただけませんか?」


「ん? ……あぁ、あの子にもあげるのね。いいわよ。仕事終わりに使用人に渡すよう言っておきます。……それにしても、アナタ達は本当に仲がいいのね。まるで恋人同士みたい」


「こ、恋……ッ!?」


「あら、図星? 歳を取るとどうもこういうことには鋭くなっちゃうから、フフフ」


 にこやかに紅茶をすするスカーレットを前に、顔を赤らめながらもパイを舐(ねぶ)るように食べていくサティス。

 確かに彼に気があることは認めるが、第三者からずばり言われるとどうも気恥ずかしいものがある。


「……世の中には色んな形の恋愛があるけれど。アナタ達は幸せそうでいいわね。見ていて微笑ましいわ」


「いや……そんな……」


「照れなくてもいいわ。私にだって若い頃にも経験したんだから。傍から見れば奇妙な恋だろうけどね」


「スカーレットさんも、その……誰かを好きになって、心がキュッとなったりしたことが?」


「えぇ、何度もあるわ」


 ティーカップを受け皿に置いて、ユラユラと揺らめき踊る蝋燭の火を眺めながら懐かしむ。


「その人が無茶をしそうになったりすると胸が苦しくなったり、朗らかな笑顔を見せてくれると心がポカポカしたり……。苦労は多かったけどそれでも大好きだったわ。あの人が亡くなって数年は経つけれど、それでも私の今は愛で輝いてる。そんな気がするの」


 切なくもロマンチックな話だ。

 サティスはセトを思い浮かべながら、彼女と共に温かい気持ちになった。


 セトと紡いでいくこれからの人生。

 彼は一体この先どんな表情をして、どんな道を歩むのだろうかと思いを巡らせる。


 その傍らでずっと見守っていたい、と。

 紅茶を飲みながらサティスも、蝋燭の火を眺めた。


 眼鏡に反射する火は、今の自分の心を映し出しているように、どこか温かで舞い踊っていた。

 優し気な表情をするサティスを見て、スカーレットは彼女の思いを汲み取ったかのように提案する。


「そうだわサティスさん。明日は御二人共、仕事はお休みしてピクニックへ行かれたら? 村外れの丘から見る風景はとっても素敵よ? 勿論、パイも用意してあげるわ」


「え、いいんですか!?」


「いいですとも。リョドーさんにも伝えておくわ。きっと彼ならわかってくれる。最近の彼、セト君のことばかり話してるのよ? "小僧は~、小僧は~"って。あんな生き生きした表情見るのは久しぶりよ」


「なにからなにまで……ありがとうございます。あのもしよろしければ、料理のレシピ等教えてはいただけないでしょうか? 流石に貰ってばかりでは……」


「あらそう? フフフ、いいわ。じゃあ仕事をさっさと終わらせないとね」


 そう言って立ち上がり執務室へと向かう。

 サティスも彼女の後を追い、また仕事へと取り掛かった。


 午後からの仕事はいつになく捗った。

 高揚感と好奇心でサティスの胸は一杯だ。


(セト……やっぱりお肉を使った料理とかが好きかな? 他にはどんなものが食べたいんでしょうねぇ彼は)


 そんなことを考えながらも、精力的に仕事をこなしていく。

 時間はあっという間で、今日中に片付ける量は済んだ。


「さぁ、じゃあ教えてあげるわ。キッチンまで来てね」


「はい、よろしくお願いします!」


 2人はにこやかに厨房へと向かい、使用人と共にサティスに様々な料理を教えていった。

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