第21話 この村での生活に少し慣れてきた セト編
村へ来てから5日が経った。
その間に2人は自分に出来ることをと考え、それぞれ村の手伝い等をして、お金や食料等を調達していく。
セトはリョドー・アナコンデルに同行して狩猟等を教えてもらった。
淡々と教えるリョドーに対し、黙々と確実に仕事を覚えていくセト。
彼の姿勢に関心したリョドーは、自宅で昼食を振る舞ってくれた。
森で狩った鹿の肉を中心に、村で取れた野菜や果物をふんだんに使った料理の数々。
「こ、こんなにいいのか?」
「あぁ食え。ガキの内はたくさん食っておくもんだ」
男だけの食事が始まる。
パイプをよく燻らせるのか、それらしい臭いがリビングに充満していた。
薄暗い部屋に差し込む日光と、無骨な内装の室内での食事は、セトに少しだけ大人になった気分を味わわせる。
セトのこの高揚感を確かなモノへと変えるのが、今目の前にいる英雄的人物だ。
本人はそう言われるのを嫌っているが、子供ながらに憧憬の意思が止まらない。
「物覚えがいいな小僧。おかげで教えるのが楽だったぞ」
「そうか……? アンタの教え方がよかったのさ」
「だが、物品を運ぶとき何度も転ぶ癖は直せ。そして何度も物品を落とすな。……ったく、弓矢の手入れやトラップの仕掛けは十分にこなせるのになんだって雑用はピンポイントでこなせないんだ?」
「俺の不器用さを甘く見るな。その気になれば、木の皿と言えど連続で陶器のように割ってしまうことも可能だ」
「どういうセンスしてんだお前ッ!? カッコつけて言うことか!」
「うぐ、申し訳ない」
野菜と肉を煮込んで作ったスープをすする。
野菜はほどよく柔らかく、甘みが増しており通常のサラダよりも食べやすかった。
鹿の肉はとろけるような舌ざわりで、噛むたびに肉汁が口の奥まで広がっていく。
がっつくように食べるセトを見て、軽い笑みを浮かべるリョドー。
「王都へ行けばもっと美味いのが食えるんだが……如何せん値段が高い」
「そんなに美味いのか? ……食べに行きたいなぁ」
「おう、いつかお前の連れと一緒に食いに行け。ビーフシチューって料理があってだな。あれがめっさ美味い」
「ビーフシチュー……名前からして美味そうだ」
セトはクレイ・シャットの街で食べたあの豪勢な料理の数々をふと思い出す。
ここ最近になってからは食べるもの全てが腹だけでなく、心までもを満たすようになった。
食べ物のお陰でこれまで以上に動けるようになったセトは、動きにも更にメリハリがついてくる。
兵士という生き物から、"人"という生き物に近づいていく感覚が全身の細胞に染み渡っていくのがわかった。
「さて、今日は朝早くからご苦労だったな。午後からは俺は少し別の場所へ行かにゃならん。かなり早いが今日はもうあがれ」
「あ、いいのか? じゃあそうさせてもらうよ。ありがとう」
2人共食事を終え、セトが席を立ったときにある物が目に映った。
壁に掛けてある肖像画に、女性と女の子の姿が描かれている。
「……気になるか?」
「あ、いや、済まない。詮索するつもりは……」
「フフフ、そんな硬くなるな。別にいいよ。……まぁ話した所で理解するには小僧にはまだ早い。大人の事情とだけ言っておく」
「夫婦、なのか? 女の子はアンタの子供で……」
「だったらよかったな。……いや、そうでもないかもしれない。複雑なのさ」
そう言って彼は初めて出会ったときと比べて遥かに柔らかな笑みを返し、ソファーに座るとパイプに火を灯し、紫煙を燻らせ始める。
セトは礼をして、彼の家から出た。
昼ということで、村の様子は休憩ムードへと変わっていた。
畑仕事や果樹園の手入れをしいた者達は、それぞれのグループで集まり談笑しながら昼食を取っている。
牛飼いや羊飼いも一旦作業を止め、鍛冶屋からはあの鉄を叩く音が聞こえない。
静かで安らぎある時間が風と共に流れゆく。
村の後方に見える遥かなる山脈。
青々とした空を穿つように、それはそびえ立ちながらも村を見守っているかのようだった。
(こんな場所が、世界にはあとどれくらいあるんだろう? ……見てみたいな)
物思いにふけりながら帰路についていると、村の見回り勤務をしていたキリムと出会う。
辺境の村の辺鄙な職場だが、兵士らしく律儀にこなしているようだ。
「おぉ、セト。なんだ、もう仕事は終わりか?」
「あぁ、午後からリョドーは用事があるみたいでさ。今日は昼食も御馳走になったよ」
「なんだ、もう仲良くなったのか? 私なんて話しかけても素っ気ない挨拶ばかりだぞ」
「英雄ってあんなものじゃないのか? 俺はあの人の大人っぽさは好きだけど」
肩を竦めながら笑うセト。
キリムはどうも納得がいかないのか、ふくれっ面をしてみせる。
「……折角英雄と出会えたんだから、私だって仲良くしたいのに。鼻っからああいう態度だぞあの人!」
「リョドーとなにか話そうとしたのか?」
「酒を一緒に飲まないかって」
「……面倒くさいと思われたんじゃないか?」
どうやらその後も彼女は豪快に何度も誘ったらしい。
だがことごとくを断られたそうだ。
「静かな雰囲気が好きそうな人だからなぁ。アンタとは相性が悪いかもだ」
「む、そうか。……それであの人も私の目の前から消えたのかな」
キリムは軽く落ち込む。
その呟きを聞いたセトは、少し気になって聞いてみることに。
「あの人って……誰か大事な人が?」
「あぁ、好きになった男がいてな。だが、逃げられた……あんなにも尽くしたのにだチクショウ」
「大変だったんだな」
「そうだとも。彼の飯代、酒代、賭博代、その他諸々。私は一生懸命働いて工面したっていうのにだ!」
「……ん?」
「でも、ホラ……傭兵って言う不安定な仕事をしている中で不安も多いだろうし、あんまりガンガン言っちゃいけないかなって思って……。それに、あの人は基本私がいないとダメなんだ。仕事は真面目にこなすけどそれ以外はてんでダメだし。ガサツで変な所でズボラで。でも……その気になった彼は、当時兵隊長を勤めていた私でさえも惚れこむようなカッコよさをだな。うへへ……」
過去を思い出しながらうっとりとした笑みを浮かべるキリムに、セトは苦笑いを浮かべた。
「それで自分の給与だけでなく、別の金にも手を出したのか?」
「お? わかるか? それがバレて大目玉。……そこからだよ、彼とは音信不通になってしまった。今じゃどこにいるかさえもわからない。……きっと私がいなくて今頃困ってると思うんだが」
「あまり世間を知らない俺でさえも最悪と思える男だなソイツ」
セトがそう呟いた瞬間、キリムが顔を真っ赤にして怒鳴る。
「おい! 私の運命の人を悪く言うな!! あぁ見えても『ホームズ』はなぁ!!」
「ほ、ホームズ!?」
「なんだ、知っているのか!?」
「……あ、いや、ごめん! 知らないッ!」
セトは一目散に駆けていく。
後ろでキリムが両手を振り上げながらなにかを叫んでいたが、今は撤退するのが良策。
「……あのおっさん。一体なにやってんだ……」
そう呟きながらも、彼はまだサティスの帰っていない家へと辿り着く。
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