第15話 魔王軍最強の魔剣兵士、現る。
魔王が伝令を飛ばしてから数時間後のこと。
谷を抜けた深い森の中で、勇者一行とゴブリン部隊が交戦していた。
谷を越えた場所にある街まで行こうとしたそのとき、ゴブリン部隊が迫った来たことにより急遽応戦。
「数は減ってる。このまま一気に押し返すんだ!」
勇者レイドの指揮の下、下卑た笑みを浮かべるゴブリン達の大半が、断末魔と共に滅していった。
疲弊はしているものの、その戦いぶりはまだ衰えていない。
そんなときだった。
「……やるじゃない」
ゴブリン部隊の中から、存在自体が似合わない人物が現れる。
20代から30代くらいの人間にも見えるダウナー系の男が、部隊の後ろからノソノソと歩いてきた。
上半身は裸で鍛え抜かれた肉体には、いくつもの色で描かれたラインで彩られており、無数の刀傷は歴戦の猛者であるということを証明していた。
頭髪は綺麗になく、見開いた目は焦点が合っていない。
それどころか先ほどから、一切
ゾンビのようにフラフラ歩き、ギョロリとした目と無表情で勇者一行を見る。
だがそんな彼の遅い登場に、怒り狂ったゴブリンの1体が彼を怒鳴った。
「テメェなにやってんだ新人!! 俺達が戦ってるときにテメェは高みの見物か!?」
「うるせぇな……アンタ等くらいならこれくらい余裕かなと思ったんだよ。こんな暇な仕事」
「なんだと……? 元人間のくせに、半分魔人の成り損ないのくせに生意気抜かしやがるか!? ……おい、"ゴブロク"! テメェどういう指導してんだッ!? テメェに新人の面倒見ろって言ったはずだよなぁ!?」
静かに反論する男に対しゴブリンは烈火の如く怒った。
そんな中、ゴブロクと言われた1体のゴブリンが更に遅れてやってきて、彼等に謝罪する。
「す、すまない。……どう言おうとマイペースを崩さん御仁でな。それに、もう大丈夫だ! この御仁が来たからには彼奴等も……」
ゴブロクと言われるこのゴブリンは他のゴブリンとは雰囲気が違っていた。
なぜ彼もまた冷遇されているかは不明だが、それでも実力者であることは勇者レイドも一目で理解する。
だが目の前に現れた男は更に規格外の存在だ。
人間と魔人、半人半魔の存在。
どういう経緯でそうなったかは不明だが、その静かな雰囲気から漏れる殺気の渦は尋常じゃない。
あの魔王軍幹部のサティスよりも恐ろしい存在かもと、パーティーメンバー全員が感じ取った。
「ケッ、まぁいい。……おう、新人。勇者御一行様にテメェの力を見せてやれ。……『
ゴブリン部隊のリーダー格の1体がこう叫ぶと、セベクと言われる男は空間から一振りの魔剣を取り出す。
蒼白のオーラに包まれながら湾曲した刀身が異質な輝きを見せていた。
「な、なにぃ……!? 魔剣使い、だと?」
女武闘家ヒュドラが思わず息をのむ。
かつてパーティーが追い出したセトと同じ力を、この男は持っていた。
「嘘でしょ? 魔王軍に魔剣の使い手なんていなかったはずよ!?」
「……新人、と言われていた辺り、魔王軍に加わったのは最近のことでしょうな。しかし、なんと破廉恥なッ! 人間でありながら、魔剣の使い手という選ばれた存在でありながら、神と国の意志に逆らい魔人と成り果てるとは!!」
女魔術師アンジェリカはセベクの存在に驚愕し、僧侶マクレーンは彼の罪と行動に怒りして咎めた。
だがセベクは相変わらずなにを考えているかわからないような表情で、勇者一行を見据えながら彼等に歩み寄っていく。
「戦いに魔物も人間も関係ない。俺は滅茶苦茶に斬りたいだけだ。……だが、人間のままじゃちょいと不自由でね。魔物になれば長い間若い姿でいられる。つまりそれだけの期間、殺戮を愉しめる。……なにかいけない?」
「ただ斬りたいだけ……殺戮を愉しみたいだと!? 魔剣使いにはロクな奴がいないな。そんなことが許されるはずがないだろうッ!!」
「……フン、これだよ。魔物皆殺しにすれば世の中平和になるって本気で考えてる奴の顔だ。……バカだねぇ。この世から戦争を失くすなんてとんでもないよ。戦争は素晴らしい。戦争こそ、後世に残すべき唯一無二のものじゃないかな? ん?」
勇者レイドの激昂に対しても軽く受け流すどころか、逆に挑発する。
セベクの真っ黒な瞳は、不気味なほどにくっきりと憎悪するレイドを映していた。
「き、貴様ぁ……ッ!!」
「正義の為にはまず人を、世界の不条理を憎まなきゃいけない。ゆえにお前の正義には憎しみしかない。『今の世界』へ向ける嫌悪しかない。『今の世界』への否定しかない。……いいよ。この世に戦争を残すにはお前みたいな奴が必要なんだ」
「なんだとぉ!?」
「だけど、こっちもそろそろ仕事しないとだ。……『
冷たく言い放つセベクの様子が突如一変。
身体の動きにメリハリが生まれ、重厚な闘気を放ちながらどっしりとした正眼の構えで彼等を迎える。
(な……なんだ、コイツの気配が一気に。……まるでさっきとは別人だ)
4人もまた一斉に構える。
だが、戦いの火蓋が切られようとした直後に横槍を入れられた。
魔王からの伝令だ。
鳥のような姿をした魔物がセベクの肩に止まって
内容は以下の通り。
ゴブリン部隊の所属を取り消す。
すぐさま西の戦場、そして東の戦場へと足を運び戦列に参陣せよ。
────とのことだ。
「……面白そうじゃん。やっとオレの使い道わかってきたね魔王さんは。……悪いけど部隊抜けるわ。めんご」
「ハァッ!? テメェ俺達の部隊を抜けるだとぉ!? ……せめて仕事終わらせていけ!」
「アンタ等でやってよ。……正直、
気怠そうな表情で、雑魚と言われワナワナと震えながら静かに怒る4人を見据えた。
セベクは魔剣を空間に納め、踵を返すと鼻歌交じりに去っていこうとする。
「楽しくなってきたよぉ。……あ、でも案内とかは欲しいなぁ。なぁゴブロク、アンタ案内役やってくれよ。オレの指導係なんだろ?」
「え、あ、あぁ……」
そう言って2人は森が醸し出す闇の中へと消えていった。
その間に、勇者一行とゴブリン部隊との戦いが再開される。
勇者一行は侮辱された怒りをゴブリン達にぶつけ、ゴブリン達は苛立つ状況に激しい感情を抱き、それを戦意に変えて襲い掛かった。
沸き起こる憤怒の情を、殺意に変えてゴブリン達の攻撃はすさまじく、棍棒や槍、剣等の威力は先ほどとは段違いに。
「ぐがっ!?」
レイドやヒュドラは顔や脇腹に棍棒の一撃を受ける。
後衛を任されるアンジェリカとマクレーンにもまた、投げ槍や石の投擲が降り注ぎ、詠唱の邪魔をされながらも凶刃が命を刈り取らんと伸びてきた。
絶対絶命になろうとも、ヒュドラによる体術と高速剣技そしてレイドの魔力と切れ味の良い名剣による全体攻撃も取り入れた攻めで押し返す。
「このまま一気にカタをつけるッ!!」
「我が武……思い知れッ!」
「炎の魔術を使うわ。フォローお願い!」
「周りに引火せぬよう、私が術を施します」
ゴブリン達は勇者一行の猛攻により、一気に劣勢に立たされ、瞬く間に全滅した。
ようやく終わった戦いに傷付いた身体に鞭を打ちながらも勇者一行は、街に向けて進んでいく。
激しい攻防で体力を消費し、次の戦闘が発生すれば確実に死んでしまうだろうという危ない事態になっていた。
回復魔術による回復も難しい、だがここで休むのは危険だ。
街までまだまだ掛かる。
それまで補給は一切ない。
地獄のようなこの状況に精神が蝕まれていく。
戦いに勝ったにも関わらず、勇者一行の空気は重鈍な暗さを孕んでいた。
────憎しみだ。
度重なる苦難と災難が、憎しみの炎の勢いを増し、仲間の絆を容赦なく焼いていった。
この戦闘がきっかけで、パーティーは一瞬の如く崩れていくものとなる。
すでにその兆候は出ていた……。
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