第16話 俺達が道を歩いていたら、なんか人が倒れていた。

 魔王軍、各国軍、そして勇者一行。

 いくつもの勢力が鎬を削り合い、世界を激動の時代へと導いていく。


 そんな中、街道を並んで歩くセトとサティス。

 クレイ・シャットの街を出て数日が経っていた。

 

「こんなにも長閑のどかな街道を歩くのは久しぶりだ」


「最近は魔王様……いえ、魔王の勢力は徐々に削がれていっていますからね。人類側にもある程度の平穏がもたらされてきました。この街道もかなり人が通れるようになったようです」


「……ってことは、魔王軍との戦いはもうすぐ終わるのか?」


「恐らくは」


 こうした会話をしながら彼等は陽光と微風に包まれた心地いい街道を進む。


 時刻は昼を少し過ぎた頃。

 どこまでも広がる青空の向こう側には、雄々しくそびえる山脈が雲から顔を出していた。

 

 鳶(とんび)が鳴きながら宙を舞い、街道から見える草原には、この世の地獄を感じさせない確かな安らぎが感じられた。


「……人間はこういう所にピクニックへ来てゆったりとした時間を楽しむらしいですよ?」


「ピクニック?」


「ん~、遊山と申しますか遠足と申しますか……まぁ、皆で遠出をして楽しむってことです」


「そういうのもあるのかぁ。だったら、早く世界が平和になるといいな」


 セトは柔らかい表情で、見渡す限りの世界に思いを寄せた。

 彼はサティスと出会ってから、平穏というモノを知る。


 それは彼女も同じ。

 あれだけ貶め合った関係がこうして繋がり合い、心に安寧を覚えていく。


 本来血生臭い戦場で生きてきた修羅2人が、こうして仲良く歩くなど一体誰が予想できようか。


「もうすぐでベンジャミン村につきますね。……"変わり者の村"とも言われているらしいですが、まぁ問題はないでしょう」


「変わり者か。俺達も人のこと言えない気がするけどな。ハハハ。……ん、なんか落ちてるぞ?」


 他愛な会話が続く中、セトが前方を指差す。

 道の真ん中で大きな布切れが丸まっていた。


「……んん~、あれってもしかして、ヒト?」


 サティスが怪訝な顔を浮かべながら注視する。

 確かに人のような輪郭が浮き彫りに出ており、若干モゾモゾと動いていた。


「……敵か?」


「いやまさか。あんな所に伏せて待ってる敵とかふざけすぎですよ。むしろ魔物の中にそんなのいたら私絶対部下に持ちたくないですわ」


 2人は慎重に布の方へと近づく。

 どうやらこれはローブのようで、中には人間がいた。


 鎧をまとった女性だ。

 赤い髪が特徴の歳若い女性が、ボロボロの状態で倒れていた。


「……まだ生きてる。サティス、水を」


 そう言いかけた直後、女性の手が瞬時にセトの足を掴む。

 顔を上げながら悍ましい形相で、セトを見上げながら彼女は口を開いた。


「水と……飯だ。水と飯くれ……3日くらいなにも食ってないんだ。頼むよ~……」


「え、いや、アンタ大丈夫か……?」


「大丈夫じゃないから飯と水くれって言ってんだよぉおおお!!」


「うぉおッ!?」


 そう言ってゾンビのように勢いよく襲い掛かってきた。

 力なく倒れていたのが嘘のように、その洗練された動きを見せる。


 訓練された兵士の動きだ。

 半ば発狂してるようにも見えるが、素早い動作で組み付いてくる。


 だが、万全の状態のセト相手には分が悪すぎたようで、逆に組み伏せらえてしまった。


「うぐぅ……お腹……すいたぁ……」


「アンタも兵士だな。……サティス、パンと水をこの人に分けてくれないか?」


「あー、ビックリした。……まぁセトがそういうのなら」


 一旦ここで休息を取ることとした。

 女性はガツガツとパンを平らげ、水を一気飲みする。


「あーあーそんなにがっついちゃって。胃がおかしくなりますよ?」


 あまりの勢いに苦笑いを浮かべるサティス。

 それと同時に疑問に思う。


 彼女の鎧は今いるこの国の兵士のものだ。

 しかしこの女性は部隊として行動はしておらず、1人でここにいた。

 部隊とはぐれてしまったのか、それとも戦場から逃げてきたのか。 


「いやぁ~助かった。あぁ腹のことは気にするな。生まれつき丈夫だ」


 すっかりと生気を取り戻した女性は、一息ついた後、彼等に礼をした。

 

「少年、先ほどは済まなかったな。腹を空かせてつい取り乱してしまったぞ」


「いや、いいんだ。……アンタ兵士だよな。ここでなにしてたんだ?」


「言っただろう。道に迷ってしまったんだ」


 曰く、彼女はある出来事がきっかけで、左遷となったらしい。

 元々は部隊を率いる隊長だったのだが降格されある村へと行く所だったようだ。


「まぁ色々あるんだ、大人には」


「そういうものか。……あ、自己紹介がまだだったな。俺はセトって言うんだ」


「私はサティスと申します。今はこうして2人で旅をしてるんです」


 2人が自己紹介をすると、女性は怪訝な顔をする。


「セト……サティス……はて、どこかで……。うぅん、思い出せん。まぁいい。……私の名はキリムだ。この度、ベンジャミン村に配属となったこの国の兵士だ」


 頭を掻きながら考え込むが、記憶が曖昧な為あっさりと止める。

 このキリムという女兵士はどうやら自分達と同じ場所へと行くらしい。


「道に迷ったと言ってたな。俺達と一緒に来ないか? サティスがベンジャミン村までの道を知ってる」


「本当か!? いやぁ旅は道連れ世は情けとはまさにこのことだ!! うん! よろしく頼むぞ!?」


「え、えぇ、こちらこそよろしくお願いします」


 セトの判断にサティスが乗り気ではない。

 それもそのはずだ。


 彼女は曖昧でこそあれ、自分達のことを知っているような節がある。

 もしものことを考えると不安になるのだ。


「大丈夫だサティス。なにかあっても俺がなんとかするから……」


「でも……」


「それに、この人からは嫌な気配は感じない。あの傭兵ホームズのようにね」


「傭兵……? まぁ、わかりました。でも無理はなさらないように」


 小声で彼女に話して、なんとか許可を得た。

 そう言えば、ホームズのことをサティスに話していなかったのを思い出す。


 クレイ・シャットの街で出会った髭面の伊達男。

 キリムはなぜか彼と似たような雰囲気を感じたのだ。


 性格は違えど、通じるものがあるような……。


 女兵士キリムを交え、サティスの案内の元再び歩き出す一行。

 因みに、キリムとホームズは実は元恋人同士であったと知ったのはもう少ししてからだった。


 そしてそれは、彼女の左遷と深い関わりがあった。


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