第13話 この事件に対して、俺は猿のお面を被ることにした
サティスはセトと分かれた後、情報を集める為に街の人間の話を聞いたりして、今の情勢を確かめていた。
その間何度かナンパにあったが、慣れたようにあしらい続け、安息が得られるような場所を探す。
そして、そのときに街に魔物が今日運ばれてくることを知った。
「……今日? 確かにそういったことがあるとは以前から聞いていましたが、でも、時期が早いのでは?」
「あぁ、どうやら珍しい魔物……レアモンスターっていうの? それを討伐隊の兵士さん達が上手いこと倒せたらしくてね。王命でちょいと早まったのさ」
「そう、ですか」
魔物の各部位が斬り裂かれる。
今の彼女には想像するだけで、怖気が走るような光景だ。
まるで我が事のように感じた為、その広場があるという場所は避けようと思った。
人混みの中を移動していき、丁度噴水の前に来たとき、あの事件に遭遇したのだ。
「お、おい! 魔物がこっちに来るぞ!」
倒したはずの魔物が急に目を覚まし、金属が軋むかのような咆哮を上げて暴れ始めた。
こたらに向かってくる魔物の勢いに大勢が逃げようとする中、サティスはまた動けなくなってしまう。
呼吸が乱れ、凍えるように震える。
正直に言えば、サティスがその気になればあの程度の魔物であれば一撃で倒せた。
魔力を練って攻撃すればそれだけで沈められるだろう。
だが、またもやトラウマをぶり返し、身体が動かないのだ。
(また……私、動けない。……折角ここまで来たのに。生きることが出来たのに……。やっぱり私は、死ぬ運命なの?)
セトの姿とあの初々しい表情の多くが脳裏をよぎる。
それは彼女にとって大切な思い出。
人間達が逃げる以上の速度で迫る魔物を見て、サティスは覚悟を決めた。
静かに瞳を閉じて、セトへ感謝と謝罪を。
人々の絶叫と魔物の足音が大きくなり、地響きが直前まで迫ったそのとき、突如としてそれが止まった。
大きな唸り声をあげ、魔物が苦しんでいる。
サティスは目を開け状況を確認する。
周りにいた逃げ遅れた人々は、その光景に度肝を抜かれていた。
鋭い斬撃を浴びて怯む魔物の真ん前に、少年らしい姿がひとり。
全身を服の上から黒い布で巻き付けたような奇抜な衣装の後姿。
冷めやらぬ恐怖の中、誰もが怪訝な表情をしているがサティスだけがその正体に気付いた。
「……セ、ト?」
「誰だソレは? そんな奴は知らん。俺は……」
とぼけるようにして彼(セト)が振り向く。
黒い布で頭部全体も巻きつけその上からあるお面をつけていた。
「────通りすがりの、
間抜けな表情をした猿のお面をつけた彼はそう叫ぶと、死んだ兵士から取ったであろう2本の剣を構える。
魔物が体勢を立て直し、頭を軽く振るや、彼の方を睨みつけた。
突如現れた猿を名乗る少年剣士に、街の人々は恐怖を一瞬忘れ呆気にとられる。
だが、その戦い方は彼等の想像を絶するモノだった。
魔物の巨体を活かした猛攻を軽業のように躱し、彼奴の身体の構造上柔らかい部分を見つけてはそこに斬撃を浴びせる。
潜り込み、飛び乗り、よじ登り、剣で突き刺し、斬り裂いた。
戦法は剣士というよりも、暗殺者(アサシン)の技法に近いものを感じる。
その一方で、魔物は体力と憤怒のピークを迎えたのか、徐々に攻撃のペースを落としていく。
最早一方的とも言える鋭い連撃の中で、彼の動きは更に精度を増していった。
だが、どれもが決定打にはならない。
次第に剣にボロが出始めた。
そんなことは露知らず、圧倒している彼に周りの人々は歓声が上げる。
「いいぞー! 猿ぅー!!」
「やれやれー!!」
彼等が応援している存在は、全てに見捨てられた少年兵。
それが今英雄的な活躍をしている。
だが、その正体を知らせることはない。
誰もが感謝し褒め称えるであろう絶好の機会を、彼は……セトはサティスとの約束を守る為に使った。
いつもの姿のまま戦ったら、変に目立つことになる。
ましてや魔剣を使えばその特異性から噂が広まり、更なる戦火に巻き込まれる可能性が高い。
そうなればセトはまた戦場へと立ち、サティスもまた激動の時代の流れでもがき苦しむこととなるだろう。
(その為に……身体中に布巻きつけて、そんなお面付けて……誰にもわからないようにして)
あれは命令ではない、口約束だ。
それでも守っては貰いたかったが、こんな緊急時でもまるで任務のように重く受け止め戦いに望むセトの姿に、心動かされるものがあった。
セトは命懸けで戦ってくれているのに自分は守られたままでいいのか、と。
そんな思いが彼女の中に火の意志を宿し、眼光を鋭くさせた。
彼を援護する、彼が今そうしているような要領で。
「お猿さん、援護しますね!」
サティスは魔力を溜める。
魔人特有の膨大な力を使ったものではなく、あくまで人間の出力で。
「喰らいなさい!!」
魔力で編み込まれた炎の弾丸が、魔物の顔面へと高速で当たる。
爆発により現れる多量の煙、その中でセトはお面越しに彼女と目があった。
────魔剣を使いなさい!!
視界が防がれた今なら、会心の一撃を与えられる。
そのチャンスを、サティスはトラウマを乗り越えて作り上げた。
無論、これを不意にするなどとんでもないとセトはお面の中で笑った。
最早切れ味を失くした2本の剣を捨てるや、極東の島国に伝わる剣技『抜刀術』のような構えをとる。
魔物は怯みながらも、薄っすらと目を開けた。
そこにはあの忌々しい猿剣士がいる。
包み込まれる煙の中、噛み付こうと襲い掛かった直後に、魔剣による一閃が彼奴の首を刈り取った。
それは先日の魔物との戦い。
イノシシのような魔物を倒す際に披露した、空間からの魔剣召喚。
その応用技だ。
彼の構える腰元から、柄の方から超高速で飛び出す魔剣。
それをタイミングよく掴み、弧を描くように振り抜く。
────居合斬りだ。
超高速を保ったまま最高の威力を持つ魔剣の切っ先が、魔物に致命傷を与えた。
天頂高くまで振り抜いた魔剣を一瞬にして空間へと戻す。
傍から見れば、まさに刹那の斬撃。
完全に虚を突かれた魔物は
煙が剣風によって払われた頃には全てが終わっていた。
それをみた街の人々は大歓声を上げて、彼等の勇気ある行動を褒め称える。
サティスの咄嗟の援護攻撃にもまた賛美を送り、猿の面をかぶって正体を隠したセトにも感謝の言葉が降り注ぐ。
だが、セトはそんな雰囲気を物ともせず、颯爽と走り去っていった。
サティスもまた魔術で転移を使い、人気のない場所へと一旦移る。
その場所から歩いてサティスが宿の部屋へ戻ると、平気な顔をしたセトが鼻歌交じりに出迎えてくれた。
そして、とぼけたようにセトが口を開く。
「よう、遅かったな。南の区域の広場は大変だったらしいな。大丈夫だったか?」
「えぇ、アナタが助けてくれたから」
「なんの話だ? 俺は早めにこの部屋へ戻って来たんだ。……どこかの猿と間違えているんじゃないのか?」
「フフフ、そうかもですね。そのおかげで私は一歩前に進めたんですから」
「……そうか」
セトは窓の方まで歩き、そこから街の風景を眺める。
興奮冷めやらぬ中、人々は魔物の退治を祝して大騒ぎを始めていた。
「セト、そろそろこの街から出ようと思うんですが……どうです?」
「そうだな。それがいい」
2人の落ち着いた声が木造の部屋の中を包み込む。
少し休んでから、ひっそりと出ることに決めた。
次の行く先はすでに決まっている。
ここから更に北の方にある村だ。
それまでは2人だけの時間を部屋の中で楽しんだ。
ベッドに座り、身を寄せ合い、手を握った。
今の彼等にはそれだけで十分だった。
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