第12話 この街にアレが運ばれると聞き、俺は嫌な予感がした。

「こんな所でボウズと出会うとはな。あーあ、風呂場でカッコつけたのが恥ずかしいったらねぇや」


「アンタ、この街を出たんじゃなかったのか?」


「俺はこの街でお仕事。お前さん、今日はあの美人と一緒じゃねぇのか?」


「……いや、その」


「あぁ~、なるほど」


 セトを見て、察したようににやけるホームズ。

 

「な、なんだよ……なにもないぞ!」


「まぁまぁそう怒鳴るなよ。仕事まで時間がある。ちょいと歩こうぜ? ボウズ飯は?」


「飯は食った。仕事って……一体なにをやるんだ?」


 風呂場で偶然出会ったこの髭面の伊達男、ホームズと共に街中を歩きながら話を聞く。

 その際に、この街の住民だけでなく、遠くから来た商人らしき人々や、これからダンジョンへと向かおうとする冒険者達が凛々しい表情で歩いていく姿も見れた。

 

 酒に酔った浮浪者は路地裏の陰で、壁にもたれるようにして座っている。

 夜のときと同様、日中の街の姿もまた様々な色彩であった。


「……んで、この街に討伐した魔物を運んで南の区域にある広場まで運ぶ。そこで職人達がその遺体から素材になりうる部分を切り取るんだ」


「へぇ~、そういう職人がいるっていうのは聞いていたが……」


「切り取った部分は魔術による保存によって守護され、別の街に運ばれてアイテムに加工される。ある国の兵士達がここまで運んでくる。それと合流して次の街まで行くんだ」


 魔物の身体の一部から武器や防具等のアイテムを作ることは広く知られている。

 だが、この街でそういった作業の一端をするとは思わなかった。


「よかったら見てけよ。見るだけならタダだ。……あの美人の姉ちゃんとのデートスポットにどうだ?」


「え゛、いや、違うッ! そういうんじゃ!」


「わかってるよ。昔から良くしてくれた近所の姉ちゃんを、ある日突然異性として見ちまってドギマギしちまってるって感じだろ?」


「ぐぬ……」


「ハハハ、ボウズ、恥ずかしがるこたぁない。あれだけ美人だったら心がコロッといっちまうのは当然さ。男ってのはそういう風に出来ちまってんだ」


 昨日出会ったばかりの男に慰められる。

 セトはサティスのときと同様、この男に手玉に取られているようで居心地が悪かった。


「さて、もうすぐで連中が来るはずだ。俺はそろそろ行くぜ。……帰り道わかるか?」


「あぁ、大丈夫だ。……そう言えば、俺の名前を言ってなかったな。俺は……」


「あーいい、いい。俺はお前さんを『ボウズ』って呼ぶから。名前覚えんのやっぱめんどくせぇや」


 そういって歩き去っていく姿を見送りながら、彼はまた歩いていく。

 街の大通りは人で混みあっていた。


 魔物が運ばれてくるということで大人の子供もワクワクしながら待っている。

 興味が沸いたセトはそのまま待ってみると、間もなくして捕らえられた魔物が巨大な車に乗せられ運ばれてきた。


 それはまるで巨大な岩のような図体だった。

 ずんぐりとした四足歩行型の竜種で、戦闘で負った傷から血が流れ出ている。


 大勢の兵士に囲まれながら南の区域までガタゴトと移動していった。

 それを追っかけるように子供達がはしゃいでいる。


 運ばれていく魔物と人々の騒めきの中、セトは静かにサティスのことを思い出していた。


 彼女はまだ魔物に対してトラウマを抱えている。

 あれからずっと表情は豊かになり、セトをからかえる程度には復活したが、まだまだ心の傷は深い。


(サティスはあの魔物がこの街にくることを知っているんだろうか? ……まぁ、死体だし問題はないとは思うが……)


 恐らくだが彼女はこのことを知らない。

 そういうことがあること自体は知っていても、今日とはわからなかっただろう。


 サティスは情報収集に行っている。

 きっとこのことはすぐに耳に入れることになるだろう。


「……行って、みるか」


 セトは南の区域の方へと向かった。

 心なしか駆け足になり、すでに運ばれていった魔物と兵団の後を追う。


(このタイミングで魔物だなんて……、なんだか嫌な予感がする)


 ────予感は的中した。


 仕留めたはずの魔物が突如覚醒し、暴れ始めたのだ。

 南の区域にある広場は絶叫に包まれて大混乱。

 

 兵士達が対応しようとするが、怒りにのまれた魔物の力に成すすべなく吹っ飛ばされていく。

 セトは魔剣を取り出そうとしたが、サティスとの約束が脳裏をよぎった。


(く……だが、今ここで戦えるのは……)


 周りを見る限り、逃げ惑う人々が大多数で、戦えそうな者は魔物の勢いに二の足を踏んでいた。

 今行けば被害は最小で済むのだが……。


「ようボウズ! ここで会うとはな。お前さんもさっさと逃げろ。ありゃ太刀打ち出来ねぇ」


「だが……ッ! このままじゃ被害が。……あ、あれはッ!!」


 セトがある方向に目を向ける。

 広場からは少し離れているが、広場へと続く道の噴水近くだ。

 大勢の人に紛れてサティスが佇んでいた。


 彼女はあのときのように怯え震えていた。

 恐らく近くを通りかかっただけだろうが、運悪くそれに遭遇してしまったようだ。


 しかし突然起き上がった魔物の怒号と勢いに、トラウマをぶり返し動けなくなっていた。

 遠目でもわかるほどに怯えている気配を感じ取ったセトは、思考を巡らした。


 魔剣があれば助けられる。

 だがそれは大勢の目の前で自分の力を示すことになる。


 それは彼女との約束を破ることだ。

 彼女との約束を破りたくない。

 だがこのままだと被害が甚大なものになる。


(クソ……このままじゃ! だが……約束が、いや……そんなことより命だ!)


 その間にも魔物は動き出し、あろうことかサティスのいる方に身体を向け始めた。

 

「おいボウズ! 早く逃げろってんだ!!」


「いや、俺は逃げない」


「な、なにぃ……」


(……やっぱりダメだ。サティスとの約束は破りたくない、だがサティスを失うのは嫌だッ!!)


 決意の下、セトは一目散に駆けていく。

 パニックにより崩れた露店から様々なものが転がっている。


 これを使わせてもらおう。


(魔剣を使わず、且つ俺が目立たないように……。サティス、俺はアンタを助ける)


 それは紛れもない兵士の顔。

 任務を遂行する為に心を鋼に固めた者の面構えであった。

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