第6話 俺達はこれからを生きる、その為にはまずは風呂! ……らしい

「ねぇセト」


「ん~、なんだ?」


「アナタは、ショックじゃないんですか? 自分の全てを否定されて……パーティーから追い出されたのは」


「ショックだよ。今でも泣きそうなんだ」


 しかしその割にはキビキビ動いているセトに違和感を感じて、サティスは苦笑いを浮かべた。

 森を歩いていくときは常に姿勢を低くするようにして、周りに細心の注意を払っている。


 先ほどの戦闘ゆえか彼はずっと落ち着きがない。


「そうは見えませんけどねぇ。って、次は匍匐前進ほふくぜんしんですか……」


「まだ魔王領が近い、もしかしたら暗殺弓兵スナイパーがいる可能性がだな……ホラ、サティスも伏せるんだ」


「いませんよこんなところに。そもそも魔王軍に暗殺弓兵なんて存在しませんから」


 そうか、と言いつつもひとり先先と匍匐前進を続けるセト。

 元少年兵の性ゆえか、セトは用心深い。


「もう! 普通に歩いてください!」


「むぅ……まぁサティスが大丈夫だと言うのなら従うよ」


 立ち上がり泥を払い落す。

 

「ねぇ、もしもまた魔物が現れたら……」


「アンタは動けないんだろ? 俺がやる」


 迷いなくそう答えた。

 サティスは安心すれど少し複雑な心境になる。


「ごめんなさい。すぐに戦えるようにしますから」


「戦いたくないのなら、戦わなくていい。そういうのは兵士がやればいいんだ」


「アナタはもう兵士じゃないでしょ?」


「……うん、そうだった」


 短く答える。

 そして少し進んだ場所で休憩。


 森を抜けるまであと少しだ。

 今朝とった果物を2人で食べる。


「サティス、果物の皮剥くの上手いんだな」


 彼からナイフを借りて果物の皮をシャリシャリと綺麗に向いていく。

 その光景にセトは目を輝かせながら見ていた。


「手先を使うのは得意なんですよ。……あとは綺麗に切り分けて。ホラ出来ました」


 山小屋から拝借した皿の上に切った果物を乗せて手渡す。

 セトは早速食らいついた。


「美味い」


「果物ひとつに大袈裟ですね。パーティーメンバーにいた頃はもっとおいしいの食べてたでしょうに」


「いや、あまり食ってない。……仲間外れだった」


「え……」


「戦うことしか出来なかった俺は、他の仕事はほとんど出来なかった。不器用でな。それで段々皆と距離を離されて、食べ物は節約だって言って俺だけ少なかったよ。いつも暗い所で皆の視界に入らないように食べてた」


「じゃあ、あのときも……」


 それは昔の記憶。

 彼女がなんとかして勇者一行に一矢報いようとしたあのとき、セトは顔色も悪くフラフラだった。


「あぁそんなこともあったな。そのときは魔術師のアンジェリカと僧侶のマクレーンが後で回復してくれたから……」


「それまでアナタ空腹で、意識が朦朧もうろうとしてる中で私と戦ったんですか!? あのときだって、私アナタのことすごくバカにして……」


「……戦場で慣れてる、気にするな」


 そう言ってまた切り分けられた果物をムシャムシャと食べ始める。

 あれだけの地獄に見舞われて、今度は敵だった彼女を助けた挙句、一緒に旅をしようと言い出した。


 本来なら復讐を考えたり、彼女を捕えて今までの恨みを晴らしたりするものだ。

 それが通常の反応だ。だが彼はそう言ったことは一切考えず、悲しさに苛まれながらも生き抜こうとしている。


 サティスの胸の内に得体の知れない痛みのようなものが襲った。

 果物をおいしそうに食べる彼の背中に、なぜか締め付けられる思いをしたのだ。


 サティスは彼の近くに、自分の分の果物を置いた。


「いらないのか? もが……むぐ……」


「えぇ、食欲がないんです。どうぞ食べてください」


「……いいんだな? 後から返せと言われても無理だぞ? もご……」


「まずはその口の中の食べ終えてからにしてくださいね? てか、食べながら話さないで」

 

 口の中のを飲み込んだ後、セトは遠慮なくサティスの分の果物を取り、勢いよく食べ始める。

 その様子を黙って見守っていたサティスは、空間から水の入った水筒を取り出し、彼に手渡した。


「むぐ、ふが……悪い」


「もうちょっと味わって食べなさいな」


 彼女は空間魔術によって日用品等を収納し、好きなときに出せるのだ。

 化粧品や衣服といった日用品とその他。


 山小屋付近で取った食料や水も彼女の魔術によって収納され、簡単に持ち運びが出来ている。

 セトが空間から魔剣を取り出すあの技の上位互換と言ってもいい。


「ふぅ、食った。……アンタのその術便利だなぁ」


「セトだって似たようなモノ持ってるでしょ?」


「俺は魔剣しか無理だ。1回やったら誤作動を起こしてな。……滅茶苦茶怒られた」


「なぁにやってんですかアナタは。それよりも、森を抜けたらどうします?」


 森を抜けた後のことはよくわからない。

 なにしろほとんどが初めての経験だ。


 とりあえず今は進みたいという思いが自分の中で渦巻いている。


「とりあえず森から離れたら……街に行きたいなぁ」


「街、ですか。だったらいい場所を知っています。魔王領からも離れていて魔物の危険性がなく、それでいてゆっくり出来る場所」


「そんな街があるのか……」


 行先は決まった。

 お互い任務におわれた人生を歩んだ身。


 今はゆっくりとした時間を過ごそうと、再び歩き出す。 

 心なしか彼女も少し楽しそうで、表情に活気が戻ってきていた。


「なぁ、街に行くのそんなに楽しみか?」


「そりゃあ勿論。あそこの街は前々から目をつけていましてね。あそこ、すごく有名な公衆浴場(テルマエ)があるんですよ」


「風呂、かぁ。いいな。そこは長く浸かれるのか? 時間制限は?」


「時間制限はないですけど、のぼせるので長くは浸からない方がいいかと。あ、そうだ……。実はぁ混浴もあったりするんですよぉ? 男の子なら憧れたりするんじゃないですかぁ? ま、年齢制限でアナタ入れませんけどねぇ~、クスクス」


「コンヨク? なんだそりゃ? 俺の年齢だとまだそれが出来ないのか?」


「……なぁんだ知らないんですか。つまんないの」


 言葉に棘はないがそれでも軽くからかってみたサティスの表情は、今までよりもずっと輝かしいように思えた。

 良い兆候だと、セトは微笑み返し共に進んでいく。



「ところでセト、アナタお金持ってます?」


「え゛、金いるの?」


「ハァ~、だと思いましたよ。見るからにお金に縁がなさそうですもん」


「悪かったな」


「いいですよ、人間の通貨なら私いくらか持ってますので。……今日はオフロに入って宿でパァーッとやりましょう!」


 サティスの提案に大いに賛成した。

 身体を休めることなんて滅多にない。


 そう思うとセトの心に、何か感情が沸き起こる。

 

「……"楽しみ"ですかセト?」


「え、……あぁ、そうか。これが……楽しみって感覚か。日常生活で楽しみが出来るとは思わなかった」


「フフフ、さぁ行きましょう」


 サティスが手を差し伸べてきたので、セトは彼女の手を取って繋ぐ。

 少年兵の身分では味わえないだろう世界の中へ、サティスと一緒に今歩き出した。

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