第2話 ソサエティ
とあるフォーク喫茶にて。
地下組織〝ソサエティ〟の指導者ベルザは三人の若者を招いた。
ダグラス・ステイヤー、ハリー・イーグル、ブライアン・ヒル。
テーブルに置かれたザッハトルテと紅茶。
それを運んできたポニーテールの美しい娘に、三人は照れて頭を下げた。
ベージュのスーツ姿でいかにも英国紳士なベルザは品よく紅茶を啜る。
若者たちは促され、不器用にトルテにがっついた。
ベルザは光る眼鏡の奥から青い目で彼らを眺めて微笑んだ。
チョコレートに目がないダグラスは食べ終わってフォークを綺麗に舐め、丸テーブルの向かいで見つめるベルザに笑って返した。
カップを置いてベルザが言う。
「ダグラス。よくついて来てくれた。二人にも感謝する」
「ああ、俺、単細胞なんです。単純明解。わかりやすい方が好きで」とダグラスは頭を掻く。
「……ほう。賢そうに見えるが」
「てんで、バカですごめんなさい。オレらストーン・サンダースに拾われてコキ使われたけど、愛されてもいた。飯、しっかりもらってた。飯こそ愛情。そう思うんです」
「飯……か」
「そう。でもサンダースの稼業はちょいとやかまし過ぎる。人の心の裏の裏まで探って騙してむしり取る。用意周到複雑怪奇でしょマフィアって」
「うむ。私も肯定はしないがサンダースは盟友だ。彼も裏切りを嫌う。世の中には必要悪という言葉もある。弱者を追い詰める卑しき者を彼らが粛正する事で均衡を保つ場面もある。彼らを必要とする人間もいるのだよ」
「うん。わかる。けど結局は金だ。営利団体に過ぎない。だがあなたは違うと聞いた。地下組織ソサエティは
〝ナピス〟とは死の商人。表向きは重工業の財閥だが裏では武器弾薬を世界各国に売り捌く暗黒商。
ナピスこそ戦争の親玉とし、
真っ直ぐな眉と鋭く光る目で問うダグラスにベルザの顔も引き締まった。
黒革ジャンのダグラスは不良っぽさを滲ませながらも誠実に話す真面目さと謙虚さも持ち合わせていた。
意見を明確に述べるところも。
「そうだ。我々はサンダースに比べればとてもシンプル。純粋に、悪を挫くためにある」
「わかりやすい。だからついてきたんです」
ずっと黙って聞いている相棒二人にダグラスは軽く顎をしゃくった。
茶色のジャケットの袖をまくり、ハリーが質問した。
「オレらどう動けば? 地下で生活するんですか?」
人差し指を振りベルザが答えた。
「ハリー・イーグル。君は四月から警察学校に行ってもらう」
「へ? 警察? 学校?」
「そう。サンダースの相談役が架空の戸籍と経歴を用意してる。君は警官になるんだ。我が組織に必要な情報を得るために」
ハリーは唖然と隣りのダグラスとブライアンの顔を見た。
ベルザは次にブライアンに。
「君はあの娘の専属ボディガードに。ここへ紅茶を運んできたポニーテールの娘だ。ここの店主の一人娘で名はクリスティーンという」
ガバッと立ち上がるブライアンは厨房に見え隠れするその娘に手をあげた。
彼は長いブロンドの髪を揺らし顔を赤らめながらベルザに訊いた。
「え。ベルザさん、なんでボディガード? 彼女は何か特別な」
「そうだ。いずれ話すが高貴な血筋だ。父親のビルもそう、訳あってここにいる。しっかりと守ってほしい」
生成りのシャツの襟をピンと正し、ブライアンは答えた。
「わ、わかった。わかりました」
二人に役目を伝えた後、ベルザは口を拭き、柔らかく言った。
「私と君たちの関係は牧場主と牧童のようなものだ。自警団と言ってもいい。私は君たち〝レギュレーターズ〟の力を買った。家族になった。私にとって君たちは神からの授かりものだ」
三人の目を見て言うベルザ。
「我々の牧場は暗闇にある。だが、君たちの日常は陽の当たる場所でなくてはならない。そう思っている。普段は普通に暮らしてほしい」
ダグラスが手を挙げる。
「この素性を隠して暮らせということですね」
「そうだ。既にアウトサイドに
わかりましたと三人は背筋を伸ばした。
「ダグラス、君には特別な仕事を考えてる。右腕として頼りにしている」
「はい」
徐ろに席を立つベルザは微笑み、優しく肩を撫でた。
「あとダグラス。食後にフォークは舐めない方がいい」
「……たはは。はい、気をつけます」
****
そこはアジトのある〝
店を出た三人はベルザの言いつけで食材の買い出しに路地に出た。
歩きながらハリーは頭を掻いてボヤいた。
「……しかし警官になれって人の人生なんだと思ってんだ」
ダグラスが肩を叩く。
「いいじゃねえか。お前は一番勉強ができるし正義感も強い。沈着冷静」
ブライアンも指差して言う。
「マフィアと警官なんて紙一重だが後者の方がまだマシじゃね? ま、彼女のボディガードは俺に任せとけ」
冷静……はさておいてハリーが歯をむき出して返す。
「あー、いいなお前あんな綺麗な子のボディガードなんてよ! お前みたいなナヨナヨが、ふざけんなって」
「んだとコラ! バカにすんな!」
「デレデレしやがってこの」
「くっそやるかこのヤロ!」
「あ〜あ、鼻の下ダラ〜ンでみっともねえ」
「二人ともやめねえか!」とダグラスが割って入った。
「それぞれに認められて授かった任務だ。俺たちはよ、選ばれたんだってありがたく考えるんだ。手探りで生きていかなきゃなんねえ。いつ死ぬかもわかんねえ。だから喧嘩なんてつまらん。あっても直ぐやめろ。時間の無駄だ。もったいねえだろ、な? せめて俺たち知り合う者同士、仲良くやっていこうぜ。仲良くやってくことが、実りある
ブライアンが手を引っ込め、ハリーが襟を正した。
ダグラスがそれでいいと頷いた。
量販店で食料を調達していると一人の若者がダグラスに声をかけてきた。
「……あっれ〜、お前、ダグラスだな?」
「……は?」
「俺だよ忘れたか? スラムのマクロスキー。覚えてるだろ? お前の狂気を知ってる俺さ」
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