第250話 番外編『ハニートースト(大人)』

「うわぁ~いい匂い~!」


 お店に入ると美姫が言った。


「ママ! パパ! いい匂いだね!」

「そうですね」

「そうだな」


 美姫がいい匂いと言っている匂いの正体はハチミツだ。

 俺たちはハニートースト専門店にやって来ていた。

 俺と姫香が高校生の時に一度行ったお店だ。


「このお店に来るの久しぶりですね」

「そうだな。何年ぶりだ?」

「最後に来た時が私たち高校二年生でしたから十二年前くらいですね」

「もうそんなに経つのか」

「そんなに経ちますね」


 姫香はふふっと笑った。 

 時が経つのは早いもので気が付けば十二年も経っていたいたらしい。


「早いな」

「早いですね。もうすぐ私たちは三十歳になりますからね」

「だな」

「ね~! ママ! パパ! 早く来て~!」


 注文カウンターの前にいる美姫が俺たちのことを手招きしていた。

 本当に時が経つのは早いものだ。 

 俺が抱っこをしないといけなかった美姫はもうすっかりと自分で歩けるようになっていた。

 子供の成長というのは本当にあっという間だな。

 俺と姫香は美姫の元に向かった。


「パパ! 抱っこ! 見えない!」


 美姫がメニューを見るためにはどうしても抱っこをしないといけない。

 俺は美姫のことを抱っこした。


「ほら、美姫。これで見えるか?」

「うん! うわぁ~。どれも美味しそう~!」


 美姫はキラキラと瞳を輝かせてメニューを見ていた。

 五歳にもなると書いてあることはそれなりに分かるのだろう。

 それに美姫は姫香に似て賢いからな。カタカナもひらがなも完璧に読むことが出来る。


「美姫ちゃん。どれが食べたいですか?」

「ん~。どれにしよう~」


 美姫は顎に人差し指を当てて考えていた。 

 その仕草は姫香とそっくりだった。

 姫香も考え事をする時にいつもその仕草をしている。


「ママとパパはどれにするの~?」

「どれにしましょうか?」

「前に食べなかったやつでいいんじゃないか」

「そうですね。一つはそれにしましょう」

「覚えてるのか?」

「もちろん覚えてますよ。桜とメロンのハチミツを食べましたよね」

「そういばそうだったな」

「それで食べなかったのはみかんとブルーベリーです」

「さすがだな」

「どっちにするかは美姫ちゃんが決めてからにします」

「だって、美姫はどれが食べたいんだ?」

「美姫はメロンがいい!」

「メロンですね。じゃあ、私はみかんにします。翔君も食べますか?」

「どうせ美姫が残すから俺はいいかな」

「むぅ、美姫全部食べるからね!」


 美姫は頬を膨らませてそう言った。


「本当に全部食べれるのか? 大きいぞ~」

「食べれるもん! だからパパも頼んでいいよ!」

「どうしますか?」


 姫香が微笑ましそうな顔で聞いてきた。


「じゃあ、俺も食べようかな。俺はブルーベリーにするよ」


 三人分のハニートーストを頼んで俺たちは席に移動した。


「パン楽しみ~! 早く来ないかな~」


 美姫はハニートーストを食べるのが相当楽しみなようで何度も厨房の方を見ていた。


「そんなに楽しみなのか?」

「うん! 楽しみ! 早く食べたい!」

「もう少しの我慢ですよ」


 それから十分後に三人分のハニートーストが運ばれて来た。


「パン来たー! 食べていい!?」

「自分で切れる?」

「やってみる!」


 そう言って美姫はフォークとナイフを手に持った。

 そして、柔らかなパンを頑張って切り分けていた。


「できた!」

「上手にできましたね」

「こっちはどうだ?」


 俺はパンの耳を指差して言った。


「翔君。いじわるですね~」


 姫香は俺の意図を汲み取ったようで、ふふっと笑った。


「ん~。固くて切れない~」


 美姫は何度か挑戦して諦めた。


「パパ切って~」


 俺は美姫からフォークとナイフを受け取ってパンの耳をサクッと切った。


「パパすごい~」


 手をパチパチと叩いた美姫は満面の笑みで俺のことを見ていた。

 そんな美姫を見て俺はにんまり。 


「美姫は本当に可愛いな。誰に似たんだか」


 俺は姫香のことを見ながら美姫の頭を撫でた。


「目元は翔君に似てると思いますよ」

「でも、全体的に姫香にだよな」

「そうですかね?」

「そうだよ」

「ね~。パン食べてもいい~?」


 痺れを切らした美姫が俺と姫香の顔を交互に見て言った。


「そうですね。食べましょうか」

「そうだな」

「やったー! いただきますー!」


 ちゃんといただきますを言った美姫は自分で切り分けたハニートーストを口いっぱいに入れた。

 美姫は幸せそうな顔でハニートーストを噛み締めていた。

 そんな美姫を見て俺は幸せになった。

 どうやら姫香もらしく目が合ってお互い微笑みあった。

 


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