第242話 番外編part10 2月3日④

 そして数時間後。

 

「そろそろ来るかな~」

「何が?」


 俺が真美にそう聞いたその瞬間、家の呼び鈴が鳴った。


「私出てくるね~」


 そしてなぜか真美が我先に立ち上がって玄関に向かって行った。

 その行動に嫌な予感がした俺も立ち上がって玄関に向かう。

 

「きゃぁ~。鬼だ~」


 大根役者にもほどがあるほど下手くそな真美の悲鳴が聞こえてきた。

 そんな下手くそな演技にも関わらず、姫香は何事かと俺の後をついてきた。

 玄関に到着すると、真美が俺が渡された紙っぺらのお面なんかよりも立派な赤鬼のお面を付けた、おそらくは歩に捕まっていた。


「ひ、姫香ちゃん! 豆を持ってきて!」

「は、はい! すぐに持ってきます!」


 なぜ姫香はあんなにノリノリなのだろうか。

 姫香は真美に言われた通りリビングに豆を取りに戻った。


「お前らなぁ。何やってんだよ」

「おい、そこのお前! 仲間にしてやる! 早くお面を持ってこい!」

「そういうことかよ……」

「そしておまえはリビングの方から出てくるのだー」


 真美に負けず劣らずの大根役者っぷりを見せる歩の指示に従って俺はリビングに向かった。

 途中で姫香とすれ違ったが完全にすっかりと役(鬼を追い払う役)に入っているようで俺には見向きもしなかった。

 さすがは元女優。

 

「まぁ姫香が楽しんでるならいいか」


 俺はテーブルの上に置いていた鬼のお面を顔につけた。

 廊下に出るタイミングをうかがっていると、まるで俺の行動を見ているかのように真美から「出てきてもいいよ~」と、鬼に捕まってるとは思えないほど呑気なメッセージが送られてきた。

 その自由さに呆れつつ廊下に出ると、待っていたのはすっかりと役に入った姫香と、床に倒れている歩と、スマホを構えた真美だった。


「来ましたね。もう一人の鬼さん。私が退治してあげます!」


 なんなんだこの状況は……。 

 なんで真美のやつはスマホを俺たちに向けている。

 まさか動画を撮っているのか……。

 

「あとは任せたぞ……弟よ」


 いつの間にか俺は弟にされてるし……。

 

「さぁ、どうしたんですか! かかてきなさい!」

「……」


 もう、こうなればやけだ。

 どうせこいつらは俺がやるまで続けるだろうし、それならとっととやってしまった方がいい。

 俺は棒読みで「鬼だぞー襲うぞー」と言いながら姫香へと歩み寄っていった。


「鬼は~外!」


 そう言って姫香が投げてきた豆にわざとぶつかって「うわーやられたー」と言って俺は床に倒れた。


「鬼は成敗しました! これでこの家には福が訪れるでしょう!」


 姫香は最後に決め台詞を言うと、人が変わったようにもとに戻った。


「翔君。大丈夫でしたか? 豆痛くなかったですか?」

「それは大丈夫。それよりも……」


 俺は真美のことを睨みつける。


「動画は消しとけよ」

「絶対に無理〜! もう、姫香ちゃんのスマホに送っちゃったもんね〜!」

「ごめんなさい。私が欲しいって言いました」


 姫香は申し訳なさそうな顔で俺に謝った。

 本当に惚れてるってのは罪だよな。

 姫香にならどんなことをされても許してしまう。

 だけど、真美は違う。


「姫香はいいけど、真美は消しとけよ」

「嫌だね〜! 消してほしかったらわたしからスマホを奪ってみなさい!」


 それを俺ができないと知って真美は煽ってくる。

 「はぁ」とため息をついて俺は諦めた。

 

「消さなくてもいいけど、俺たち以外には見せるなよ」

「そんなの分かってるって! 思い出として残しとくだけじゃん! こういう思い出って財産じゃん! いつか見返した時に懐かしいな〜って思う時が来るわけよ!」


 そう言って真美は歯を見せて笑った。

 

「だからさ、これからもたくさん思い出作ろうよ! これから三年になってみんな忙しくなるかもだけど、この四人でたくさん思い出作りたいな〜!」

「そうですね。これからもたくさん思い出作りましょう」

「だな! 大人になってもお互いの間に子供ができてもこうやって笑い合ってたいな!」

「そうだな」


 それから、廊下に散らばった豆をみんなで片付けた俺たちはリビングに移動して恵方巻きを食べることになった。

 俺は恵方巻きを食べながら、この生活がこれからも続きますようにと心の中で静かに願っていた。


☆☆☆

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