第239話 番外編part7 2月3日①
「パパただいま〜」
ドタバタと美姫がリビングに入ってきた。
「おかえり美姫。まず手洗い・・・・・・て、何それ?」
「鬼さん〜!」
リビングに入ってきた美姫は紙製の鬼の仮面を付けていた。
「今日ね。幼稚園で豆まきしたの〜!」
「そっか。今日は節分か」
ここのところ忙しくしていたから曜日感覚がすっかりとなくなっていた。
考えなければいけないものが山積みだった。
「美姫が鬼の役をしたの?」
「鬼の役もしたし、豆を投げるのもしたよ~!」
美姫はその時の様子を楽しそうに話してくれた。
「楽しかったみたいだね」
「うん! 楽しかった!」
満面の笑みを浮かべた美姫は「はい」と俺に鬼の仮面を渡してきた。
「ママがパパに渡してって」
「ママが?」
とりあえず俺は美姫から鬼のお面を受け取った。
「そういえばママは?」
美姫を下まで迎えにいったはずの姫香の姿が見当たらない。
「ママはお買い物に行ったよ~」
手を洗ってくる~、と美姫は洗面所に走っていった。
買い物……。
大方恵方巻を買いに行ったのだろう。
「それにしてもなんで鬼のお面を俺に?」
それだけが分からなかったが、とりあえず俺は仕事に戻ることにした。
それからしばらくすると姫香が家に戻ってきた。
「ただいま~」
「おかえり」
「美姫ちゃん戻ってますか?」
「部屋にいると思うぞ。てか、なんで俺にこれ渡すように言ったんだよ」
俺は姫香に鬼のお面を見せた。
「ああ、それはですね。もちろん翔君に鬼役をしてもらうためですよ」
姫香はニヤッと笑って手に持っていた袋から豆を取り出した。
「あ~。そういうことね」
「そういうことです」
「まぁ、いいんだけどな」
「鬼役よろしくお願いしますね」
「了解」
美姫が俺にお面を渡してきたのはそういうことだったらしい。
「懐かしいですね。昔は毎年のように四人でやってましたよね。豆まき」
「ああ、そういえばそうだな。あいつら面白がって毎年俺に鬼役やらせてたな」
「ふふ、初めて鬼役をしたあの時のぎこちない翔君を思い出したら笑ってしまいます」
姫香は何十年も前、俺が初めてあいつらに鬼役をさせられた高二の時のことを思い出しておかしそうに笑った。
「笑うな。姫香だって初めて鬼役した時ぎこちなかっただろ」
「そ、それは言わないでください! 恥ずかしい・・・・・・」
顔を赤くして恥ずかしそうにしている姫香に俺はさらに言う。
「あの時の姫香可愛かったなー。動画撮ってあるけど見るか?」
「見ません! 今すぐ消してください!」
「それは無理だな。姫香だって俺の時のやつ持ってるだろ?」
「それは・・・・・・持ってますけど」
「それに大切な思い出だからな。俺と姫香とあの二人との」
「それを言われたら何も言えませんね。私にとっても大切な思い出ですから」
そう言って姫香は微笑んだ。
その微笑みは相変わらず歳を感じさせない美しかった。
それから姫香と懐かしい思い出話を少しだけ話した俺は仕事に戻ることにした。
「翔君コーヒー飲みますか?」
「うん。もらう」
「すぐに淹れますね」
コーヒーの入ったカップを持って姫香が俺の隣に来て座った。
「仕事は順調ですか?」
「まぁ、ぼちぼちかな」
「無理しないでいいですからね? お金ならたくさんあるんですから」
「お金のことを姫香が言うと生々しいな」
実際、俺が働かなくても暮らしていけるだけのお金を姫香は稼いでいた。
このマンションも姫香が買ったものだ。
それ以外にも、このソファーもテレビも、ほとんどの家具は姫香がお金を出して買ったものだ。
もちろん、それでは立場がないので生活費と美姫の養育費は俺が出すようにしていた。
「大丈夫だよ。無理はしてない。むしろ、俺はやりたいことをやらせてもらってるんだから姫香に感謝しかないよ」
「それならいいんですけど。私としても翔君には好きなことをしてもらいたいと思ってますし、翔君の書く話が好きなので」
俺の肩に預けてきた姫香の頭を「ありがとう」と言って撫でた。
「これからも姫香のために面白い話を書き続けるよ」
「それは楽しみですね」
しばらく隣で俺が物語を綴っているのを見ていた姫香はいつの間にか、可愛らしい寝息をかいて眠っていた。
そんな姫香のことをお姫様抱っこをして寝室まで連れていく。
「姫香こそいつもお疲れ様」
育児に家事。
手伝いこそすれ、そのほとんどを姫香一人でこなしているわけで、俺としては本当に頭が上がらない。
姫香をベッドに寝かせて毛布をかけると、俺はそっと寝室を後にした。
「パパ~。ママは?」
「ママは今寝たよ」
「そっか。ママと遊びたかったのに」
美姫は手に持った人形をしょぼりとした顔で見つめていた。
「よし、じゃあパパと遊ぶか」
「え、いいの!? パパお仕事あるんでしょ?」
「仕事より美姫が優先に決まってるだろ」
そう言って美姫の頭を撫でてやると美姫は嬉しそうに笑った。
「やった~! 美姫、パパと遊ぶ~!」
「それで何して遊ぶんの?」
「おままごと!」
「早く行こ!」と美姫に手を引かれるがままにリビングに向かった俺はそれから一時間ほどおままごとに付き合わされることになった。
☆☆☆
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