第163話 体育祭編part17 百メートル走③

 順番がとうとう回ってきた。


「ようやくだな!」

「そうだな」


 クラウチングスタートの体勢を取っている隣の片桐が話しかけてきた。


「さっきのは翔の彼女か?」

「まぁな」

「めっちゃ美人だな」

「お前、姫香のこと知らないのか?」

「ん?有名人なのか?」

「いや、知らないならいいんだ」

「そうか」


 姫香のことを知らない生徒がいるなんて珍しいな。


「さて、走るか」


 片桐はそう言った瞬間、雰囲気がガラッと変わった。

 それはまるでアスリートの顔だった。

(こんな顔もできるのか・・・・・・)

 そう感心しているとピストルの音が宙を裂いた。

 俺は一瞬出遅れた。

 片桐が圧倒的な走りを見せ一位をキープしていた。

 出遅れたとはいえ、片桐以外は相手にならなかった。俺は片桐の少し後ろ二位にいる。

(手を抜いて勝てるほど甘い相手ではなかったってことか・・・・・・)

 俺はふぅと息を吐くとギアを一つ上げた。

 目立つことになるだろうが仕方がない。というか、さっきの姫香の行動で目立ってしまったんだ。今更、何を気にすることがあるのだろうか。

 そう思ったら、俺は本気を出すことに躊躇いがなくなっていた。


「おっ!ようやく追いついてきたか!このまま俺が勝つかと思ったぞ!」

「冗談だろ?俺の本気はこれからだぞ」

「ふっ。それでこそ俺のライバルだ」


 ゴールのそばに立つ姫香の姿が目の端に映った。

 俺は笑みを零すと片桐を抜いて一位に躍り出る。

(そんな心配そうな顔するなよ。ちゃんと勝つから)

 その後はどんどんと片桐との距離を離していき、俺は一位でゴールテープを切った。

 その瞬間、姫香が駆け寄ってきて抱き着いてきた。


「やりましたね!翔君!」

「姫香、負けると思ってただろ」

「そ、そんなこと・・・・・・少し思ってました」

「正直でよろしい」

「でも、勝ってくれるとも思ってましたからね!そもそも、翔君がヒヤヒヤさせるのがいけないんです!」


 そう言って頬を膨らませる姫香。


「カッコよくなかったか?」

「カッコよかったですけど・・・・・・」

 

 姫香は頬を真っ赤にして恥ずかしそうに呟いた。

 

「最高にカッコよかったです!もう、大好きです!」


 開き直ったのか、姫香は俺のことを真っ直ぐに見つめそう言った。

 

「あ、ありがとう」


 今度は俺が照れてしまって顔を逸らした。


「お二人さん。イチャつくのはいいけど、他の場所でしてくれよな」


 呆れた顔の歩がそばにやってきて、俺たちの肩を叩いた。


「全校生徒が見てるんだぞ?」

「そ、そうでした・・・・・・」

「そうだな・・・・・・」

「分かったなら、さっさと退場!」


 そう言って歩は退場門を指差した。

 先に退場していた生徒たちの列の最後尾に並び俺と姫香も校庭を後にする。

 退場門のところに片桐が立っていた。


「完敗だ。やっぱりお前は凄いやつだな」

「片桐・・・・・・お前も速かったよ」

「あーあ。これで翔の勝負は終わりか〜。あんな約束しなければよかったなー」


 片桐はガクッと肩を落とした。

 

「久しぶりにヒリヒリした勝負ができて楽しかったのにな」

「俺も楽しかったよ。負けるんじゃないかと少しだけヒヤッとしたぞ」

「本当か!?少しでもそう思わされたのなら進歩だな!もう、この先はないだろうけど・・・・・・」


 ほんの少しだけ、本当に少しだけ俺も思ってしまっていた。


「まぁ、高校が終わるまでなら、お前の勝負に付き合ってやるよ」

「え!?本当か!?」と目を見開いている片桐に俺は頷いてやった。


「次は必ず勝つからな!」

「楽しみにしてるよ」


 片桐と握手を交わすと俺たちは自分のクラスのテントへと向かった。


「翔君もヒヤッとしてたんですね」

「ちょっとだけだな」

「そうなんですね〜」


 姫香が俺をからかうように言った。

 そんな姫香の横腹をこちょばしてやった。


「や、やめてください!」

「姫香がからかってくるのが悪い」

「ごめんなさい!私が悪かったですから!」


 そんな光景をテントの中にいる生徒たちが見ていることを二人は知らなかった。

 この日を境に二人は誰もが認める『公認カップル』へとなった。


☆☆☆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る