第155話 体育祭編part9

 そのサッカーボールは取り巻きの顔面と才津のナイフを持っている手に見事に命中した。

 カランっと音を鳴らし二人の手からナイフが離れた。

 何が起きたのか分からないがこれはチャンスだ。

 そう思って、俺は姫香のそばに駆け寄った。


「大丈夫か?」

「はい……何とか、すみません……私」

「無事でよかった」

 

 俺は姫香のことを強く抱きしめた。


「翔君、苦しいです」

「あ、ごめん。どこにも傷はできてないか?」

「はい。それは大丈夫だと思います」

「よかった。ほんとによかった」


 姫香が無事なことに安堵し、俺は立ち上がった。 

 そして、近くにあったナイフを遠くに蹴とばした。


「誰だ!なんで、サッカーボールが!?」


 才津が手を痛そうに抑えながらそう言った。

 そうだ。誰がサッカーボールを……。

 そう思って、サッカーボールが飛んできた方を見た。


「ふぅ~。ヒヤヒヤさせやがって」

「なんで、お前らが……」


 すると、そこにはサッカー部のユニフォームを着た歩とジャージ姿の真美が立っていた。


「翔、あんたバカでしょ!何一人でカッコつけようとしてるのよ」

「真美・・・・・・」


 二人が俺の方へと歩いてくる。

 真美が俺の前で立ち止まると、バチンと頬に平手打ちをした。

 

「バカっ!心配させんじゃないわよ!」

「なんで二人がここに・・・・・・?」

「そんなの決まってるじゃない。あんたの様子がいつもと違ったからよ」

「俺たちを舐めるなよ?翔は隠し通せると思ってたみたいだけど、俺たちの目はそんなに節穴じゃないぞ。何年、翔と友達やってると思ってんだ。俺たちを騙すなんて百年早いわ!」


 どうやら『バカップル』には全てお見通しだったらしい。

 全く、俺はいい友達を持ったものだな。


「おい!お前ら俺を無視して何楽しそうに話ししてんだよ!」

「あ、そうだった。あんたいたんだったわね」


 真美が才津の方を振り向いた。

 歩と一緒にいる時の真美は無敵だ。百六十センチの真美が百八十センチの才津より大きく見えた。


「紹介しとく、この人が私の彼氏。世界一カッコよくて、世界一大好きな人。悪いけど、あんたの入る隙なんて1ミリもないから。だから、金輪際私たちに関わらないで」


 真美は堂々と才津に向かってそう言った。


「うるせぇ!そんなこと俺様には関係ない!俺は手に入れたいものはなんでも手に入れる主義なんだ!」


 まるで子供のように駄々をこねる才津。

 

「悪いけど、真美は誰にも渡さないよ。世界一可愛くて、世界一大好きな人だからね」


 そう言って歩は真美の肩を抱いた。

 歩がいる時に真美が無敵になるように、真美がいる時は歩も無敵になる。

 俺たちの前に立っている二人の背中が何故だか輝いて見えた。


「く、クソが!帰るぞ、お前ら!」


 本当に入る隙がないと理解したのか、才津は取り巻きを連れて立ち去っていく。


「はぁ〜。怖かった〜」

「だなー」


 才津たちがいなくなると『バカップル』はその場にしゃがみ込んだ。


「大丈夫か?」

「大丈夫ですか?」


 俺と姫香は二人のもとに行き、そばに座った。


「姫香ちゃんこそ大丈夫?怪我はない?」

「はい。大丈夫です」

「よかった〜」


 真美は心底ホッとしたような顔をしていた。


「翔!あんた、姫香ちゃんを危ない目に遭わせるんじゃないわよ!あの男にナイフを頬にあてられてたのを見た時、心配したんだからね!」


「ごめん・・・・・・油断してた」


「私たちが間に合ったからよかったものの、姫香ちゃんに何かあったらどうするつもりだったのよ」


「本当にごめん。姫香もごめん」


「大丈夫ですよ。少しは怖かったですけど、翔君がいましたし、それに二人が来てくれるの信じてたので」


「まったく、友達想いの友達を持つと困るわ〜。私たちを危ない目に遭わせないようにしてくれてのことだってのは分かるけど、それで翔や姫香ちゃんが危ない目に遭うのは間違ってるからね!いい?絶対に次からは勝手に行動しないで!二人が私たちを大事に思ってくれてるように、私たちだって二人のことを大事に思ってるんだからね」


「そうだぞ。でも、真美のためにありがとな。二人とも。俺たちは友達想いの友達を持って幸せ者だな!」


「そうね〜」


 真美を助けようと思ってした行動が、まさか逆に助けられる形になるとは思ってもいなかった。

 

「まぁ、何はともあれ全員無事でよかったわ!」

「そうだな!じゃあ俺たちは部活に戻るわ!」


 歩がそう言うと二人は立ち上がって、俺たちに手を振ってその場を後にした。

 

「俺たちも帰ろうか」

「そうですね。あの、これどうしますか?」

「ああ、それか・・・・・・一応残しておくか」


 俺は姫香から自分のスマホを受け取り動画を確認した。

 そこにはバッチリと俺がやられたところが写っていた。これなら、十分証拠として通用するだろう。これでもうあいつも好き勝手できなくなるはずだ。

 まあ理事長がこの事実を隠蔽しなければの話だけどな。


「ありがとう。バッチリ撮れてる。姫香、本当にごめんな。怖いかっただろ」

「動画に撮るのに夢中で・・・・・・私の方こそごめんなさい」

「姫香が謝ることないよ。もう一人いることに俺も気がついてなかったし」

「それもあるんですけど、その、翔君が四人の生徒に囲まれてて、怖くて真美さんに連絡してしまったんです」

「そうだったのか」

「はい・・・・・・」


 勝手に真美に連絡したを怒られると思っているのか姫香は下を向いていた。

 そんな姫香のことを優しく抱きしめて、耳元で囁く。


「むしろ、連絡してくれてありがとな。そのおかげで俺の一番大事な人を守れた。ありがとう姫香。真美たちには悪いが姫香に怪我がなくて本当によかったよ」

「翔君・・・・・・ごめ・・・・・・」


 また謝ろうとする姫香の口を俺の口で塞いでやった。

 何が起こったのか分かっていない様子の姫香は目を見開いて固まっていたが、すぐに現状を理解したのか、俺に身を委ねてくれた。

 体育館裏、誰もいない夕日が照らす空間で俺たちは初めてのキスを交わした。



☆☆☆

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