『⑩氷室姫香の実家』

「またいつでも来ていいからね」

「そうだぞ。ちゃんとまた顔見せに来るんだぞ」


 姫香の両親は名残惜しそうな顔で玄関先に立っていた。

 二人はこれから仕事があるらしくここでお別れだ。

 

「また伺います」

「ほら、二人とも早くいかないと遅刻しちゃうよ?」

「あ~。そうやって私たちを家から追い出したいんでしょ?」

「違うから!私は二人を心配してるの!ただでさえ、遅く起きんだから」

「舞香ほんとに遅刻しちゃうから!」

「本当だ!?」


 雄二さんの腕時計を見て舞香さんは慌てて靴を履いた。


「電車の時間までゆっくりしていっていいからね。またね、二人とも」


 舞香さんが姫香のことを抱きしめると、二人は家を後にした。


「行きましたね」

「そうだな」

「電車の時間まで、どうしましょうか?」

「どうしよっか?」


 俺はスマホで時間を確認した。

 俺たちが乗る電車が駅に到着するのは午前十一時。

 現在時刻は九時。あと二時間もある。

 

「せっかくですし、歩きますか?」

「え、いいのか?」

「別に歩くくらいなら。面白いところはないですけど、それでもいいですか?」

「うん。いいよ」

「じゃあ、帰りの準備だけしときましょうか」

「そうだな」


 俺たちはいつでも帰れるように荷物をまとめて家を出た。

 とりあえず駅の方に向かって歩き出す。

 

「この辺りは住宅街なんだな」

「はい」

「この道を毎日通ってたのか?」

「そうですね。中学校へは歩いて通ってました。この道は通学路でしたね」

「この道を歩いてたんだな」

「面白味はないでしょ?」

「いや、面白いよ」

「そうですか?」

「うん。俺の知らない姫香が知れるから」


 俺がそう言うと姫香は目を見開いて驚いた顔をしていた。 


「そんなの……私も知りたいです。翔君のこと……」

「そうだな。向こうに戻ったら中学生時代の思い出の場所を教えるよ」

「約束ですよ?」

「あぁ、約束だ。なんか、最近約束ばっかりしてる気がするな」

「いいじゃないですか。約束があった方が未来が楽しくなりますから」

「それもそうだな」


 姫香が俺の手を握ってきた。

 俺は微笑んで姫香の手を握り返した。 

 きっと姫香と歩くこれからの未来は楽しいことがたくさん待ち受けていることだろう。 

 そんな未来に希望を抱きながら俺たちは駅に向かって歩き始めた。



☆☆☆


これにて、実家編終了!

次回は夏休み最後のイベントになります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る