『②氷室姫香の実家』

「お母さん、今日は何を作ってるの?」

「今日はね〜。チーズケーキよ」


 そう言った姫香のお母さんは手にボウルを持っていて、ハンドミキサーで中身をかき混ぜていた。


「あら、その子はもしかして・・・・・・」

「お母さん覚えてる?」

「うーん。見覚えがあるような気がするけど・・・・・・」

「王野翔君。私が幼稚園くらいの時によく遊んでた男の子」

「あー!思い出したわ!あの子ね!大きくなったわねー!それにこんなにカッコよくなっちゃって!」

「ど、どうも・・・・・・」

「いらっしゃい。姫香の彼氏って王野君だったのね〜」

「・・・・・・うん」

「懐かしいわね〜。何年ぶり?」

「十数年ぶりですね」

「あら、もうそんなに経つのね〜。そりゃあ、歳をとるわけだ」


 姫香のお母さんは愉快に笑った。

 そして、完成したチーズケーキのクリームを型に流し込むとオーブンへと入れた。


「さ、お待たせ。これでちゃんとお話できるわ」


 姫香のお母さんは椅子に座って俺たちの方を見た。


「私たちも座りましょうか」

「うん」


 俺たちも姫香のお母さんの前の席に座った。

 

「じゃあ、改めて自己紹介するわね。私は氷室舞香。趣味は今はお菓子作りかな。王野君とは昔何回か会ったことあるわよね。カッコよくなってて分からなかったけどね」

「十年以上経ってますからね。というか、イケメンじゃないですから」

「何言ってんのよ~。カッコいいわよ。ねぇ、姫香?」

「……うん」


 姫香は恥ずかしそうに頷いた。

 

「翔君はカッコいいです」

「そ、そっか」

「初々しくていいわね~。私にもそんな時代があったわ~」


 舞香さんが目を細め微笑んだ。


「たくさん青春しなさい。あなたち。高校時代は一度きりしかないからね」

「分かってるよ。だから、私、仕事辞めるんだもん」

「そうね。姫香の目的はちゃんと果たせたみたいだし。もう、続ける理由もなくなったものね」

「うん」

「ずっと気になってたんだけど、姫香がモデルをしてた理由ってなんなんだ?」

「それは……」

「あれ、何言ってないの?姫香はね。おお……」

「あー!それは言っちゃダメ!」

 

 舞香さんが何かを言おうとしたところを姫香が止めた。

 何を言おうとしていたのだろうか。


「恥ずかしいからダメ……」

「あら、そうなの?別にいいんじゃない。私はいいと思うわよ。姫香のそう言う一途なところ」

「うぅ……」

 

 姫香は顔を真っ赤にして下を向いてしまった。

 俺は全く話が理解できずポカンと二人の話を聞いていた。


「まぁ、姫香が言わないって言うなら、それでもいいけどね」

「後で……言いますから」


 そう言って姫香は俺の方を向いた。

 その深紅の瞳はうるうると涙を浮かべていた。


「だから、今は……」

「わ、分かった」


 そこでオーブンがピーという音を鳴らした。


「あ、チーズケーキができたみたい!」


 リビングに甘い匂いが漂っていた。

 オーブンから取り出されたチーズケーキを舞香さんはテーブルの上に置いた。

 綺麗な焼き色をしたチーズケーキは見るからに美味しそうだった。

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