『⑨王野翔の実家』

 俺たちは昼食を食べ終えると、お母さんの車に乗って最寄り駅まで送ってもらった。


「本当に帰っちゃうの〜?」


 お母さんは最後まで姫香と離れることを寂しそうにしていた。


「また、来ますから。必ず」

「約束よ。また来てね!翔、氷室ちゃんと別れたら許さないからね!」

「それは俺が決めることではないだろ。まぁ、そうならないようには頑張るけど」

「大丈夫ですよ。お母様。私が翔君を嫌いになることはありませんから。むしろ、私が翔君に嫌われないかが心配です」

「それはないから安心しろ」

「じゃあ、私たちが別れることはありませんね」


 そう言って姫香は俺の手を握ってきた。


「この調子だと大丈夫そうね」

 

 それを見ていたお母さんは何故か苦笑い。

 そうこうしているうちに電車が駅にやってくる時間になった。


「じゃあ、また来るから。お酒はほどほどにな」

「分かってるわよ!」

「それじゃあ、お母様、またお会いしましょう。楽しかったです。ありがとうございました」


 姫香がお母さんに向かって丁寧に頭を下げた。


「私も姫香ちゃんと会えて楽しかったわ!また、いつでも来てね!翔が浮気したら駆け込んできてくれていいからね!」

「絶対にしないから」

「はい。その時はよろしくお願いします」


 何故か、姫香は俺の方を向いて微笑んでいた。

 そして、繋いでいた手に力を入れた。


「変なこと言うなよな!姫香が誤解するだろ」

「私は誤解なんかしませんよ。ちゃんと翔君のことを信じてますから」

「それは、ありがとう。でも、信じてくれてるなら、手の力を緩めて欲しいんですけどね・・・・・・」

「いやです。ちゃんとこうやって強く握っておかないと、どっかに行ってしまうかもしれないじゃないですか」

「どこにも行かないから。神に誓って保証するから」

「そこまで言うなら仕方ないですね」


 どこまでが本気で、どこからが冗談なんかわからない姫香とそんなやりとりをしていたら、電車が駅のホームに到着したアナウンスが流れた。


「ほら、電車がきたから行くぞ!じゃあな、お母さん」

「2人とも元気でね〜」


 手を振るお母さんに見送られながら、俺たちは手を繋いだまま電車に飛び乗った。

 こうして、俺の家族と姫香の顔合わせは無事に終了した。

 2日後には姫香のご両親との顔合わせが待っている。 

 姫香のお母さんに会うのはひさしぶりだが、俺のことを覚えているだろうか。 

 俺たちは2人がけの席に座った。

 姫香が俺の方にコテンと頭を預けた。

 まもなく電車が動き出し、俺たちが今暮らしている街へと向かっていくのであった。

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