6月12日(土) 14:00〜

 しばらくベンチで座って待っていると、化粧直しを終えた氷室さんがやってきた。


「王野さん、これやりませんか?」


 その手にはサッカーボールを持っていた。

 あれ、なんか凄い既視感がある……。


「どうかしましたか?」

「いや、なんか見覚えがあるな、と思ってな」

「うふふ、そうですか」

 

 氷室さんは何故か嬉しそうに微笑んだ。

 

「どうですか?やりませんか?」

「やりませんかって、氷室さんできるの?そもそも、俺がサッカーしてたって、言ったっけ?」

「私は少しだけ。王野さんサッカーされてたんですか?」

「昔、ちょっとだけな」

「そうなのですね」

「あぁ。せっかくだし、やるか」


 俺は立ち上がって氷室さんの腕からサッカーボールを抜き取ると、軽くリフティングをした。

 昔の感覚はまだ残っていたみたいで、意外とできた。


「お上手ですね」

「ありがと。ほれ」


 俺はサッカーボールを氷室さんの足もとにパスした。

 氷室さんはしっかりとボールを足元に収めた。そして、リフティングを数回した。


「氷室さんも上手だな」

「練習しましたから……いつか王野君と再会した時のために」

「ん?」

「いえ、なんでもありません。王野さん、いきますよ」


 氷室さんがふわっとボールを浮かせた。

 俺はそれを胸でトラップして、リフティングをする。

 なんだろう、すごい懐かしい感覚だ。あの頃、「ひろくん」と一緒にボールを蹴っていた時に戻ったみたいだった。「ひろくん」より氷室さんの方が上手だけどな。

 それからしばらく氷室さんとパス回しをした。それだけで、少し息が上がった。


「疲れましたね~」

「そうだな」

「でも、やっぱり楽しいです!」

「意外と上手でビックリしたよ」

「そうですか?そう思ってもらえたなら嬉しいです。さて、王野さん、練習しましょうか!」

「練習?」

「はい。セリフの練習です」

「セリフなんてあるのか……」

「あるに決まってるじゃないですか。これが台本です」


 そう言って、氷室さんはA4用紙を1枚渡してきた。そこには、手書きで数行のセリフが書かれていた。そのセリフを黙読していく。

 最後まで読み終え、俺は心の中でこう叫んだ。

 

 これって、告白じゃねぇかーーー!

 

「マジで、俺がこれを言うのか?」

「そうですよー。楽しみですね!」

「恥ずかしいんだが?やっぱり、やめてもいいか?」

「それは、監督に言ってもらわないと……」

「なぁ、楽しんでるだろ?」


 氷室さんは楽しそうに微笑んでいた。


「何のことですか?」

「後で、覚えてろよ」

「そんなことより練習しましょう。監督に怒られちゃいます。あの人、怒ると怖いですよ?」

「マジか……分かった。やろう」


 立ち上がって、自分のセリフを確認しながら氷室さんに向かって言う。

 正直、めっちゃ恥ずかしい……。いくらセリフとはいえ、こんな言葉を氷室さんに言うのは恥ずかしくて死にそう。 

 それで、俺の顔が真っ赤になるのなら分かるのだが、なぜか氷室さんも顔を真っ赤にしていた。


 

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