6月12日(土) 10:00〜『氷室さんの仕事』

 最寄駅には10分前に到着した。

 いつもより早く寝たおかげか、いつもより早く目が覚めた。なので、余裕を持って準備をすることができた。

 駅の入り口で氷室さんが来るのを待っていると、何やら不穏な声が聞こえてきた。


「なぁ、俺たちと一緒に遊ばない?」

「こんなところで1人でいるってことは、どうせ暇なんだろう?」


 またかよ・・・・・・。

 この辺はナンパ師が多いのか?

 しかも今回は前回の奴らより柄が悪い。

 2人ともここはハワイかってくらい派手なアロハシャツに短パン。金髪にサングラスをかけていて、耳元には銀色のピアスが輝いている。

 対する手を捕まれてる女性の方は、清楚な白いワンピースに麦わら帽子。白い髪。

 ここからだと顔はよく見えないが、めっちゃ既視感・・・・・・。


「どう考えてもだよな・・・・・・」


 俺は気取られないように、ナンパ師の後ろに近づいた。

 やっぱりか・・・・・・。

 相変わらず、それで変装してるつもりなのかよ。

 眼鏡の奥の深紅の瞳がうるうると涙目になっていた。

 氷室さんは俺のことに気がついていない。

 

「なぁ、行こうぜ〜」

「ごめんなさい。私、人を待ってるので」

「いいって、そんな奴ほっといて、俺たちと遊んだ方が楽しいって」


 そう言って、氷室さんの腕を掴んでいる男がぐいっと、その腕を引っ張って自分の方に抱き寄せようとした。

 前回とはかなり状況が違うが、助けないという選択肢はもちろんない。

 多少、強引にはなるが、仕方がない。

 俺はその男と氷室さんの横に行き、氷室さんの腕を掴んでいる男の腕に蹴りを食らわせた。それが、不意をつくのに1番いいと思ったからだ。

 男は氷室さんの腕から手を離し痛そうにしている。もう1人の男は突然のことにその場に立ち尽くしている。


「ほら、行くぞ」


 俺は氷室さんの腕をしっかりと掴んで、走った。

 とりあえず、駅の中に逃げ込む。

 途中、振り返ったがナンパ師たちが追ってきてる様子はなかった。

 休憩するために、駅の中に設置されている椅子に氷室さんを座らせた。


「大丈夫か?」

「は、はい。あの、ありがとうございます」

「お節介だったか?」

「え・・・・・・」


 そこで、ようやく氷室さんは俺だと認識したらしい。顔を上げて俺のことを見た氷室さんは、目を丸くして、あわあわ、と口を動かしていた。


「お、王野さん・・・・・・」

「待たせて悪かったな」

「い、いえ・・・・・・」


 氷室さんは麦わら帽子を目深に被り下を向いてしまった。

 

「俺がもう少し早く来れば、ナンパになんてあわずに済んだだろ。ごめんな」

「王野さんが謝ることではありません。悪いのはあっちですから」

「でもなー。待たせた俺が悪い」

「それをいうなら、時間より早く来た私が悪いです」

「いや、俺だ」

「いえ、私です」


 お互い譲ろうとせず、その押し問答はしばらく続いた。

 先に折れたのは俺だった。


「そういえば、時間。大丈夫か?」

「はい。撮影は10時30分からなので、それに、撮影場所もすぐ近くなので」

「そうか」

「でも、そろそろ行きましょう。いろいろと準備もありますし」

「了解。道案内よろしく」

「任せてください」


 2人並んで駅を出ると、10分くらい歩いた。 

 到着した場所は俺たちが通っている高校とは別の学校のようだった。


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