6月11日(金) 20:00〜

 お風呂から上がり、ドライヤーで髪を乾かして、部屋に戻るとスマホが振動していた。

 誰だろう?と思いながらスマホを手に取ると、氷室さんからだった。

 俺はベッドに腰を下ろして電話に出た。

 

「もしもし」

『もしもし。王野さん。今、お時間大丈夫ですか?』

「うん。どうした?」

『その、明日の確認がしたくて、ですね・・・・・・』

「10時に最寄駅に集合、だろ?」

『は、はい。よろしくお願いします』


 なんだろう。

 氷室さんの声がいつもより緊張しているように聞こえる。

 何かあったのだろうか?


「もしかして、何かあったのか?」

『え?どうしてそう思うのです?』

「いや、なんとなく。いつもと声が違うような気がしてな」

『どうでしょう・・・・・・もしかしたら、少し、緊張してるかもしれません』

「明日のことか?」

『はい。明日は大事なシーンの撮影ですから』


 大事な撮影ね・・・・・・。

 一体どんな写真を撮るのだろうか?


「そんなに大事なのか?」

『そうですね・・・・・・』

「それで緊張してるのか?」

『それもあるんですけど、私が緊張してるのは、別の理由です』

「そうなのか」

『あの!お、王野さんは、異性の方と、だ、抱きしめ合ったことはありますか!?』


 氷室さんは、言葉に詰まりながら、そんなことを言った。


「はぁ!?いきなり、どうした!?」

『ど、どうなんですか!?教えてください!』


 どうって言われてもな・・・・・・。

 もちろん、あるわけがないだろ。

 これまで女性とお付き合いしたことは1度もないんだから。

 お母さんを異性に入れるなら、小さい頃はしょっちゅう抱き着いてたけどな。


「ない、けど・・・・・・」

『そう、ですか』


 そう言った、氷室さんの声は少し弾んでいるように聞こえた。


「で、それが、明日の撮影と何か関係があるのか?」


 あくまでも平常心を装って俺は聞いた。

 内心はめっちゃドキドキしてる。


『それは、明日まで秘密にしときます・・・・・・恥ずかしいので・・・・・・』


 本当に恥ずかしいらしく、語尾にいくにつれ、氷室さんの声はだんだんと小さくなっていった。

 そんなに恥ずかしくなるくらいの写真を撮られるってことか?

 氷室さんは一体どんな写真を撮られるのだろうか・・・・・・。

 

「大丈夫か?無理はするなよ」

『はい。ありがとうございます。きっと王野さんがいてくれたら大丈夫です。もちろん、無理はしませんから安心してください』

「それならいいんだがな」

『王野さんの声が聞けて、なんだかホッとしました』

「昼間も聞いただろ」

『そうですけど、そうじゃないんです!』


 その後、少しだけ雑談をして、氷室さんとの通話は終了した。

 なんだか、明日は気力を使う1日になりそうな気がした。

 

「仕事中の氷室さんはどんな感じなんだろうな」


 きっと、学校の時とは違ってプロの顔になるのだろう。あの雑誌に載っていたみたいに。

 本当に俺なんかが氷室さんの役に立つのか?

 そもそも、一般人の俺が行ってもいいものなのだろうか?


「まぁ、考えても仕方ないか」


 頼まれた以上はその役目を果たすのみ。

 それに、そこにいるだけでいいって言われてるしな。それなら、得意だ。

 いつも「ひろくん」の傍にいて、見守っていたように、氷室さんの傍にいて、その様子を見守っていよう。邪魔しないように、心の中で応援しながら。

 俺はいつもより早めにベッドに寝転がり目を閉じた。

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