6月10日(木) 7:00〜『氷室さんのやりたいこと』

 午前6時に目を覚ました。

 氷室さんのおかげ、と言っていいのか、最近では早起きに慣れてきて、この時間に自然と目が覚めるようになった。

 顔を洗い、朝ごはんを食べ、学校に行く準備をして家を出る。これだけで30分はかかる。

 家から学校までは徒歩で20分。自転車で行けば15分くらいだ。

 どっちで行くかは、その日の気温や天気や気分によって変えている。

 

「今日は放課後に予定もないし、自転車で行くか」


 天気も良く、風も気持ち良かったので、自転車に乗って学校へと向かった。

 学校に到着したのは6時45分。

 いつもより、15分早い到着だ。

 さすがにこの時間なら氷室さんはいないだろう。そう思って教室に向かう。どうやら考えが甘かったらしい。氷室さんは思っていた以上に強敵だ。

 教室に入ると、私の勝ちですね、という笑みを氷室さんが俺に向けてきた。


「おはようございます!王野さん!」

「おはよう。氷室さん」

「私の勝ちですね!」

「氷室さん早くない?俺、いつもより15分早くきてるんだぞ?」

「私に勝ちたいなら、6時30分には来てください」


 そう言って、氷室さんはニヤッと笑った。


「マジかよ。いつもそんなに早く?」

「だいたい、いつもそのくらいですね。前日仕事で疲れてない限りは」

「そうなのか」


 果たして俺が氷室さんに勝つ日が来るのだろうか。

 まぁ、勝つんだけどね!  

 こうなったら、意地でも勝ってやる!朝ご飯抜いてでも勝ってやる!


「明日は負けん」

「ふふ、頑張ってください」


 氷室さんは余裕の笑みを浮かべた。

 そして、俺の方に向かってきた。


「ところで、王野さん。昨日は無理なお願いを聞いていただきありがとうございました」


 俺の席の前で立ち止まり、綺麗な仕草で頭を下げた。


「いいよ。氷室さんのことは応援してるから」

「ふふ。その期待にちゃんと答えないと行けませんね」

「土曜日の10時に駅に待ち合わせだよな?」

「はい」

「もしかして電車に乗る?」

「いえ、電車には乗らないですよ。撮影会場は近くなので」

「そっか。了解。でも、本当に俺なんかでいいのか?なんなら、氷室さんのファンのあの2人の方が・・・・・・」

「王野さんがいいんです!王野さんじゃなきゃダメなんです!」

「わ、分かったから、そんなに大きな声で言うな。恥ずかしいだろ・・・・・・」

「すみません」


 2人しかいない教室に静寂が訪れた。

 氷室さんは恥ずかしそうに俺の机に伏せている。

 思わず触りたくなるような真っ白な髪の毛が目の前に。ほんのりとフルーティーな香りも漂ってくる。

 このまま見つめていたら、思わず触ってしまいそうなので、俺はカバンから文庫本を取り出して、そっちに意識を向けた。


「王野さんって読書家ですよね」

「そうか?」


 そう言われて、本から顔を上げると今度は氷室さんの顔が目の前に。

 一点の曇りのない透き通った深紅の瞳が俺のことを見つめている。その瞳を縁取るように白くて長い睫毛。小さく均整のとれた綺麗な鼻に薄桜色の艶のある唇。

 その全てのパーツが可愛いを体現していた。

 さすが、モデルになるだけの逸材。

 そのあまりの可愛さに俺は顔を逸らした。


「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

「そうですか。ところで、何を読まれてるんですか?私、本ってあんまり読まなくて、面白いものがあれば教えてほしいです!」

「そうなのか?ちょっと意外だな」

「意外、ですか?読みたいとは思ってるんですけどね。ただ、やっぱり読む時間があまりなくて・・・・・・」

「なるほどな。高校生から働いてるんだもんな。分かった。読みやすい本を考えとくよ」

「わぁ!やったぁ!ありがとうございます!」


 チラッと横目に氷室さんの顔を見れば、その顔には綺麗な笑顔の花が咲いていた。

 本当に可愛い笑顔だな。

 つい、見惚れてしまうほどに、可愛い。

 なんだかその可愛さに見惚れるのが癪で俺は理不尽な行動に出た。


「い、痛いです!?何するんですか!?いきなり!?」

「悪い。つい、な」

「ついってなんですか!?ついって!?私何かしましたか?」

「氷室さんが悪い」

「私のせいですか!?」

「そうだ」

「ちゃんと理由教えてくださいよ!」

「嫌だ・・・・・・」

「そんな理不尽な・・・・・・」


 そう言いながら、涙目の氷室さんはおでこをさする。

 俺は自分の恥ずかしさを隠すように理不尽に氷室さんのおでこにデコピンをした。

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