6月5日(土) 15:00〜
トップモデルによる試着室ファッションショーが終わり、俺たちは雨の中、駅に向かっているところだった。
「もぅ〜。せっかくの新しい服が〜」
ノーカラージャケットに白ブラウスにネイビーフレアスカート姿の氷室さんはスカートの裾を絞って悲しそうに言った。
服屋でのトップモデルによるファッションーは俺がこの服装を選んで幕を閉じた。その上、氷室さんはその服を着て帰ると言って、その場で店員さんに値札を切ってもらっていた。
そんな氷室さんは傘を持ってきていなかったので、俺の持ってきていた小さな折りたたみ傘の中に一緒に入っている。
この曇り空だから、降るかなとは思っていたが、まさかこんなに早いとは思ってもいなかった。
「とにかく、急いで帰ろう」
「そうですね」
走ると服が汚れるので、氷室さんに歩幅を合わせながら、早歩きをする。
20分ほど雨の中を歩き、ようやく最寄駅に到着した。
「もぅ、最悪。まさか、雨降るなんて〜」
「そうだな。もう少し天気もってくれると思ってたんだけどな」
「王野さんが傘持っててくれて助かりました」
「折りたたみ傘じゃなくて、普通の傘持ってくればよかったな。わるい」
「いえいえ、王野さんが謝らないでください。私が傘持ってこなかったのがわるいんですから」
「とりあえず、集合場所まで戻ってきたはいいけど、氷室さんの家って近く?」
「歩いて20分といったところでしょうか。王野さんは?」
「俺もそのくらいだ。案外、近くに住んでるのかもな」
「かもしれませんね」
さて、どうするか。
雨は止みそうにない。そればかりか、勢いを増しているような気がする。
これは、この小さな折りたたみ傘じゃ無理そうだな。俺は手に持っていた折りたたみ傘に視線を落としてそう思った。
幸いなことに、駅の中にはコンビニがある。傘くらい売ってあるだろう。
そう思って、コンビニの方に視線をやると、同じことを考えていたのか、氷室さんも同じ方を向いていた。
「傘、買って帰るか」
「もったいないですけど、仕方ないですね」
2人でコンビニの中に入り、傘のコーナーに向かった。
「あ・・・・・・」
「マジか・・・・・・」
この雨で考えること誰もが同じらしく、傘は一本しか残っていなかった。
「どうしましょう?」
「氷室さんが買っていいよ。俺は折りたたみ傘があるから」
「え、でも・・・・・・」
氷室さんは俺の手に持っている頼りない折りたたみ傘をチラチラと見ていた。
考えていることは大体わかる。この横殴りの雨を凌ぐには、この折りたたみ傘では頼りないってことを言いたいのだろう。その気持ちは俺も同じだ。
「氷室さんの言いたいことは分かるけど、なんとかするから大丈夫だよ」
「ダメです!それじゃあ、王野さんが風邪をひいてしまいます」
「大丈夫だって」
「ダメです!」
お互いに遠慮をしていたら、サラリーマン風の男性が何食わぬ顔で残り一本の傘を手に取りレジに向かってしまった。
「あ〜あ。氷室さんが早く買わないから」
「それを言うなら王野さんだって」
「はぁ〜。仕方ない。この頼りない傘で帰りますか?」
「そう、ですね」
雨が止むまで駅の中のカフェでお茶でも、と思ったが、服が濡れたまま止むのを待つくらいなら、さっと家に帰って、お風呂に入って体を温めた方が風邪をひく確率が低くなると思った。
頼りない降りた傘をさして、2人並んで歩く。もちろん、頼りない折りたたみ傘なので横殴りの雨を防げるわけもなく、服はずぶ濡れ。
そんな状態で15分くらい歩いて、氷室さんの家に到着した。
十階建ての新しめのマンションだった。
「ここで大丈夫です」
「そうか」
「今日は、本当にありがとうございました。楽しかったです」
「あぁ、俺も楽しかったよ」
「あの、もしよかったら、また・・・・・・」
「そうだな。今度は晴れた日にでも」
「ですね」
氷室さんがクスクスと笑った。
「風邪ひかないようにしてくださいね」
「そっちもな」
「では、また学校でお会いしましょう」
「ちゃんとお風呂入れよー」
「分かってますよ」
氷室さんは小さく俺に手を振るとマンションの中へと消えていった。それを確認すると、俺も自分の家に向かって歩き出した。
やっぱり、案外近かったな。
それから、5分後、俺は自分の家に到着した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます