6月4日(金) 16:00~

 放課後。

 歩と真美は部活に行ってしまった。

 歩はサッカー部のエースストライカーで真美はサッカー部のマネージャーをしていた。

 放課後まで一緒にいるなんて、本当に仲がいいなと感心してしまう。

 中学生時代の面影はすっかりとなくなっており、すっかりと『バカップル』が板についていた。


「さて、俺は帰るか」


 帰る準備をして、席から立ちあがる。

 う~ん。さっきから凄い視線を感じるんだよな~。

 どうしたものか……。

 その視線の方に振り向くと、氷室さんが俺のことをジーっと見ていた。

 もしかして朝のこと怒ってるのだろうか?

 何か言いたそうだったし……。

 とはいえ、クラスメイトがいる前で話しかけるのはな~。絶対にめんどくさいことになるしな。それだけは避けたい。相手はあの『深紅の瞳を持つ天使』と言われているトップモデルだ。こんなクラスでは冴えない俺なんかが話しかけたら噂が立ってしまう。

 俺の中で選択肢が生まれた。


1.気づかないふりをして教室から出ていく


2.話しかけてクラスメイト達の注目を集める


 どう考えても1だな。

 俺は気づかないふりをして自転車が止めてある駐輪場に向かった。

 つけてきてるんだよなー。バレてないと思ってるんだろうか。

 俺はあたりを見渡した。よし、誰もいないな。


「氷室さん。いるんでしょ? 出てきなよ」

「バレてましたか」

「バレてましたよ。尾行はもう少し距離を離して行わないと」

「尾行、したことあるんですか?」

「な、ないよ……」

「怪しいですね。まぁ、いいです」


 危なかった。バレるところだった。

 つい、あまりにも下手すぎて口を出してしまった。

 

「で、なんで後をつけてきたの?」

「まだ、聞きたいことが聞けてませんでしたから」

「やっぱりそれか。ごめん、俺が何かしたなら謝る」


 俺は氷室さんに何かを言われる前に頭を下げた。

 だが、頭を上げて氷室さんの顔を見てみると、きょとんとした顔で俺のことを見ていた。


「え、なんで王野さんが謝るんですか? 私に何か悪いことでもしたんですか?」

「特に心当たりはないけど……」


 あるとすれば、交通手段を聞いたのが嫌だったとか、しか思いつかない……。


「なら、王野さんが謝る必要はないですよ? そもそも、私、怒ってなんかいませんし」

「え、そうなのか?」

「そうですよー」

「じゃあ、氷室さんが聞きたかったことって?」

「やっと聞くことができます! 王野さん!」

「……はい」

「LIME教えてください!」


 氷室さんはほんのりと頬を赤らめてスマホを俺の前に差し出している。


「……え、それだけ?」

「はい。王野さんのLIMEが知りたかったんです!」

 

 なんだか、拍子抜けだった。

 それくらいなら、もっと早く聞いてくれればよかったのに。

 あ、そうか。

 俺は昨日と今日の朝のことを思い出した。

 氷室さんがLIMEを聞こうとしていたのをあの『バカップル』が邪魔したのか。

 俺はなんだかおかしくなって、クスッと笑った。


「な、なんで笑うんですか!」

「いや、ごめん。いいよ。交換しようか。LIME」

「ほ、本当ですか!?」

「うん」

「やったー!」


 氷室さんは今日一の笑顔を見せた。

 まったく、誰だよ氷室さんのことを『氷姫』なんて言い出したのは。

 今、俺の目の前にいるのは、連絡先を交換できて嬉しそうにしている普通の女の子だぞ。トップモデルの『深紅の瞳を持った天使』でもクラスにいるときの『氷姫』でもなく『氷室姫香』がそこにいた。


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