18

 今日の勉強会はいつもより参加者が多い。来週に迫った試験のために、たくさんの人が教室に残って勉強していた。さすがに全員が残っているというわけではないが、さっさと帰ってしまったのはごく数人だ。

 千夏はその中のひとりだった。群れるのが嫌いなのか、彼女は一度もこの勉強会に参加していない。教室の真ん中あたりの二席が空いている。千夏と、もう一つは祐の席だ。

 祐は学校に来なくなった。

 いつからか、はっきりとは覚えていない。ある日突然学校を休んで、以来一度も姿を見せていないのだ。彼がいなくなった梅雨は明け、蝉が鳴く季節がもうすぐそこまで来ている。

 授業中も、千夏の隣の空席はやけに目立っていた。祐の不思議な存在感を埋められる人は、この教室にいなかった。

 千夏はひとりで過ごしていた。唯一付き合いのあった祐がいなくなった今、彼女は真正のひとりぼっちだった。授業中、千夏のうしろ姿を眺めていると、いたたまれなくなってくる。かわいそうで仕方ない。

 同情と優越感は紙一重だ。そっと見下ろして、優しく手を差し伸べるふりをして自分と相手の距離を測る。本当は手を引いてあげる気などなくて、届きそうで届かないことにこっそり満足している。千夏をかわいそうだと思うたび、あかりの心は満たされた。呪いのように友達のもとに縛り付けられているあかりだが、それでもひとりぼっちでいるよりは、はるかにましだった。

 のぞみと莉子と、三人でひとつのような関係になることは、とっくにあきらめていた。友達ごっこのような関係でも、あかりが自分から離れていかない限りバラバラになることはきっとない。二人はあかりを排除しない。それは、大人げなくて優しさに欠ける行いだから。

 莉子の一歩引いた気遣いも、のぞみの押し付けるような優しさも、もう何も欲しくない。これ以上何も望まなければ、いつまででも上手くやっていけるはずだ。

「あかりん、三番の二問目から解き方がわからないんだけど、教えて?」

 のぞみが振り返って、あかりの前にノートを置いた。女の子らしいきれいな字がきっちりと並んでいる。

「なになに?」

 にっこりと微笑んで、のぞみの目を見る。そうだ、これでいい。

 高校デビューをしてキラキラした世界の住人になってみたが、そこの人になってしまえば輝いて見えた世界もくすんでしまった。最初に見ていた夢は幻想で、現実は雨が降る前の空のように重くてくらい。よく見えない中で、学校というせまい社会の、さらに限られたちっぽけな自分の世界を、静かに守っていく。

 この息苦しい小さな世界をふいと抜け出してしまった祐が、少しだけ羨ましかった。

 

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