4

「…………極まってるのは理不尽の方なんだけど」

「世の中そんなものです」

「そういう事言う人がいるから世の中が尚更そうなるんだ、僕はそう思うよ」

「大人しく執行されてください」

「…………逮捕状も起訴状も無ければ裁判もしてないんだけどな」

「書類なんか要らないです、ペーパーレスの時代なんです、紙資源は大切なんです。

裁判はもう終わりました、検察どころか弁護人や傍聴人も極刑を叫んでました」

「何その欠席魔女裁判……………」

「ちなみに法律は私自身です」

「何でそれ僕に適用されんのかな………」

思えば3週間も引きこもっていたのに、問題なく、いや過剰なくらい喋れている。

自分でも意外だ。


「………正直ね、罪とか罰とか、もうどうでもいいんです」

不思議そうな顔。


「彼女達が、私に何をしたのかなんて」

理解したらしい。

だけど納得はしていないだろう。

「さっき、全て自己満足って話したでしょ?」

頷く。

「人は、キモチよくなるために生きてるの。

ただ、そのためだけに。


何かそう考えたら、空しくなっちゃって」

彼はまた、さっきの表情をした。

傷付けたんじゃないかって、私が後悔した時にしていた表情。

そこにある感情はまだ分からない。


「あー、何もかも無意味なんだな、って。

この世界にね、真理なんてない。

その真理を見つけちゃったんだ


意味もなく理由もなく、ただ、存在するだけなの。


………つまらないんだ、何もかも。

知れば知るほど、解れば、解るほど何にもなくなってくんだよ、この世界」

「そう言える程、貴女はこの世界を知り尽くしてるの?」

「多分ね」

「そっか」

問い詰める事も出来たんだろうけど、彼はしないでくれた。


「だから今私が悩んでいるのは、この世界の退屈さなんです」

「………じゃ、さっさまで楽しいふりをしていたのかい?」

「そんなことないですっ」

前のめって答えてしまう。

「ご、ごめん」

「まあ許します」

楽しいふり。

それは、私が楽しそうに彼には見えてたってことだ。

「よく、聞いて下さいね」

未だに雪は吹いている。

けれど寒くは無かった。

それどころか暑かった。

マフラーに軽く口を埋めながら、恥ずかしかったから、

「だから、遊び相手になってくれませんか?


………それが、キミへの罰です」

彼の顔をじっと見つめる。

その間、じっと見られていた。

…………うう。

そんなに見るなよ………私もだけど………


顔を背けざるを得なくなる前に、彼は言ってくれた。

「そうだな。

言ったろ、絶賛善人キャンペーン中なんだ。


…… 幾らでも裁かれてあげるよ」


マフラーの中に安堵の息が漏れる。

それと同時に、また恥ずかしさが溢れた。


「孤独は心を蝕むから。

だから、隣にいるよ」

ああ、そうか。

だからこの人はAさんを助けたんだ。

私のところに来てくれたんだ。

………ありがとう。


「ああ、でも。

今日はイブだし。

罪人よりサンタがいいな」

楽しそうな笑顔に心の中で感謝した。


「ダメです受刑者です。

キミにサンタは高尚すぎます。

寝言はムショの固いベッドで言って下さい。

でないと煙突から焼却炉に叩き込んで不法侵入で通報しますよ」

「それサンタじゃんか」


立ち上がって、身体を伸ばす。

「所で通知も見ずに外に出て、どこに行くつもりだったのさ」

そう尋ねれる。

そういえば、そもそもその目的があって家を出たんだ。

すっかり忘れていたけど。

「おもちゃ屋です」

「そりゃまたどうして?」

「プレゼント、買おうと思って」

「あ、そうか。

友達にかな?」

「えっと…………んに」

「?

だれ?」


「…………自分にです。


………何ですか、その目。


嘲り?憐れみ?

ふーん。

そう。

そっか。

そーですか。


つまりキミはこう言いたいんだね「何も言ってな」曰く、『ああ、この子には友達の1人すらいやしないのか。聖夜孤独に朽ちるのか。白雪と舞い夜闇に溶けるのか。可哀想なネロ。私が共に眠ってあげよう』」

「僕パトラッシュなの?ねえ?」

「もしくはあれか?

『最近の若者は友達もいないのか』とか言うのか?ええ?

若人舐めんなよこら。独りでたくましく生きていこうとしてるんだからなこら」

「………貴女ホントにいじめられてたのか?」

「自分でも解らなくなってきました」

「解ろうよ」

溜息。

「じゃあ一緒に行こうか」

「え?」

「おもちゃ屋でしょ?」

「う、うん」


彼も立ち上がって、雪を払う。

晒された手に息を吐きかけていた。

「行こうか」

「はい、行きましょう428番さん」

「本格的に受刑者になってきたね……」


歩き始める。

目的地までそうはかからない。


「所で、あれって結局何て歌だったのかな?」

「何で貴女が僕に聞くのかな………」

下らない会話をしながら店へ向かう。

商店街の灯りが、風に踊る雪を照らしている。

この人のことを私はまだ殆ど知らない。

でも良い人そうだ。

だからあんなことを頼んだんだ。


………私はこんなに人を信じる方だっただろうか。

うーん。

疑り深いわけでもないと思うんだけど。

よくもまあ、会ったばかりの人間にこうも心を開いているものだね。

そういえばAさん、彼女もまたこの人に助けられたらしい。

今日会えなかったのは残念だ。

マフラーのお礼をしたい。

それに話もしてみたかった。

特に、この人について。


彼がどんなヒトかはともかく、この件には善意の存在を確かに感じられる。

嬉しくて、温かい。

このところ、あまり無かった感覚だ。

この感覚にもう少し、心を寄せていたい。


そもそも干渉に浸ろうと外に出たのに、もうそんな暇は無かった。

今になって分かる。

私は寂しかったのだ。

孤独は人を蝕む。

誰かと一緒にいるだけで全て癒える訳じゃないけど……それでも。


「着いたね」

「うん、入ろっか」

店内は温かく、多少の客がいた。

個人の店にしては割と広い。

来たのは………何度目だろうか。

「何か目当てのものは?」

「とくに無いんだよね…」


見て回ると、色んなものがある。

物理媒体のボードゲームはどれほど需要があるのだろうか。

大概、端末があれば出来るわけだけど。

さて、どれにしよう。

彼は楽しそうに物色している。

あれは………プラモデルのコーナーだ。


「何か良いものでもあったの?」

「ん、いや。

貴女こそ何かあった?」

「まだだなー」

「何か趣味とかはある?」

「これといって」

「そうか。

じゃ向こう見てきてみるよ」

ゲームコーナー。

「何見てたんだろ……」

彼が見ていたと思われる箱を手に取る。

………ロボット?

何か………こう………男の人の好きそうなデザインだ。

こういうのがあの人の趣味なのだろうか。

個人的にはまあそこそこ。

もう少しヒロイックなのがいいな。

隣の箱を見る。

羽の生えた人型。

メインカラーは青と白。

色んなとこ光ってる。

とげとげしてる。

やっぱこういうのじゃなきゃ!


「ゲームは好き?」

後ろから彼が来ていた。

「やったことはないや。

おすすめはあるかな?」

「これとかどう?」

差し出されたのは、多人数用のボードゲーム。

むむ。

「これは………皮肉ですか?」

「?」

「友達いないのがそんなに可笑しいですか!?

やる気なんですか!?そうなんですか!?受けてたちますか!?」

「?

一緒にやろうよ」

んぐっ……………これはずるい。

「キミには何か、趣味とかあるんです?」

話を反らす。

「んー、無い訳じゃないけど」

「教えてくださいよ」

彼は少し考えてから更に奥の方へ歩き出した。

そこにあったものは。

「見たことあるかな?」

物理メディア交換式家庭用電子遊戯専用機器。

通称ゲーム機。

「実物見たの初めてだよ」

「ふふ、そっか」

パッドやモニタ、ソフトを用意してまでこの手のゲームをする人は少ない。

「これでゲームするのが好きなんだ」

「じゃ、これにしましょう」

「え?」

「これで遊びましょう」

「だけど」

「ソフトどれにします?」

棚に並べられたパッケージを調べる。

2人で出来るものがいい。

えーと………あ、これ。

「さっき見てたやつですよね、これ。

これにしましょう」

パッケージには、この人がさっき見ていたロボット……の隣にいたカッコいいロボットが大きく写されていた。

よく見ると、カッコよく無い方も小さめに描かれている。

どうだ、やっぱりこっちのが人気あるじゃんか。

裏を見ると対戦も出来るようだ。


「これから対戦しましょう」

「わさわざ僕に合わせる必要は…」

「だから細かいこと気にしないで下さいね」

とは言いつつ。

どうして私はこれを選んだのだろうか。

目の前の優しい青年を見つつ思う。

「あれ?でも………」

多分、それは、もっと知りたい、解りたいって思ったからだ。

久々に触れた善意にほだされた結果、やっと退屈が紛れた。

ううん。

こんな言い方してるからあんなにつまらない思いをしていたのかも。

………今は、結構楽しい。

「これ、家に帰んなきゃ出来ないよ?」

彼が首を傾げながら聞いてきた。

「まあ、そりゃ家庭用ですし」

「いや、そうだけど」

何だか困った表情だ。

どうしたんだろ。

「えーーっと………僕もう帰った方がいいかな……?」

「…………」

「い、痛いから放してくれると嬉し」

「………一緒に遊んでくれるって」

「腕を捻らな」

「……………やだ」

「いただたただだだたた!

分かった、っ、分かったから!」

「ほんとに?」

「ホントだよっ!」

しょうがないので放す。

「………何か釈明したいことはありますか」

「えっと………このゲームは家でし」

「その前に言うべきことがあると思います」

「え?前に?何を言えば「ありますよね」ああはいマジで本当に済みませんでしたっ!」


睨んだら分かってくれたようだ。

「釈明の続行を許可します」

「要するにだね………今日会った男を家に上げるのはお勧めしかねる、って事だよ」

しばし黙考。

家でないと出来ないゲーム。

二人で対戦。


……………あ。

ホントじゃん。

「分かってくれた?」

「ええはい凄く分かっておりますとも」

「で、僕はどうすればいいのかな?」

むむ。

更に黙考。


「……いいですか?よく聞いて下さい」

「よく聞こう」

「これから行くところは私の家ではありません。

刑務所です。

非常に似ているかも知れませんがそれでも私の家ではありません。

刑務所です。

刑務所なので、罪人で有るところのキミを連れ込んでも何ら問題は無いです。

という訳で行政かつ立法かつ司法機関の私は今からキミをそこへ連行します。

いーですね?」

「ん、アイアイサー」

「……一緒に遊んでくれるんだよね?」

「うん」


自分から聞いといて割とこれは恥ずかしい。

本日何度目かの赤面。


「一度捕まえたカモを逃がす訳にはいかないのです」

「…………本当の本当にいじめられてたのかな?」

「被害者がいつでも善良小市民なのは新聞の中だけですよ。


………あれ?これじゃイメージ悪いですね私」

「今更イメージ気にするのかい?」

「じゃあれです。

あまりに辛い毎日のせいで心が荒んでしまったとかにしましょう。

どうですか?

いい設定ですよね?」

「提案されても困る……」

「けっ。

おらおら、被害者様のお通りだーっ

大人しく道開けなーっ

俺のバックにゃ社会がついてんだぞーっ」

「せめて反社にしようよ」


本体、ソフト、パッド。

モニタは一応家にある。

あと必要なのあるかな?

「それと」

彼は他にも幾つかのソフトと小さな箱みたいなのを持ってきた。

「その箱は?」

「ミューパ。

付けとくと色々便利なんだ」

店員を呼ぶ。

「珍しいっすね。実機なんて」

長いこと店にあったみたいだ。

彼が店員と話してる間、断りを入れて少し離れる。

用事を済ませよう。

んー…………これがいいね。

しばらくして、荷物を二人で抱えて店を出た。。

「じゃ、帰ろっか」

「うん」

雪は更に積もっている。

さっきも歩いた道、作っていた足跡は既に消えていた。

その上を辿っていく。

「今度、Aさんにも会わせてくれませんか。

マフラーのお礼をしたくて」

「うん、本人に伝えとくよ。

でもちょっと人見知りするかもしれないけど………まあその時は許してやってね」

「人見知りなんですか」

「割とね」

学校のことや互いのこと、ゲームのこと、他愛の無いこと。

冷える首元を押さえながら、帰り道は色んな話をした。

何だか彼が友達かのような錯覚がした。

少し怖い。

彼がじゃない。

こんな直ぐにここまで踏み込ませ、踏み込もうとしている自分が。

自分から彼を求めておきながら、そう思う。

わがままだなあ。

………人は解り合えない。

その結論は既に出てる。

いつ出したか覚えてないけど。

でも、これじゃまるで、私が解り合いたいと望んでいるみたいだ。

いや、そもそもそうだ。

いつか誰かと解り合いたいとそう想っていたんだ。

だけど、会ったばかりのヒトにその欲望を抱くほど、私は軽い存在だっただろうか。


…………ま、軽くてもいっか。

何ら困んないし。

解り合おうとしなけりゃ解り合えないしね。


「考え事かい?」

「うん」

「そっか」

「聞かないんだ」

「聞いて欲しいの?」

「承認欲求を満たしてあげるのが友達って言うんだよ」

「あまりに素直だね」

「友達って所に反応して欲しいんだけどな」

「僕は罪人なんでしょ?」

「そういう言い方するんですね」

「咎人にされるくらいだから、ひねくれてても仕方無いだろ?」

「素直なのが一番です。

どんなに理屈をこねて難しい事考えても、根源にあるのは感情なんです」

「貴女はどちらかというと理屈っぽ………ううん、ごめん。

これは傲慢だな」

「だからそれです。

傲慢うんぬんとかのたまってますけど、そんなのは言い訳です。

人の心に踏み込むのが怖いか恥ずかしいか、解った気になるのが怖いか恥ずかしいかなんです。

或いは嫌われたくないかなんです。

言い訳すると面倒です。

感情論で行きましょう。

素直になりましょう。

でははい、さっきの続き」

「それを言うのは恥ずかしいな」

「だから素直に…………あれなってる?」

「素直になれと言われたから素直に隠しただけだよ」

「あーもーめんどくせーっ!訳分かんなくなってきちゃったじゃん!

この屁理屈太郎っ」

「感情論花子さん、御言葉遣いがおよろしくなくてよ?」

「…………」

「?」

「………ねえ、人に踏み込むの、怖い?」

「……」

「踏み込まれるのは嫌?」

「どう………なんだろうな」

「でも、そんなことしてたら。

いつまで経っても解り合えないから」

「解り合いたいのかい?」

「当然じゃん。

だから素直になったんだ」

「ん………」

「だからさ。

私は、キミと…」

その先は言えなかった。

素直になれたはずだったんだけどな。

まだまだだなあ、と思う。


「着いたね」

彼は聞いてくれなかった。

「うん、開けるよ」

扉を開いて招き入れる。

「お邪魔します」

真っ暗な室内に灯りを点けた。

「どの部屋行けばいい?」

「こっちきて」

自部屋に迎える。

見られて困るものは………特に無かったはずだ。

それにしても無防備極まりないけど。

「ようこそおいでくださいました。

我が根城に。

これからキミへの刑の執行をします」

「慎んで裁かれます」

「キミは未来永劫私の遊び相手です」

「裁判長、控訴します」

「棄却します」

「期間に人道的配慮が必要と感じます」

「イヤです」

「再審請求します」

「いいからゲームしましょう」

袋から箱を取り出す。

パッケージを色んな面から眺めてみた。

興奮の瞬間である。

「開かないの?」

「開けないの」

満足したので開ける。

説明書、本体、コード、付属パッド、あとはよく分からないこまもの。

セッティングは…どうすればいいんだろ……

「お願いできます?」

説明書を読み込んでいる彼に救援を求める。

「はいはーい、ただいま」

手慣れた様子で、サクサクと準備を進めてくれる。

「ねえ、ミューパって何の略なの?」

「MuPA、つまり、Multi-Purpose-Adapter」

2~3分で準備を終えた。

「はい、じゃ電源いれて?」

「もういいの?」

「オールグリーン」

何かちょっと緊張するな、これ。

スイッチに手を伸ばし指を重ねる。

「いっぱい遊ぼうね」

「ああ」

そっと押し込んだ。


画面が光を帯び、弾けるように効果音が響く。

「U selected」

いかにもそれっぽい、緑の線、フレームが黒い背景に幾つもの図形を形作る。

じわじわと彩色されて、普段私たちが過ごしているような、普通の街並みになった。

その画像が急速に縮小して代わりに外側が写る。

ヒト。

その脳内に、さっきまでの世界を表す円がある。

「オープニングデモだね」

更にその画像も遠くなり、段々と幾つものヒトが撮されていく。

その誰もが頭の中に世界を抱えていた。

何か……少し怖い。

ズームアウトを続けた神の視点が、今度は元に戻っていく。

ヒトの頭の中へ。

また私たちの街並みが撮される。

回帰。

視点が空に向いた。

妙な色合いの扉が空中にたたずんでいた。

近付いていく。


「Pray?」

浮かぶメッセージに、よく解らないままパッドのそれらしいボタンを押してしまう。


「NO. Play!」

扉が開く。

光の中へ。


そして、ゲームが始まる。


_________________________


/continue……


U select…………?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

外伝 頁-弐 @I-my

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

外伝 頁-懺

★0 SF 完結済 3話