3

1月23日午後3時28分 60


「ふー」


彼女はソファに座りながら伸びをしていた。

疲れたのだろう。

C-AlonEの連戦の後、深花はクイズやら格ゲーやらホッケーやらで勝負を挑んできた。

そのどれも、ギリギリで彼女に勝利を譲ってしまった。

これは由々しき事態であったが、そもそも最初のカロンの時点で俺は体力を使い果たしている。

あいつは比較的集中を途切れさせていないように見えたが、それもここまでのようだ。

「おーい、大神くん」

「?」

「ここ、座る」

側に立っていた俺を呼びつけ、隣に座らせる。

「ひざー」

そのまま彼女は、俺の膝の上に頭を載せた。

「まくらー」

良く見ると既に靴を脱いでいる。

他にソファに座る客もいないようなので、仕方無くそのままにしておく。

「仕方無くじゃないでしょー喜べよー」

心を読まないで欲しい。

疲労のせいか言動も崩壊気味だ。

背もたれに頭を載せ、天井を仰ぎ見る。

意識が遠のいてきた。


「~~~♪」

深花の鼻歌が、落ちかけた意識の中に響く。

どこかで聞いた事が有るような気がする。

………いつか吹奏楽部が演奏してたか。

だが、それじゃない気がする。

同じ曲ではあるのだが、もっとそれ以前に違うどこかで聞いたような……

でも、思い出せない。

だから多分きっと、気のせいだ。

少しずつ、声も小さくなってきた。

少しずつ、すこしずつ………………すこし……………ずつ…………

……………ん…………………






「寝ちゃダメ」

「………ん?」


膝の上の彼女に頬をつままれていた。

「何するんだ」

「起きろー」

「ん………ああ、悪い」

未だ意識はぼうっとしている。

時計を見ると、僅かに時間が過ぎていた。

感覚としてはもっと………長い事寝ていた様な気がするのだが。

「なあ深花、次はどうする」

「まだ帰るには早いわね」

そういえば、まだ手をつけていないのがあった。

クレーンゲームだ。

「あれにしよう」

その筐体を指差すと、

「いえ。

違うのにしましょう」

「どうして」

「運だなんて不確定要素でしか娯楽性を担保出来ていないものを、私はゲームとは呼ばないわ」


暫く考える。

「………つまり下手なんだろ」

「………まさか。

そんな訳ないじゃない」

膝から顔を上げそう反論する。

「じゃ見せてくれよ。

御鏡様の力量をね」

そう挑発すると、容易く筐体へ向かっていった。

ちょろいな。

さて、見物だ。

深花はじっくりと品定めし、軽く息を吸う。

そしてボタンを押した。


「……何で」


「……どうしてっ」


「……取れないのよっ!」


愉快愉快。

「おやおや。

これくらいなら出来ると思ったんだけどなあ…」

「………」

じっと睨んでくる。

がしかし顔が真っ赤だ、怖くもない。

「そこまで言うんだからキミはできるよねぇ………?」

「ああ、勿論だ」

深花に代わり、筐体の前に立つ。

奥の台から、手前の空白へ景品を落とす形式のものらしい。

先程まで彼女が取ろうとしていた景品の隣の箱を狙う。

ボタンを押した。

「ふふ、行き過ぎね。

これじゃ景品は掴めない」

奥行き調整。

アーム降下。

箱の角がアームに当たり、手前に倒れる。

空を挟んだアームはそのまま上昇し、定位置へ戻った。

「貴方も出来ないじゃない」

敗者が威張った顔で鼻を鳴らしている。

「いいか、深花。

これは景品を掴んでゲットするゲームじゃない」

「?

何を言ってるの?

キャッチャーって書いてあるじゃない」

筐体の上部にはFor you キャッチャーと確かに刻まれていた。

「良く見ろ。

キャッチされるのは俺達だ」

2プレイ目。

今度は、空白へと飛び出ている左側の角を押す。

アームの上昇とともに台の上に戻ってしまうものの、確実に手前に近付いていた。

「……ならこのゲームは、何だと言うの」

3プレイ目。

もう一度角を押す。

すると箱が音を立てて落ちた。

「コンティニュー前提のクソゲーさ」

「………そんなの、そんなのゲームじゃないよ」


取出口に手を突っ込む。

「1/144 BLACK Cinderella ot2 ver. 」。

下の方に、「画像は塗装済みです」とある。


「お前、プラモデルなんか作るのか」

「いえ。

まだ作ったことは無いわ。

これが1作目になる」

「何というか……」

「な、何よ?」

「いや……最高の女だと思ってな」

「?」

パッケージを眺める。

ラインナップに俺のラストホーネットは無い。

………人気無いのか、あれ。

かっこいいのに。


「このot2って何だ?」

「over the twelve。

黒姫がグラスリッパーを捨てた代わりに超高速近接戦闘能力を手にした至高の玄人向け機体ねハーフムーンウルフや弐式己破他と違って中距離程度でも闘える射撃能力を持つ代わりに粒子出力限界が高くないから長期戦は絶望的なのが弱点だけど射撃で間合いを詰める事によって生まれる接近能力は近接機体として最大のシナジー効果と言う事が出来」


「もういい、分かった」

早口だった。

「なら、帰りにニッパーと塗料準備していこうか」

「うん」


箱を彼女に渡そうとした瞬間。

手からすり抜けるように箱が床に落ちた。


「?」

どうしてだろうか。

確りと持っていた筈だったのに。

「っ……」

何か、強烈な既視感がした。

前にもこんな事を見たような、そんな気がする。

でも記憶を手繰り寄せてみても、そんな筈は無かった。

夢で見たのだろうか?

いや、不可思議な夢の数々の中にもこんな内容は無かった。

なら何なのか。

過去、起きていないのなら。


………未来?

これから、起きるのか?

自分でも何が言っているのか分からない。

だが、そんな気がしたのだ。

「悪いな、深花」

拾い直して手渡す。

だが彼女は手を出さなかった。


「どうして………」

「結局、こうなるの………?

変えられないの………」

「どうしたんだよ、おい」

深花の顔は絶望に墜ちていた。

先程と同じ顔だ。

何でその顔なんだよ。

あんなに楽しそうだったのに。

またそんな顔するんだよ。

「教えてくれ、何で泣いてんだよ」

「キミが、キミが死んじゃうからだよ。

何度も何度も変えようとしたのに!


変わらないからだよ」

また同じ理由だった。

でもそれは俺には分からない。

だから何と言って彼女を泣き止ませれば良いのか分からないのだ。


「どうして」

どうして。

「変えられないの……」

彼女はまた泣いているのか。

「分からない」

分からない。

「助けたいのに」

泣かせたくないのに。

「ねえ、」

なあ、


「教えてよ」

教えてくれよ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


12月24日午後7時45分 0


「という訳で、貴女を探してたんです」


白い息を吐きながら、彼は長めの説明を終えた。

街のベンチ。

店の明かりを前に、並んで座っていた。

真っ白になった街路樹が背中から見守っている。

出来ることなら屋根の有るところで話をしたかったけど、まあ仕方無い。

頭の上の雪を払って、先程の話を反芻する。


曰く、

「彼女達が私に危害を加えていたのを噂で知っていた」

「私が不登校になった後、違う人に対象が変わった」

「被害者、Aさん(仮名)を呼び出して話を聞いた」

「連携して証拠を残し、学校に伝えた」

「被疑者の彼女達は処分検討中」

「これの程度はAさんの意見によってある程度左右される」

「しかしAさんは『私より前に苛められていた人の方が酷い目に合っていた。処分はその人が決めるべき』と。

でこれは学校には言ってない」

「そこで私のところに来た」

らしい。


「えっと、正確にはAさんは貴女が不登校になる前から彼女達に危害を加えられていたみたいだけどね」

私が学校をサボっている間に色々あったらしい。

だが困った。

今になっては彼女達の事はどうでも良い。

当時は悩んだが、今はむしろこの日常の退屈の方が問題だ。

不登校も辛いから休んだというより、無駄を感じて面倒になった、という方が近い。

さて、どうしよう。

正直に伝えても信じてもらえるかどうか。

被害者が傷心のあまり本心を語らぬ様に見えるだろう。

やれやれ。


………思えば、私がこんな感じだからAさんが次の標的になったのだろうか。

最後の方は、彼女達のちょっかいにもあまり動じていなかった。

退屈して別の新しいおもちゃを………なんて感じで。

Aさんには申し訳無い事をしたかもしれない。


話を反らすために、質問をすることにした。

「それで?

Aさんは元気なんです?」

「うん。

今日も来てもらおうかと思ったんだけど……


『いじめられっ子をこれ以上人と関わらせないでくれ、あのブス共と教師とお前だけで精一杯なんだ』

だそうで」

「あはは、そっか」

「ホントはそのマフラーを拾って、保管してくれてたのもAさんなんだ。

口は悪いが良い奴だよ」

「世の中、割と良い人も多いんですね。

その人とか、キミとか。

意外です」

「ん、そう言ってくれると嬉しいね。

只今絶賛善人キャンペーン中なんだ」

「それって偽善じゃ……」

「気にしない気にしない」

彼はそう笑って誤魔化すと、

「でも良かったよ」

「?」

「彼女……Aさんも今では笑ってくれるようになったけど、凄く辛そうな顔をしていたから。


一応前から知り合いだったんだよ?

それなのに最初、僕に一切相談しようとしなかった。

惨めに思えたのかもね。


そんな風だから、貴女がどうかも不安だったけど。

ごめんなさい。

僕は、貴女を無視しました。

危害を加えられていると知っていたのに。

行動を始めたのはきっと、知り合いが被害にあったからです。

それがなければ、貴女に会いに来る事は無かったし、何も見なかった事にしていたと思います」


更に困った。

礼をしたいのに謝られてしまった。

「何もかも自分のせいだと思い込むと辛いよ?」

「だけど、知人は助けるのに、そうじゃないと無視だなんて、そんなの、不条理で、排他で、差別だ」

随分と自罰的な人だなあと思った。

或いは、パフォーマンスか。

私の前でこれをすることで、自己を慰めているのかもしれない。

というか自罰なんて、それ以外の理由無いか。

だけどそれは、この人が許しと癒しを求めてるってこととも言えるわけで。

客観的に考えて、この人はむしろヒーローだ。

主人公といってもいい。

友人を救い、もう1人の会った事のない被害者の事さえ憂いていたのだから。

負い目を感じることも無いだろうに。

難儀だなぁ。


「んー、それは人の本質だよ。

遠くの戦争を憂いた振りするだけで済ませるのに、目の前のいじめは本気で憂う。

それは想像力の欠如でも自己中でもなく、ごく自然な人の有り様でしょ?


それどころかキミは憂うだけじゃなくて、実際に行動して助けた。

大半の人は悲しむだけで終るし、そうしとけば何ら問題ないのに」

「それじゃただの自己満足じゃないか」

「そうなんだけどね。

とはいえ、その自己満足が人を形作ってるんだ。

そう邪険にも出来ない。

今回のキミがAさんを助けたのだって、キミの「助けたい」という自己の欲望を満たすための行動でしょ?

それも自己満足と代わりない」

そう言ってから、自らの饒舌を後悔した。

彼のような人は、傷付けたくない。

いや、傷付けるつもりは無かったんだけど。

彼は反論するでもなく、ただうつむいている。

その表情には、悲しみではなく何か別の感情が映されている様に見えた。


「とにかく、どちらも同じ自己満足で、っていうか人の行動心理は全てそこに帰結する。

けど、キミは助けて自己満足を得たいっていう本能をもって、悲しんどきゃ良いっていう自己満足至上主義な本能を否定して、Aさんを助けようとして、助けて、その上私のところに来た。


これは凄いことだよっ

ことなんだよっ

一大スペクタクルだよっ」


「………でも僕は一度、見捨てたんだ。

悲しむだけの自己満足に浸ったんだ。


………それはあまりに「だぁーーーーーーっうっせーーーー!!

ンなこと私が知るかよボケナスっ!!

男のクセにコマいこと気にシてんじゃねえぞ誉めてンだから素直に喜んどきゃイイんだよぉこのあんぽんたんったまぁついてんでしょっ!!」………あ、はい………スンマセンした……」

「解ればよろしい」

説教を終え、再びベンチに座り込む。

……通行人がまじまじと見ていたが気にしない。


悶えながら、次に何を言うべきか考える。

彼の方を見ると、呆然とした表情から、腹を抱えて笑っていた。

良かった。

先程までの彼の楽しそうな笑顔だった。

いや、それよりも楽しそうだ。

そうだ。

善人にはこの顔をしていて欲しいんだ。


「それで、えと、他にも質問があるんです」

「…ブッ、クハ、アハハ………ハハ…………はあはあ」

「いい加減笑い止んでくれないかな?

あれでも結構恥ずかしかったんですけど…」

「……いや、ごめんよ。

面白かったからさ………


それで、質問とは?」

「どうして私の居場所が解ったんです?」

「えーと、だね………


実は、先述の相談の件で貴女にメッセージを送ってたんだけど………気付かなかったかな?」

端末を取り出す。

未読一件。受信3日前。

あらら。

「それでアポイントを取ろうとしたんだけどね……


一切の連絡がなかったから、今日直接、貴女のお宅を訪ねたんだ。

そしたら、丁度家を出る貴女を見かけて。

追い掛けたら素敵な歌を歌ってた、て訳なんだ」

なるほど………

「ごめんなさい。

気付いてませんでした…


ってことはやっぱりストーカーじゃなかったんですね、良かった」

「その誤解まだ解けてなかったのか………」

大袈裟に肩をすくめて見せた。

「それで………」

が、直ぐに真面目な表情に戻ってしまった。

「どうするんです?」

「んー、何の話?」

「だから、………咎人への罰について」

むむ。

覚えてたよ。

せっかく話反らしたのに。

っていうか私が忘れてたよ!

何でお前覚えてんだよ!

「先程伝えたように、貴女が被害に遭っていた事については、まだ学校に伝えていません。

それをどうするかも、貴女の自由です」

………でも答えないと、この人はずっとこの顔のままなんだろうな。

それは何だかもやっとする。

どうしようか。

被害者としての怒りもないのに、被害者として振る舞うのは気が引ける。

特段彼女達を擁護してやろうとも思わないけど。

でも、ここで罰を与えないと、また誰かに危害を加えるのだろうか。

うーん…………全く面倒な話だよ。


「…………こほん。

では発表します」

「うん」

ベンチから立ち上がり、彼の前に立つ。


「キミを極刑に処す」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る