2

落胆だけが、世界にあった。


全て見終えた。

途端、蔓延る闇が視界を覆う。


気付いたからだ。

理由なんて無いって事に。


最初は、あの女たちが私を辱しめること。

最後に、この世界。


どれも、「そうできているから」なのだ。

そうできている理由は無い。

この世界を作った誰かが、「そうつくったから」だ。

そうつくった理由はあるのかもしれないけど、この世界の内部に限って言うなら、あらゆる事象は無意味だった。


彼女たちが私に危害を加えたのは、それが気持ち良かったからだ。

そして気持ち良くなろうとすることに、理由は無い。

何故気持ち良くなりたいのか?、という命題に答は無い。


それに気付いたのは、当然な事に泣いた後だった。

その他にも色々な事に気付いた。

科学、歴史、社会、国家、地球、宇宙、私が信じていた多くの常識は偽りであったことや、この世界は明確な創造主がいること。

そして、それらのことに、私以外の人間は気付けないこと。


正確にはいるのかもしれないけど、見たことは無かった。

多分私は特別なのだろう。

だから、特段あの人たちを愚かだとは思わなかった。


というか、どうでも良かった。

少し前に、行かなくても良いと気付いたから、学校にも行っていない。

そうして、縛られなくて良いものに縛られないようにしながら、時間を過ごすようにした。


そして世界が無意味であることに気付いた。

この世界の色んなことに、気付きはじめた時は、むしろわくわくしていたのに。

今じゃつまらないだけだった。

飽きた、という感覚に近い。


この色の無い毎日が、静止した時間が、これからもずっと続くのか。

これ以上、この世界に興味が沸かない。

存在し続ける事すら、下らなく思えた。


開かれた窓の向こう、濃紺の闇から白く冷たい風が吹く。

雪。


悪くない光景だと思う。

寒いけど、感傷に浸るのは気持ちが良い。

だからそのまま、窓を閉めずにいた。

これは、自己憐憫なんだろうか。


何もかもに興味が無くなって、挙句そんな感情を抱く。

何だか気持ち悪いけど、仕方無い。

それでしか快感を得られないから。

ただでさえ、自分を可哀想と泣くことほど、素晴らしい娯楽は無い。


それに、自分に酔いしれて泣いてるだけで、誰かを泣かせるような事はしていない。

随分マシだと思う。


………全て無意味、だなんて言ってたのに、未だに他人を尊重していた。

所詮私も常識に囚われてるのか。


端末が震える。

後で見よう。

立ち上がって、手を裏返しに組んで、背筋ごと上へ伸ばした。

「んー………」

そのまま左右に傾ける。


学校に行かなくなって3週間ほど。

外に出る理由も無く、ほとんど家にいた。

たまには外に出るべきだろうか。


時計を見る。

6時32分。


雪夜の散歩と洒落こもうか。


更に深く感傷に浸れそうだ、そんな事を考えながら外套を着込む。

端末だけポケットに突っ込んだ。


………そういえば。

今日ってイヴじゃなかったっけ?


確認する。

12月24日。


まったく、学校に行っていないと、曜日感覚が無くなる。

しかし今日も明日も特に予定はない。


………端末を取り出す。

メッセージが二件。

新しいのを開く。

……理解不能な記号の羅列が並んでいる。

何だろう、文字化けかな?スパム?

聖夜に無粋なことをするものだね。

端末をしまう。

結局予定はない。

自分にプレゼントでも買おうか。


出掛けようとした所で、マフラーが無いことに気付く。

どこやったかな?

暫く探したが、見付からない。

仕方無いや。


そのまま家を出る。

雪の風に首元が強く冷えた。


うっすらと白みを帯びた道路が、街灯の光を映して輝いている。

その上を、おもちゃ屋の方へ歩いた。

クリスマス、と聞いて一番最初に思い浮かんだのは何故かそれだったのだ。

何が有るだろうか。


思えば、近くの玩具店は歩いていくには少し遠い。

バスを使おうと思ったが、それも何だか気が引けた。

そもそも、散歩に出ているのだし。


途中、道のりには誰もいなかった。

だからつい、歌っていた。

………そんなには大きくない声で。


舞い降りる雪をたどって、空を見上げる。

星は見えない。

この天気では当たり前だろう。

願いは叶いそうも無い。

吐息が白く濁っていく。


…………えっと。

次の歌詞を忘れて、鼻歌に慌てて変える。

誰も聞いてないけど、結構恥ずかしい。

すると、後ろから笑い声が聞こえた。

………。

聞かれてんじゃん。


走る。


「あ、ちょっと待ってくださいよー」


その声に、仕方無く立ち止まる。

何だかあつい。


「すみません、つい笑っちゃって」


失礼な男は、ジャケットの下に見慣れた制服を覗かせて、こちらへ近付いてくる。

何故かその笑顔に違和感を感じた。


「……何か御用ですか」

「ん、御用です。

………あ、でもその前に」


鞄を漁っている。

「チップです。いい声だったし」


彼が差し出したのは、真っ赤なマフラー。

………私の。


「え、な、何であなたが」

「落ちてたんですよ、学校に」

「え? え?」


びっくりした。


「何で私のだって」

尋ねても、笑うだけで返事はない。


ま、まさか。


「ストーカーの方………ですか?」

「あれ? もうバレちゃったか……………」


「!!」


「………冗談だからそんなひかないで欲しいな……」

ゴメンナサイ。


「もう冬休みだからね、会えて良かった」

「ありがとうございます、拾ってくれて、届けてくれて」


誰かと話すのは久しぶりだけど、誰かにお礼を言うのはもっと久しぶりだった。


「良いんですよ、チップですから」

「聞かなかったことにしてください……」

「いやいや。

そんな勿体無いことできないよ」


むむ。

また失礼だ。

けれど、マフラーを失くして困っていたのも事実なので許すことにする。


「お名前、伺っても?」


彼は名前を答えた後、


「宜しくおねがいしますね、」


挨拶に私の名を付け足した。

会ったことは……無かったと思う。


「あれ? 名前間違ってました?」

「いえ、いつの間に個人情報が漏れたんだろって………あ、やっぱりストーカーなんじゃ」

「同じ学年なんだけどな、僕……」

「度々ゴメンナサイ」


彼がくれたマフラーを巻くと、ほのかな温もりを感じた。

何かお礼をしたい。そう思った。


「今からお時間ありますか?」

「今日はイブだからね。いくらでもあるよ」

「ご、御愁傷様です」

「有難う。貴女は?」

………。


「…………用事あります」

「そっか、じゃ失礼するね」

「あ、ちょっと待ってください、ストップ、ストーップっ!」


引き下がる腕を掴んだ。

どうにか連れ戻す。

「どうしたの?」

「えと、やっぱ暇ですっ、むしろ今暇になりました!」

「そう?

じゃ僕は急に忙しくなったからこれで」

「あ、ちょっ、待ってよっ、待ってってば………


待 て よ っ !!!!!」


「うん。いいよ」


にこにこと戻ってきた。

何か負けた気がする。


「それで、何の用かな?」

「だからですね、マフラーのお礼を……」

吐息が宙に消える。

何故こんな必死になってるんだろう。

そこまでして礼がしたいのか。


「お礼か。

そりゃ有難くもらっておこうかな。

ああ、それと。

僕も貴女に用があるんだ」

「用ですか」

「ああ。

貴女は僕を知らなかったみたいだけど、僕は貴女を知ってたんだ」


「……とりあえず、どこかに座りましょうか」


ゆっくり話をするには、ここでは寒い。

そして、話は長くなりそうだ。

頭の上の雪を落としながら歩く。


一体、彼は何の用なんだろう。

話しかけてきたのも、それなのか。

………あれ? ほんとにストーカー?

でも、つけ回される程私は可愛かっただろうか?

或いは恨みを買った?

いやいや恨まれる程男の人と関わった記憶はない。事実もない。

事実無いのだから仕方無い。

という事はやっぱり私は可愛いのでは?


………。

頭を冷やそう。

すーはーすーはー。


振り向くと、彼は黙って私に続いていた。

先程とはうってかわって静かだ。

うつむいたまま、何かを考えてるように見える。

どうかしたのかな。


しばらく眺めながら、後ろ向きに歩き続けても、気付いていない様子だ。

更にじーっと見つめ続ける。

まだ気付かない。


「考え事ですか?」


待ちきれずに尋ねる。

聞こえていないのか、返事がない。

余程悩んでいるのだろうか。

もう一度、声をかけようとする。


だが一瞬おいて、彼は顔を上げた。

そして、はっきりと。


「僕は、貴女の事情を知ってます」


そう言った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


1月23日午後1時59分 60


「この辺りだな」


一応端末の地図を開くと、すぐ近くに目当ての名が表示されている。

端末をしまい、繋がれた手の先を見ると、深花はうつむいていた。

お望み通りゲーセンに来たのだが、どうも反応が薄い。

理由は分からない。


ただ握られた手の感触だけは、強く感じられる。


「深花?」

声をかけると、曖昧な笑顔を浮かべてまたうなだれてしまう。

「行くぞ」

「うん」


上の空。

何故なのか、考えてみる。

そもそも、いつからこうだっただろうか。

彼女の家を出てから、バスを使い、電車に乗るまでの間、こんな様子は見受けられなかった。

深花が下を向いているのは、電車を降りた後………そう、改札をくぐった後あたりからだ。


とはいえ、駅を出てここまで10分位だ。

何かあったとは考えづらい。

嫌な事でも思い出した、なんて所だろうか。

思い当たる事柄は無い。

とすれば、俺が関連していない可能性が高い訳だ。


「やっぱり調子でも悪いんじゃないのか」

「何でもないよ、大丈夫」

「………教えてくれないのか」

「だから、何でもないよ」


あくまでそう言う。

……もっとしつこく聞けば、教えてくれるのだろうか。

彼女には、俺には分からない多くの事情があり、多くの知識があって、多分隠し事もある。

それを分かった上で、俺は深花と関わり続ける事を選んだ。

だが、それでも解りたいと思わざるをえないのだ。

今回も、俺には話せないのか。

或いは、話さないのか。


えも言われぬ感覚が体を駆け巡る。


「それで納得するほど俺は愚かじゃないし、聞かずにいてやれるほど聡明でもないんだ」


「………そうだよね」


それは、思考や懐疑よりも人を人たらしめている、根源的な感情だ。

かつての俺はそれに絶望し、忌避した。

醜かったからだ。

だが、今は。

それすら、受け入れられそうな気がした。


「全てを教えてくれとは言わない。

でも、今お前にそんな顔をさせているのが何かくらい」


「…………」


「なあ深花、俺は、いらないのか」

そして打ち明けた。


彼女はやっと、はっきりこちらを向く。

「どうして」

「お前が何を、何故隠しているのか。

俺は何一つ知らない。

ただ隠している事だけは分かる」

「………」

「そして今は、一人で何かを悩み続けている」

「私は…」

「何なのか聞けば、誤魔化す」

「それは……」

「それを何とも思わないと言えば嘘になる。

解りたくないと言えば嘘になる。

解りたくて仕方が無い」

「っ………」


深花は先程よりも深くうつむいていた。

辛そうだった。

握られた手は更に強くなる。

それでも止めるわけにはいかなかった。


「お前は、俺がお前に依存している、そう言ったな。

じゃあ、深花は?

御鏡深花はそうじゃないのか」


羞恥を覚えつつ、そう詰め寄る。

予想通り、彼女は酷く驚いていた。

目を見開き、口を開いて。

だが、それも一瞬だった。


「ごめんなさい」

「謝罪が欲しい訳じゃない」

「分かってる。

でも……教えたくても、教えられないんだ」

「どういう事だ」

「教えちゃったら……貴方……は、また…………またっ!


………いなくなっちゃうよ」

「何を言って」


彼女は泣いていた。

普段とは違う、ぼろぼろの顔だった。


「どうしたんだよ……」


軽く嗚咽すら漏らしながら、涙を流していた。

後悔した。

考えもなく、問い詰めてしまった事を。

まだ何も分かっていないのに、俺は自分を責める事を選んでいた。


「どうして、俺がいなくなるんだ?」

努めて優しい声で、そう聞く。

だけど深花は、辛そうに首を横に振るだけだった。

それも、言えないのだろうか。

ただこの慟哭を疑うことは出来そうにない。


「でも、それでも。

何もかも、隠したままだけど。


だけど……」


崩れた表情で、こちらを見つめてくる。


「……してないとでも、思ったの?

私が、キミに。

依存してないと」


反芻。

理解。

それは予想外の、でも望んでいた吐露だった。

眼の醒めるような快感。


「っ…」


だから、ただその唇を塞いだ。

いつも彼女がそうするように。

瞼を下ろしたままの顔を見つめた。


刹那。或いは悠久。


濡れた唇を深花から離す。

彼女は瞑った瞳をやがて開いた。


「………へんたい」

「人にあんな服着させようとした奴に言われたくないな」

「………ねえ」

「どうした」

「………ゅーするときは顔見ちゃいけないんだよ」

「ああ、そうだったな」


「だから、もっかい」


今度は、深花が俺を奪った。

唇が重なる瞬間、仕方無く視界を塞ぐ。

少なくともそれまでの間、彼女は目を開いたままだった。


暗闇の中、熱い感触だけが強く感じられる。


それが離れていき、視界を取り戻す。


深花の目がこちらを見つめていた。


「ねえ、いいの?

私はまだ何も教えてない」

「良くないな。

だが、目下最大の懸念は解決した」


言った後に、自分が安い男である事を自覚した。


「お前こそ良いのか、悩んでたろ」

「よくないよ、けどうれしいの」


そういっていつもの、いや、いつものとは少し違う笑顔を浮かべる。

やはり、俺は安い男らしい。


「行こっか」


再び、俺の手を引いて歩き出した。


赤地に青文字の看板が見えてくる。

ここには何度か来た事があった。

ゲームは嫌いじゃない。

深花がどれほど上手いのかは知らないが、本気で叩き潰そうと思う。

相手が女でも関係は無い、接待プレイなんて以ての他だ。

そんな事を考えつつ、彼女の手を更に強く握った。

店の前まで来ると、ゲーセン特有の騒音がドアの向こうから溢れていた。

「入るぞ」

自動ドアが開き、騒音の中へ進む。

「どれからやる」

「聞くまでもないわね」


彼女はすたすたとそれの前へ歩んだ。

そして両腕を広げ、大袈裟なポーズをする。

「さあ、踊りましょう?」


俺は興奮していた。

手を差し出す深花の向こうの筐体には2本の操縦桿とフットペダル、モニタには市街地とその中を飛び回る巨大ヒト型ロボット。

奏でられる美しい旋律、癒しのメロディの中、2機は殺し合っていた。

C-AlonE。


これを好む女がいるとは思わなかった。

だから既に答えは決まっていた。

「俺についてこれるならな」

深花の手を取る。


シート、いやコクピットに座り、端末を筐体にかざす。

認識音と共に、デモムービーが切り替わってパーソナルデータが表示された。

ここ数週間プレイしていなかったので、ランクが下がったらしい。

「お前、登録は済んでるのか」

「ええ」

そういって端末……ではなくカードを俺に見せた。

「電車といい、物理メディアに拘りでもあるのか」

「実体の有無は重要じゃない?

ま、結局データではあるんだけど」

深花もカードをかざす。

ランクはthe SUN。

かなり下の方だった。

機体はいつものを選ぶ。

スピードと近接格闘に全振りのチューン。

どちらかと言えば射撃を得意とするこれで、白兵戦を挑むのが浪漫だ。

彼女が駆るのはブラックシンデレラ。

計11機の遠隔立体射撃子機、グラスリッパーはパイロットによって大きく表情を変える。

双方機体選択完了。

BGMと画面が切り替わり、デモ同様の市街地が映る。


深呼吸。

機体が表示される。

「Ready for Killing?」

深花の初手を想像しつつ、操縦桿を握った。

3。

フットペダル。

2。

目を開く。

1。

息を止める。


…………「Awakening!」

直進。


「なっ…………!」


深花の虚を突く。

間合いに入ればこちらの勝ちだ。

出来る事なら、グラスリッパーの展開前に片を着けたい。

浪漫改造の結果の脆弱な装甲で長期戦は不味い。


「させないっ」


後方に飛びながら光弾を数発放ってくるが、この程度なら問題ない。

防御よりも接近を優先する。

内一発が直撃。


「……!

何で止ま」


一閃。

振り抜かれた剣は確実に偽りの姫を捉えていた。


………筈だったのに。


「はああああ!」


吹き飛んでいたのは俺の機体だった。

どういう事だ………?


宙に舞った俺のラストホーネットが体勢を整える前に、グラスリッパーの全方位射線が展開されていた。

動揺に反応が遅れる。


「行っけえええぇぇぇぇっ!」


無数の光線に、黒鉄色の装甲が爆ぜ、そして融けていく。

フィールドを張るより逃げた方が良さそうだ。

どうにかスラスタを吹かし逃げるものの、既にダメージは著しい。


シンデレラは後退しつつグラスリッパーで攻撃の手を緩めない。

地上を行く深花に、この遮蔽物の多い市街地マップで接近するのは難しい。

また、デフォルトの追尾ミサイルや長距離狙撃用光徹銃を捨てていて、射撃戦も出来ない。

結局、近付くしかないのか。

頭部に残しておいた連装光式機銃で小蝿を撃ち落としつつ、空中より接近を試みる。

足まわりなら、こちらが圧倒的だ。

3つ落とした所で、アラートが鳴る。


………来る!


「避けてよー」


ビル群の向こうより巨大な閃光。

自機が先程までいた地点を貫く。

あと少し反応が遅れていたら、敗北は決定的だった。


「っ!」

ミサイルか!


広囲照射光帯とともに放たれたらしいそれは、自機の回避先に置くように飛翔していた。

前方に計4機。

背後にはグラスリッパー。


その射撃を無視して後方へ緊急回避。

幸い一撃も当たらずに蝿を通り過ぎる。

がミサイルは弧を描いてこちらを睨んだ。

かなりの誘導性能だ。

頭部機銃は、ミサイルの爆風に確実に巻き込まれない様にするための距離を飛ばす出力が残っていない。

使い過ぎたか。

ビルの中に逃げれば、リッパーに喰われる。

右腕には対光波防御帯出力。

先程使い損ねた物だ。

残りの奴の羽音位は反らせるだろう。

シミュレーション。

…行ける!


前方に、自機へ砲口を向けるグラスリッパーと、その先にこちらへ直進するミサイル。

角度問題無し。

放たれる光。

フィールド展開。

反らした光線をミサイルにかすらせる。

1…3、4機爆破!


「よし!」

「やるわね……」


そのまま光に向かって飛び、残りのリッパーを斬り捨てる。


最高速で飛ぶ。

あと……もう少し。

ビルの陰を飛び出すと、そこにいた。

深花=ブラックシンデレラ。


「ん、来たね。

思ったより早かった」


何故か彼女はグラスリッパーを全て捨て、腰から接近戦用レイピア………オーハンドを握った。


「白兵戦は燃える漢のロマン………私はそう思う。

貴方はどうかしら?」


CGの大空の下。

長く続く道路の上。

大きなビルに挟まれて、両機共に立ち尽くしていた。


「同意見だ。

0時まで踊ってやるよ」


見ると深花の機体にも、ある程度のダメージがあった。

先程、光弾にスーパーアーマーのまま突撃したホーネットを、同じくスーパーアーマーで弾いた、という事か。


「ふふ。

愛してるわ、大神くん」


地面を蹴る。

近接戦闘なら当然こちらに分が有った。

問題は機体ダメージだ。


スラスターの光が空に軌跡を描く。

その勢いのまま剣を振るう。

が、深花はそれを軽く避け、オーハンドで鋭い突きを放って来る。

すんでの所で機体を反らす。

隙だらけの黒姫に剣を沿わせた。

スカートの様な装甲が宙に舞う。

「見えちゃうじゃんっ」

「そんな性癖は無い」

振り返って叩き込もうとした追の刃は、予想以上に早い反撃に退かざるを得なくなる。

衝撃、振動。

刺突、斬撃。

こちらの浅い振りを見破って、膝を叩き込んできた。

コクピットの揺れで回避が遅れる。

刹那、自機が頭部を神速のレイピアが貫いていた。

同時に突き出したこちらの一撃も黒姫の首を跳ねる。

互いに身を翻し、次の一撃を狙う。

浪漫の応酬。

互いが重力の中を泳ぎながら剣を交わしていた。

高度は既に7000mを越えている。


「………っ!

レイピアで切るのか!」

「刺突だけじゃ勝てないみたいだからね!」


執拗にこちらを薙いでくる深花を避け、足元に回り込む。

互いに空を地面にして切り合っていたため、その瞬間、彼女の隙と共に町並みが見えた。

「!」

剣を大きく振るう。

身を引く深花の機体を僅かに捉える。

左脚を切り裂き、2撃目で右肩の一部を葬る。

スラスタをやられ、制御が崩れた様だ。

今、この瞬間なら!

「貰った」


とどめを繰り出そうと剣を溜めた刹那、ブラックシンデレラは何とこちらへ飛び込んできた。

「なあっ!」


そのまま抱きつき、剣を握った腕を押さえ込まれる。

コクピットが大きく揺れた。


「落ちちゃえ!」

掴んだまま、体勢を翻し深花は空を蹴る様に残りのスラスタを吹かす。


………俺を下にして。


「や、やめろぉぉぉぉっ!」

「もう遅い!」

必死でもがく。

が、スラスタの破損数で言えばこちらが多い。

重力に乗り、凄まじい勢いで地へと堕ちていく。

アラートが鳴り響いていく。

モニタの空が遠ざかっていく。

そして…………


コクピットが跳ねた。


数刻の後、我を取り戻す。

「私の勝ち」

深花がそう微笑んでいた。

モニタは俺の敗けを伝えるメッセージを映している。


「………まさか、敗けるとは」

「ロマンを求めて散ったんだもの。

後悔はないでしょう?」

「お前ランク、the SUNだったよな」

「ええ」

「…………経歴詐称は立派な犯罪だぜ?」

そのレベルの奴が出来る動きじゃない。

ボディスラムなんて自由な機体制動をとっさの判断で繰り出す辺り、凄まじい柔軟性だ。


「人聞き悪いなあ。

只の2つ名よ」

深花は2枚目のカードを軽く振った。


「油断大敵パイロキネシスってね」

まんまと騙された訳だ。

「セカンドカードのランクは」

「the FOOL.

………崇めてくれても良いのよ?」

「トップランカーかよ……


………ん、今のは本気じゃなかった訳か」

「いえ、全力で潰しに掛かったわ。

ここまで手こずるとは思わなかったけどね」

「ここまで熱くなったのは初めてだ」

そういって手を差し出すと、深花はそれを取った。


「2戦目を始めましょう」

これ以上無い煌めいた瞳でそうのたまる。

「まだやんのかよ………」

「貴方が勝つまでやるわ」

そう言われては、断れなかった。


再びモニタに向かおうとすると、通りがかった男が二人、こちらへ向く。

「対戦良いっすか」

律儀な奴らだなと思っていると、クラスの奴らだった。

片方は夏に、ここのゲーセンに一緒に来た事もあった。

向こうは俺とは分からないが。

深花の方を向くと、フードを被ってうつむいている。

俺と違って彼女は気付かれる可能性があった。

嫌なのだろうか。

「いいか?」

「……ええ」

どこから出したか分からない声でそう答えた。

「じゃお願いします」

そう伝えると、笑顔で奴らはコクピットに着いた。

先程まで最高だった気分が、今は軽く苛ついていた。

この俺の名を忘れた仕返しをしてやろう。


「潰すぞ、深花」

口に人差し指を当てられる。

「ええ、もちろん」

そのまま、先程の声で答えた。


「Scramble!」

モニタが光る。


「お、おい、あの人トップランカーじゃ………」

「そんな訳………うわあ」


向こうでそんなやり取りが聞こえたがもう遅い。

あのモブ達にサンドバッグになってもらう。


「Ready for Killing?」


「二回戦はお預けだ、まずは前哨戦といこうぜ」

黒いフードが確りと頷いた。


……にしても。

好きな女と好きなゲームをする。

自身が高揚しているのがはっきりと分かった。


「Awakening!」

ベダルを踏み込む。

「行くぞ!」

「行くよ!」


戦場を舞う蜂と黒姫。

両機とも一切の傷を負わないまま、殲滅を終えた。

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