第31話 反則みたいにかわいい

「……海、ですね」

「……鳥、いますね」


 しばらく抱き合った後。

 少し冷静になってから互いに気まずくなり、横並びに座って海を眺めている。

 

 会話が続かない。

 でも、横にいるのは確かに遠坂さんで。

 いつもと変わらない彼女で、でも今までとは違う彼女で。


「……夕食、そろそろですね」

「ええ。その、予約は十七時から、とってます、ので」

「そうですか」

「……」


 盛り上がった後というのはどうしたらいいかわからない。

 顔も見れない。

 気の利いた言葉も見つからない。


 波の音を聞きながら、何かきっかけをさがしているところで今日は遠坂さんの方から、この沈黙を破ってくれる。


「ご主人様、遠坂からの勝手なご提案なのですが、無理をなさらなくてもいいのではないかと、思います」

「……無理って、それはどういう」

「い、いきなり恋人だからといって、今までと違ったことをしようとしなくとも、遠坂は今のままで充分幸せですので。ですからしばらくはこのまま。今のまま自然に過ごせばよいのではと」

「そ、そうですね。うん、俺も遠坂さんは今のままで充分です。そっちこそ無理なんてしないでください。俺はもう、一生分の幸せをもらってますから」

「はい」


 彼女の言葉で、少し気が楽になる。

 恋人になった以上、それらしいことをしないといけないのかと、変なプレッシャーがかかっていたのも事実で。

 今までのままでいいと言われたことで肩の荷が下りた。

 そして立ち上がると、彼女に手を差し伸べる。


「いきましょう。お腹空きました」

「はい、ご一緒いたします」

「ははっ、なんか変な感じですね」

「ふふっ、でもとても幸せです。このまま手を、お繋ぎしてもいいですか」

「う、うん」

「では」


 そっと俺の手をとって。 

 立ち上がってからもその手を離さずに俺の隣に立つ彼女と一緒に。


 人生で初めてできた彼女と一緒に。

 夕食に出かけることにした。



「……あの、まだですか?」

「ええと、確かこの辺りだったと思うのですが」


 しかし案の定というべきか。

 道に迷った。


 携帯で地図を見ながら先導してくれる遠坂さんについて行った結果、予約してあるという時刻を過ぎてもまだ、店には到着できていない。


「あのー、よかったら店の名前教えていただけますか?」

「え、ええ。たしかこの店なんですけど」


 見せてくれたのはお店のホームページ。

 そして書いてある住所は確かにこの辺りのものだけど……ん?


「遠坂さん、この店移転してますよ」

「え? そ、それはどちらに?」

「隣の県ですねこれ。今からじゃ間に合いませんよこれ……」


 よく見れば。

 いや、普通にわかるように大きな文字で『移転しました』と。

 書いてあった。ほんと、普通に。


「……予約、キャンセルしましょうか。お店の人には悪いですけど」

「そ、それは遠坂がします。ええ、させてください」


 慌てながら、もう涙目になってどうしようとテンパった彼女はすぐに店に電話して。


「予約していた遠坂ですが、本日は急ながらキャンセルさせていただきたく……」


 何度も頭を下げながら店の人に謝っていた。

 

「な、なんとかなりました。本当に申し訳ありませんご主人様」

「い、いいですよ別に。でも、晩御飯どうしましょうって感じですね」

「せ、責任をとって遠坂はやはり腹を」

「切らないでください。ていうか死なれたら困ります。だって遠坂さんは俺のか、か、彼女なんですから」

「……」


 言いながら赤面した。

 遠坂さんも、俺も。

 自爆だ。全く。


「と、とにかく何か考えましょう。ええと、駅前にいけば何かありますから、そこまでいきましょう」

「そ、そうですね。ええと、あの、ご主人様」

「な、なんですか遠坂さん?」

「手……繋いで行きませんか?」

「……はい。もちろんです」


 ちょっと計画とはズレたけど。

 まあ、それも予想してたことだったけど。

 

 でも、こうして彼女と手を繋いでお出かけができるようになったわけだし。

 こうして、メイドとしてではなく彼女として、隣にいてくれるわけだし。

 結果オーライにしてはあまりに幸運すぎて。


 ……やばい、嬉しすぎて鼻血でそう。



「ファミレスでもいいですかね」

「はい、ここは確か飲み物が無限に供給されるとのことで有名ですものね」

「いやまあ間違ってはないけど……」


 無限に供給される飲み物というのもなんか怖い。

 昔、水を飲まされ続ける拷問があるというのを見て、怖いなあと思った日のことを思い出してしまった。


「じゃあ、好きなものを食べましょう。何にします?」

「チーズインハンバーグというのがおすすめみたいですね。遠坂はこれにしてみようかと」

「じゃあ俺はピザにしようかな。あと、ドリンクバーもつけましょう」

「これが無限に飲み物をいただけるというシステムなのですね。堪能させていただきます」


 遠坂さんは目を輝かせる。

 どうやらこういう場所にも慣れていない様子だ。


 早速注文をしてから飲み物を取りに行くと、彼女の目が一段と光る。


「こ、これを全て永久に飲み続けてもよいというのですか?」

「いや、永久ってわけじゃないですが……まあ、飲み放題です」

「す、すごいですね。見てください、カルピスのメロン味までありますよ」

「何杯でもいいんですから好きなものから飲んでください」

「はい!」


 まるでここは天国です。

 彼女は大きな声でそう言って。

 周囲にいたお客さんに笑われた。


 ちょっと恥ずかしくて先に席に戻った俺は、それでも後から嬉しそうにジュースを片手に戻ってくる彼女の笑顔を見て、思う。


 こんなかわいい人が彼女になったんだ。

 まだ、信じられない。


 ……意識するなという方が無理だろ。

 今まで通りって彼女は言ってたけど。

 でも、そんなことが俺にできるのか?


「おまたせしました、ハンバーグとピザになります」


 ドリンクバーを堪能しているとすぐに注文の品が届く。

 それをみて遠坂さんはまた、目をキラキラと。


「すごく早いですね。遠坂なんてハンバーグを作る時は前の日から仕込みをするというのに」

「まあチェーン店のすごいところですよ。でも、おいしいですから」

「では早速……わあ、すごいトロトロ……うん、おいひいっ!」


 ハフハフと熱そうにしながら。

 やがてそれを嚥下するとにこっと。


「ここはまるで天国ですね」

「え、ええ。安いしいいでしょ、こういうところも」

「はい、とても幸せです。でも……」

「?」


 ナイフとフォークを置いて。

 口を拭きながら照れた様子を見せる彼女は、ピザを食べる俺の方をチラッと見て、


「深瀬君とこうしていられるのが、何より幸せだなあって……」


 反則だった。

 もう、頭の中を真っ白にされた。


 茫然と、ただただ可愛い目の前の生き物を見ながら、俺は固まった。

 そんな俺になんて構うことなく彼女は、「ああ、幸せ」とか言いながらハンバーグを黙々と食べ進め。


 俺はその様子を眺めながら、やはり動くことができず。

 ピザはすっかり冷めきってしまった。

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うちの天然メイド遠坂さんは、ドジで可愛い俺のセンパイ 天江龍(旧ペンネーム明石龍之介) @daikibarbara1988

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