第25話 隠し事
「おはようございますご主人様」
変わらぬいつもの朝。
遠坂さんが笑顔で出迎えてくれて、朝食を用意してくれている朝。
しかし、彼女の様子が少しおかしかった。
「ご主人様、今日はいつもより朝日がまぶしいですね」
「……もしかして、寝てません?」
「え、そ、そんなことはありませんよ!? きちんと言いつけを守ってあの後すぐに部屋に戻って、その、ええと」
なにか言い訳っぽく弁明しながら、そのあと「ふあーっ」と大きなあくび。
さらに目の下はクマで真っ黒。
寝てないな、この人。
「ダメじゃないですか。ちゃんと寝ないと今日からもたないですよ」
「だって、その、気になって……」
「気になる?」
「あの、ご主人様の言ったことが、その……」
「……」
どうやら、俺のせいのようだ。
変なことを言ってしまたせいで、彼女が気にして眠れなかったとか。
そうだとしたら、なんか申し訳ない。
「ごめんなさい、昨日のことは別に、大した意味はないですから」
「そ、そうですか。で、では朝食を済ませたら学校へまいりましょう」
「は、はい」
どことなく暗い顔の彼女は、しきりに目を擦って眠気を晴らそうと。
そのせいか目が赤い。
まるで泣いたように真っ赤に充血した両目で、チラッと俺を見る。
「あの、何か?」
「い、いえ。今日もいい天気ですね」
「そ、そうですね……」
「……」
「……」
朝から気まずい空気となった。
遠坂さんを意識しすぎるあまり会話が続かない。
彼女も眠気のせいもあってか頭が働いていない様子だし。
とりあえず学校に着いたら一息ってところかなあ。
と思った矢先、後ろから声をかけられる。
「あ、深瀬おはよう。遠坂先輩もおはよう御座います」
椎名だ。
いつもはこの時間だととっくに学校に着いて朝練してるはずなのに珍しいな。
「おはよう椎名。今日は寝坊か?」
「今日は部活休みだから。でね、週末試合なんだけど観にこない?」
「ああ、そういやお前の走るとこなんて中学以来観てないな。いいけど、上杉も誘うのか?」
「あいつはデートだって。じゃあ、土曜日の朝九時から予選だから」
そう言って、椎名は先に行ってしまう。
週末は遠坂さんとデートでも、なんて思ってたけど、友人の応援となればまあ一日くらいは仕方ないか。
「というわけで遠坂さん、土曜日は椎名の応援になりました。よかったら一緒に行きます?」
「……」
「遠坂さん?」
「あ、いえ、ぼーっとしてました。はい、ご迷惑でなければご一緒いたします」
「じゃあ、お願いします。あと、今日は寝不足なんですから体調悪かったら無理しないでくださいね」
「はい、バッチリ寝るために枕を持ってきてますから」
「授業はちゃんと受けてください……」
◇
「おい深瀬、今日こそお前ん家行っていいか?」
上杉から、教室に着くとすぐそんなことを聞かれた。
「え、いや、ええと」
「おいおい、今日もダメなのか? うちさあ、今日は親父が有給で一日家にいるからゲームできないんだよ。な、頼むよ」
「ええと、まあ、大丈夫だと思うけど」
あまり何度も家に来ることを拒む方が何かあるのかと疑われそうで、とっさにいいよと返事をしてしまう。
しかし困ったことになった。
遠坂さんになんて説明しよう……。
◇
「ええと、今日友達が家に遊びにくるんですけど」
昼休みの屋上で。
いつものように遠坂さんとお弁当を食べている時に話を切り出した。
「あら、そうなのですね。では遠坂はおもてなしの準備を」
「いやいや、それはちょっとまずいですって」
「どうしてですか? 来客の方に対応するのもメイドのつとめかと」
「それはそうなんですけど……さすがに学校の同級生に遠坂さんと一緒に暮らしてるってバレるのはどうかなって」
これは何も恥ずかしいからとか、変な誤解を生むからとかってだけじゃない。
高校生の男女が、一つ屋根の下で同棲していると知れたら、それこそ学校側から何を言われるかわかったもんじゃない。
事情があってのこととはいえ、やはり知られないままというのに越したことはないだろうと、遠坂さんには説明をした。
「……わかりました。では遠坂はその間、買い物などに行って参ります」
「すみません追い出すような形になって。でも、二時間もすれば帰ると思うのですぐに迎えに行きます」
上杉はいつも俺の家に来てゲームをやって、さっさと帰る。
だから今日もきっとその流れで終わるだろうと。
それに遠坂さんをあまり外で待たせたくはない。
上杉には悪いけど、今日ばかりはさっさと帰ってもらおう。
そんなこんなで放課後。
上杉は約束通り我が家にやってきた。
「お邪魔しまーす。相変わらず広いなあお前ん家」
「まあ、一人だと持て余す広さだな」
「あれ、お前の両親ってまた出張でいないのか?」
「え、ああ、まあそうだな。ちょっと家を空けてるんだ」
そういえば、そんな話もこいつにはしてなかったっけ。
なんかボロがでないか心配だな。
「あれ、ゲームってリビングに移動したのか?」
「あ、ああ。部屋よりテレビが大きいからな。親がいないと好き放題やれるからいいぞ」
「羨ましいなあ。じゃあ早速、なんか対戦しようぜ」
人ん家だというのに我が家のように勝手にゲームを起動する上杉を横目に、チラッと携帯を見る。
時刻は夕方の五時。
ということは七時までには帰るだろう。
遠坂さんに連絡しておくかな。
「おい、もう始まるぞ」
「あ、ああ悪い」
遠坂さん以外の誰かとこうして家でゲームをするなんて中学以来のことで。
やっぱり友人とのひと時も楽しいもんだなと、バカみたいにはしゃぎながら上杉とゲームを楽しんだ。
男同士の良さというか、下ネタや可愛い女子の話なんかで盛り上がって、時間も忘れてひたすらゲームを満喫する。
そして気が付けば時刻は七時をちょっと過ぎていた。
「あっ、もう七時だ。上杉、そろそろ」
「なんだよ、別に親いないんだからいいだろ? もうちょっとやろうぜ」
「え、ええと」
「よし、次はこいつで勝負だ。俺、結構自信あるから負けないぞ」
「……ちょっとタンマ」
一度遠坂さんに連絡を取ろう。
そう思ってリビングを出た。
携帯を鳴らす。
しかし彼女は出ない。
あれから返事もないし大丈夫かなと。
少し暗くなりかけた外を見ながら憂いていると。
玄関のチャイムが鳴った。
「……」
「おーい深瀬、お客さんだぞー」
「あ、ああわかってる」
いやーな予感がした。
でも、やっぱりその予感は正しくて。
「ただいま戻りましたご主人様」
「あ、遠坂さんおかえり……」
遠坂さんが帰宅した。
制服姿のまま、大きな買い物袋をぶら下げて戻ってきた。
「今日はスーパーが安くてとても充実したお買い物ができました。早速お食事の準備を」
「あ、待って! あの、実はまだ」
「おーい深瀬、まだかよ……って遠坂さん?」
「あー……」
見つかってしまった。
玄関先で不思議そうな顔をする遠坂さんは、驚いた様子の上杉に「こんばんは、上杉さん」と、何事もないようにご挨拶。
しかしこれはまずいことになった。
上杉が小声で「どういうことか説明しろよ」と。
ニヤニヤしながら迫ってくる。
しかしこのまま遠坂さんを追い返すわけにもいかない。
さて困った。
どうしたものか。
必死に悩んでいると、その隙に遠坂さんが家の中に。
「深瀬君」
と。
一応上杉の前だからご主人様と呼ばなかったのは幸いか。
状況を理解してくれてるようであれば誤魔化しようはあると、必死に頭を悩ませているところで彼女が、
「遠坂は先に部屋で休んでおきますのでごゆっくり」
とか。
そのままスタスタと家の奥に行ってしまう遠坂さん。
ニヤニヤが止まらない上杉。
もう、嘘なんて思いつかなかった。
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