第24話 わがまま企画
休日に主人のわがままに付き合わせる企画の第二段。
それはゲームである。
「遠坂さん、帰ったらゲームしましょう」
「ええ。でも遠坂はやったことがありませんが大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、今どき小学生でもみんなやってますから」
とまあ、油断させておいて。
俺はゲームが得意である。
特に格ゲーやパズルゲーはやり込んでるだけあって、友人には負けたことがない。
ちょっといいところを見せよう、というよりさっきのカラオケで完全にボコボコにされたので勝手に仕返ししたいという、なんとも大人気ない気持ちで彼女を誘った(まあ俺の方が後輩だし)。
帰ってすぐに部屋からリビングにゲーム機を運んでスタンバイ。
遠坂さんにコントローラーを渡すと、それを掲げて上から下から不思議そうに見ていた。
「これは、なんですか?」
「本当にやったことないんですね。ええと、この十字のボタンで方向を変えたりして、AとかBとかで落とすんです」
「こ、こうですか?」
不器用にボタンを押す姿を見て、ちょっと性格が悪いのはわかっているがニヤッとしてしまう。
これは勝てる。
遠坂さんをぎゃふんと言わせてやる。
「じゃあ、やりますよ」
「ええ、よろしくお願いします」
というわけで意気揚々とゲーム開始。
最初の三ゲームは、もう圧勝も圧勝。
素人相手に大人げないと思いながらも、いいところを見せようと必死だった。
「すごいですね。全然勝てません。ご主人様はやはり頭がいいのですね」
「いやあそれほどでも。だけど遠坂さんもうまくなってますよ?」
「私も、ご主人様のやり方を見てちょっとコツを掴みました。もう一度いいですか?」
「もちろん」
どんな些細なことでも遠坂さんに認めてもらえるのは嬉しいからと。
つい調子に乗ってしまったのがいけなかったのか。
この後、俺がゲームで遠坂さんに勝つことは、なかった。
「やった、また勝ちました」
「……成長早すぎませんか?」
「なんかコツがつかめたので。でも、ゲームって楽しいですね。まだお相手いいですか?」
「……はい」
ゲームの勝った負けたで一喜一憂するのは大人げないと、げんなりしながらもこの後しばらく遠坂さんのサンドバッグとして、ゲームの相手をさせられた。
素人の遠坂さんをボコボコにしようなんて卑しい考えをもってしまったことを心から反省しながら、やがて心を折られてゲームは終了した。
「……お疲れ様です」
「ご主人様、ゲームって楽しいですね。遠坂はまたやりたいです」
「え、ああ、そうですね……」
「あの、どうしました? どこかお具合が悪いとか」
「ええ、ちょっと心がですねえ……」
ぼそぼそと、拗ねた口調で話していると遠坂さんはそれを真に受けて「救急車呼ばないと!」なんて言い出したから拗ねるのも終了。
あやうく救急車で精神科に連れていかれるところだった。
でも、純粋な彼女を騙したような形になったのは、やっぱりいただけない。
ちゃんと謝ろう……。
「ごめんなさい遠坂さん。俺、遠坂さんに勝ちたくてゲームなんかしようって。でも、それも勝てなくて。だからちょっといじけてました」
「まあ。すみません、メイドとしてご主人様の心情を察することができなくて……遠坂は、傷つけてしまったのですね……」
「い、いえ。そんな大げさな話じゃないですよ。それに、遠坂さんが楽しそうで俺、よかったなって、思ってます」
「ご主人様……ええ、ゲームはとても楽しゅうございました。でも、それはおそらくご主人様とだから、ですよ」
「遠坂さん……うん、またやりましょう」
「はい。よろしければこれから毎日でも、お願いしたいです」
遠坂さんが。
ほんのり頬を朱く染めてニコッと笑う。
その笑顔があまりに可愛すぎて、俺は思わず目をそらし、そのまま「ちょっとすみません」と、トイレに籠ってしまった。
……もう、彼女に対する気持ちが抑えきれない。
早く彼女に好きだと、伝えたい。
でも、まだ自信がない。
もし、今告白をして仮に受け入れてくれたとして。
それは俺の力でもなんでもないとわかっている。
遠坂さんはたまたま俺のメイドさんで。
うちの親に雇われてて。
だから俺に仕えようとしているだけで。
そんな状況で俺が告白しても断りづらいに決まってる。
卑怯なやり方にしか思えない。
でも、だからといって彼女との主従関係解消は遠坂さんの仕事を奪うことにもなる。
だからといって俺が養ってなんてできるわけもないし。
……あー、どうしたらいいんだよ。
しばらく考え込むものの一向に答えは出そうになく、一度観念するようにトイレから出ると、遠坂さんが心配そうにやってくる。
「お腹の具合が悪いのですか? でしたらお薬を」
「いえ、大丈夫です。でも、今日は寝ます。楽しかったです」
「そうですか。では私は家事を済ませてから寝ますので。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
悶々とする気持ちをおさえようと、布団にもぐりこむと枕に顔をうずめた。
そしてずっと、遠坂さんのことを考えていた。
遠坂さん……好きだ。
可愛くて、優しくて、ドジで、でもいつも全力で。
そんな彼女が……
もう、どうしたらいいかわからず。
ずっと一人でじたばたしていると時刻は夜の0時を過ぎていた。
でも、今日は寝ぼけた遠坂さんがやってこない。
夢遊病が治ったのだろうか?
それとも別の場所をさまよってるのだろうか。
そう思って一度部屋を出る。
するとリビングに灯りが。
そっと向かってみると、遠坂さんが。
俺の服をアイロンがけしていた。
「遠坂さん」
「あら、ご主人様? 目が覚めたのですか?」
「ええ、まあ。ていうか明日は学校なんですから、遠坂さんも早く寝ないと」
「いえ、ご主人様の服をアイロンがけするのをすっかり忘れてまして。遠坂はドジなので、せめて時間をかけるくらいのことはさせてください」
嫌そうな顔ひとつせず、嬉しそうに語る彼女はまた止まっていた手を動かす。
丁寧に、服のしわをしっかり伸ばすようにアイロンをかける彼女に見蕩れていると、やがてその手が止まる。
「ふう。終わりました。せっかくなのでお茶でも入れましょうか?」
「いえ、俺がやります。遠坂さんは座っててください」
「そういうわけには」
「いいんですよ。俺も、たまにはやりたいんです」
毎日懸命に。
仕事とはいえ、おれなんかの為にこうして頑張ってくれる彼女の為に俺も何かをしてあげたい。
なんでもしてあげたい。
俺ができることならなんだって。
「お茶、入れましたよ」
「ありがとうございますご主人様。ああ、あったかいですね」
「今日はもう寝ましょう。明日から学校ですから」
「ええ。ではこれをいただいたら片付けて休ませていただきます」
彼女がそういってゆっくりお茶を飲んでいる間に、今度はアイロンの片付けを始めると。
また遠坂さんが慌てて片づけを手伝おうとする。
「そ、それは置いててください。遠坂の仕事ですから」
「いいんですよついでですし。せっかくだからゆっくりしててください」
「でも、遠坂は使用人の立場なので」
「……そうじゃなくても、いいんですよ」
「え?」
少しだけ。
我慢してた気持ちが溢れそうになる。
そうじゃなくてもいい。
使用人じゃなくても。
一緒にいてほしいって、気持ちが。
「……俺、、遠坂さんにずっといてほしいから。だから、その、無理はしてほしくない、から」
「ご、ご主人様……」
「え、あの、ごめんなさい。俺、寝ます。じゃあ、おやすみなさい」
「あ、はい……ごゆっくり」
でも、やっぱりはっきりとは言えなくて。
逃げるように部屋に戻ってから。
また、彼女の事を考えて。
ずっと寝れなかった。
でも、今日は不思議なことが起こった。
初めて。
彼女が寝ぼけて部屋にやってこなかった。
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