第23話 メイドさんとお出かけ
「ご主人様を疑ってしまうなどメイドとしてあってはならないことです。遠坂は反省の意味を込めて今日から三日間、ご主人様の言いなりになります」
朝。急にそんなことを、正座したまま遠坂さんが言いだした。
「別にいいですって。勘違いなんて誰にでもある話ですから」
「いえ、そうはいきません。ご主人様のことをほんの少しでも疑い、この女たらし!とか、このチャラ男め!などと思ってしまった自分をこのまま許すわけにはまいりません」
そんなこと思ってたんかい。
言わなけりゃいいのに……
「まあ、過ぎた話ですから。それに言いなりだなんて言われても俺だって何をお願いしたらいいかわかんないし」
「なんなりと。どんなことでも遠坂は受け入れる覚悟です」
大きな瞳をグッと見開いて、むしろ物欲しそうなくらいの目で俺を見てくる。
……命令されたいのか?
それに、なんでもということはつまり……本当になんでも、なのか?
「ええと、例えば俺が無茶なことを言っても言うことを聞くということでいいんですか?」
「はい。そのつもりです」
「……」
おいおい。
それなら……エッチなお願いをしても聞いてくれるってことか?
脱げ!そこに座れ!○○ろ!
あ、いかん。想像したら興奮してきた……
「ご主人様?」
「え、いや、なんでもと言われたら困ったなあって。あははは」
ダメダメ。遠坂さんは真剣に反省してるんだし、それに変態親父みたいな命令なんてしたら、嫌われるどころでは済まないだろう。
どこまで何をしてくれるのか試したくなる気持ちはあるけど、ここはグッと我慢だ。
それより、遠坂さんに普段言いにくくて、ちょっと彼女を困らせつつも迷惑にならないようなお願いを……
「そうだ。遠坂さん、カラオケでもいきません?」
「カラオケ?それがどう反省につながると」
「いいからいいから。着替えてきてください」
こうなりゃ俺のやりたいことに付き合ってもらう。
それが面倒だと思われても、それくらいは図々しくなっていいだろう。
一度遠坂さんとカラオケに行ってみたかったし、彼女をこうして誘うにはいい機会だ。
「ご主人様、着替えてまいりました」
「じゃあ行きましょう」
遠坂さんと出かけるのは初めてでもないわけだけどやっぱりドキドキする。
休日にこうして二人でカラオケに……まるで恋人同士みたいだ。
「遠坂さんはカラオケとかよく行きます?」
「いえ、行ったことはありません。でも、歌は得意なのですよ」
「へー。楽しみだなあ」
「ご主人様。これはどういう罰なのですか?」
「え、いや、まあ。主人のわがままに付き合ってもらうってのも罰なのかなって」
俺とのデートが罰だ、なんて言えばあまりに自虐的すぎるけど、そうでも思わないと彼女にとっての嫌なことというのが、エッチなお願い以外思いつかなかったのだ。
しかし彼女は、俺の隣で少し下をむいたまま何かを呟いている。
「……じゃないのに」
「え?」
「い、いえ。ご主人様とご一緒できるのは、別に遠坂にとって罰というわけでは」
「そ、それはまあ、そう言ってもらえるとうれしいけど。でも、たまには遠坂さんも自分の時間とか欲しいでしょ?」
「私は……ご主人様とご一緒の方が嬉しいです」
その屈託のない笑顔に俺は完全に目を奪われた。
「それって……ええと」
「え、いや、私ったらなにを……そ、それより早くまいりましょう」
「う、うん」
なんか気まずい空気になった。
目を合わすのも恥ずかしく、その後はひたすら下を向いてカラオケボックスまで真っすぐ歩いて行った。
店に到着すると、遠坂さんはまるで田舎から上京してきた人が初めて都会のビルを見上げるようなリアクションで、たった二階の小さなカラオケ店をほえーっと見上げていた。
「ここが、カラオケ……」
「そんなかしこまるような場所ではないですよ。行きましょう」
と。先に中に入ると高校生が数組。
受付の前にあるスロットマシーンで戯れていたがその中に上杉の姿が。
「おい、深瀬。何やってんだ……ってそういうことか」
「ち、違うぞ上杉。これはだな」
「いうないうな。うん、お前もやることやってんだな」
完全に勘違いをしている友人は、気を利かせたつもりか知らんふりをしてスロットマシーンに体を向けてしまった。
これ以上言い訳をしても不毛だなと、遠坂さんを連れて受付を済ませてから俺たちは案内された番号の部屋に入る。
「なんか暗いところですね」
「灯りは調整できますよ。明るくしましょう」
「それに大きな画面ですね。ここの人はさぞお金持ちなのですね」
「いや、カラオケってそういう場所だし」
「この小さな機械はなんですか?大きなスマホ?」
「ああ、それはデンモクと言ってですね。それで曲を選んで入れるんです」
「へー」
初めて来る場所に興味津々な様子だ。
キョロキョロとあたりを見渡す彼女にあれこれ説明をしてから、早速歌うことに。
「まず俺から歌いますよ。ええと、これにしようかな」
「その曲知ってます。最近よくスーパーで流れてます」
「あはは、流行ってますもんね。よーし」
歌声に自信がある、というほどではなかったが苦手というつもりもなかった。
それに、ちょっといつもの自分とは違う一面を彼女に見せてみたいという気持ちもあり、俺は大まじめに熱唱した。
「ふう。どうでしたか?」
「素晴らしいです!ええ、とてもかっこよかったです」
「い、いやあそれほどでも。じゃあ、遠坂さんもどうぞ」
「は、はい」
ここから彼女が歌を決めるまでに多分二十分くらい消費した。
デンモクの使い方を享受し、その文明の利器にいちいち「ほー」とか「おー」とか声をあげて感心する彼女は、それでもようやく歌いたい一曲が決まったようで。
「これ、演歌なのですがよろしいでしょうか?」
「なんでもいいですよ。ていうか演歌なんか歌うんですね」
「はい。昔近所のおばあさんが家に来てよく熱唱されておりましたので」
「……大丈夫なの、それ」
遠坂さんの田舎ってどんなとこなんだろう。
知らないおじさんといい近所のおばあさんといい、田舎なのに治安が悪いイメージしかないんだが。
「あ、入りましたよ」
「では、遠坂瞳。歌わせていただきます」
両手でがっしりとマイクを持つ遠坂さんは、体を左右にぎこちなく動かしながらリズムをとり、歌詞に合わせて歌い始める。
……うっま!
めちゃくちゃにうまい。
死ぬほど上手い。
演歌なんてあまり聞かないが、ジャンル問わずこの人の歌が上手いというのは充分に伝わってくるほどの歌唱力だ。
声量、ビブラート、しゃくり。そんなものが段違いだと、素人の俺でもよくわかる。
「ふう。緊張しました。どうでしたか?」
「いやいや、うますぎるでしょ。え、遠坂さんってプロですか?」
「まあ、そんなお世辞をいただけるなんて。遠坂はただ、歌うことが好きなだけですよ」
好きこそものの上手なれ、というがその言葉の通り。
しかしここまで上手い人とのカラオケは……歌いにくい。
「では、次はご主人様の番ですよ」
「え、いや俺はいいですよ。それより遠坂さんの歌を」
「ダメです。こういうのは交互にというのがマナーだと、さっき調べたら出てきましたもの」
「……わかりました」
かっこいいところを見せるつもりが恥をかいた。
まあ、遠坂さんはそんな風に思っていないのだろうが、結構プライドは傷ついたというか。
でも。
「楽しいですね、カラオケって。私、好きになりそう」
ニッコリ笑う彼女を見るとやっぱりきてよかったと、そう思わされるのだから俺もすっかり遠坂さんの虜だな。
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