第22話 これも嫉妬?

 あれから遠坂さんは、ちょくちょく母さんと連絡を取っているようだ。

 そして母さんから連絡がきたであろう直後に、いつも彼女の様子が変になる。


「ご主人様、あの、先にお風呂を召し上がりますか?」

「遠坂さん、色々混ざってますよ」

「あ、すみません!ええと、今日はお鍋ですので、鍋に入ります?」

「俺を具にしないでくださいよ……」


 もうテンパりすぎて言葉まで無茶苦茶だ。

 一体母さんと何を話してるんだ?


 気にはなるけど聞いてみても「他愛もない話です」と言って、携帯を隠される。

 別にのぞき見するつもりもないが、そんなに見られたらまずいことを話してるのかと勘ぐってしまうのは当然だ。


 そして。俺は遠坂さんがいない隙を狙って外に行き、人生で初めて自分の方から母さんに電話をかけた。


「もしもし母さん?」

「あらー、純也から電話なんてどうしたのー?もしかしてもうひーちゃんとヤッた?」

「下品なこと言うな。ていうかその遠坂さんのことだけどさ」

「私が何を吹き込んでるんだーって?あはは、ひみつー」

「ぐっ……」


 聞きたいことを先回りで封じられた。

 どうしてこの人は俺の考えていることが読める?


「ま、私はあんたの味方だから心配しないで。それより、今度ひーちゃんをデートにでも誘ったら?」

「デートって……まあ何回かは一緒に出かけたりしてるし」

「でも、あんたから誘ったことないでしょ?男ならちゃんとしないと、愛想尽かされるわよー」


 思い返してみれば、買い物くらいは誘った事もあるけど、休日のお出かけとかはやはり遠坂さんの方から提案されてのものばかり。


 やはり男として俺から誘うべき……って。


「いや、なんで俺が遠坂さんを好きな前提で話してんだよ」

「えー、今更?大好きなのが滲み出てるわよ」

「そ、そうなの?」

「あれで隠してるつもりならやっぱり若いわね。でも、私は応援してるからね。じゃっ」

「お、おい」


 ぷっつりと電話は切れた。


 母に文句の一つでも言うつもりが、逆に言いたいことを言われるだけの電話になってしまった。


「ご主人様、お母様からお電話ですか?」

「うわっ!遠坂さん、聞いてた?」

「いえ、先ほど来たばかりですので。デザートをおつくりしたのでいかがかなと」

「う、うんいただきます。今日は何を?」

「今日はプリンにしました。ご主人様が大変お好きなのだと、お母様より伺っております」


 俺は結構裕福な家庭に生まれた割には価値観というか金銭感覚はまともに育てられたと思っている。

 小遣いもなく、買ってほしいものがあれば手伝いや勉強を頑張れという条件が付いて回ったし、スーパーについて行っても何も買ってくれることなく、ただ買い物の手伝いだけをさせられるような子供だった。


 しかし、なぜか俺がうまそうだなと眺めていたプリンを、「たまにはいいかな」といって母さんが買ってくれたあの日のことをずっと忘れずにいる。

 だから好き、というのもなんか思い出の味にしては少々味気のないエピソードだが、まあそんな俺の好みを母さんがまだ覚えていたとはなあ。


「お母様は本当にご主人様のことをお気になされてるのですね」

「まあ、親父が結構無関心な人だったから余計かな」

「でも、いつもお電話でご主人様のことばかり話されておりますし、それに……あ、いえ、なんでもありませんプリンご用意いたします!」


 勝手に墓穴を掘ろうとして焦った彼女は慌てて家の中に。

 もう少し泳がせておけば、そのうちぽろっと母さんとの会話について彼女の方から話してくれそうだな。


 というわけで今日は遠坂さん特製プリン……ではなくコンビニの焼きプリンがテーブルに。


「買ってきたんですね」

「はい。これが一番おいしいので。私、コンビニスイーツには目がなくて」

「へー。じゃあ今度一緒に買いに行きましょう」

「ええ。それにハンバーガーも、また食べたいです」


 と話した時にタイミングよく。

 グーっと彼女のお腹が鳴る。


「し、失礼しました!」

「遠坂さん、もしかして今日何も食べてないんじゃ?お昼もそういえば忙しそうにしてたし」

「え、ええ。でも大丈夫です。夜中に一人で何か作ります」

「そんなの大変ですって。よかったら俺、何か作りますよ?」


 正直一人暮らしは今回が初めて(とはいってもメイド付き)だけど、元々両親が家を空けていることが多かったので自炊というものには心得がある。

 

 もっとも自分用にパスタや炒め物を作る程度の男料理しかできないが、まあ不味くはないだろうという自信も手伝ってついそんなことを言ってしまった。


「しかし遠坂はご主人様にお料理させたなどと知れたらまたクビの危機に」

「そんなわけないでしょ。困った時はお互い様なんです。ほら、座って座って」


 俺の座っていた席に彼女を無理やり座らせてから、俺はさっさとキッチンへ。

 

 うん、今日はまだ綺麗だな。


「じゃあゆっくりしててください」

「で、でも」

「じゃあ、主人からの指示ということで。今は座っててください」

「はい、かしこまりました」


 指示、ねえ。

 こんなエラそうなことしてると母さんに知れた日にゃ、ボコボコにされそうだ。


 でも、そうでも言わないと遠坂さんは言うこと聞いてくれそうもないし。


「ご主人様、ちなみに何をお作りになるご予定ですか?」

「簡単にクリームパスタとか。今見たら食材揃ってたので」


 なんてかっこつけたが、俺の唯一得意な料理だ。

 これで遠坂さんをギャフンと……は無理だろうけど、喜んでくれるといいなあ。


 得意なものとあって、さっさと準備を済ませて調理を始める。


 その間じっと、静かに待つ遠坂さんはずっと俺を見ている。


 笑うでもなく真剣に。


 ちょっと怖いよ……


「で、できましたよ」

  

 表情を変えない遠坂さんに、恐る恐るパスタを。


「ど、どうぞ」

「まあ、美味しそう。いただいてもよろしいですか?」

「もちろん」

「では……ん、ん?」

「え、なんか味おかしいですか?」

「……美味しい!ご主人様、私これ好きです!」


 一気に表情を緩める彼女は、無言でパスタを平らげた。


「ご馳走さまでした」

「喜んでもらえてよかったです。また、お腹空いたらお作りしますよ」

「……」

「どうしたんですか?」


 また、遠坂さんの顔が曇る。


「誰に教えてもらったのですか?」

「いや、これは俺が独学で」

「うそ」

「へ?」

「こんなの女の子に教えてもらったに決まってます。椎名さんですか?それとも他の女性ですか?」

「い、いやだから」

「それにこんな腕前があれば遠坂の料理など必要ありませんものね。はい、遠坂は今日をもって人生を引退させていただきたく」

「重い重い重い!ちょっと、話聞いて遠坂さん?遠坂さーん」


 どうして彼女が拗ねたのか。

 それはよくわからないままだった。


 結局夜食のつもりで作ったパスタのせいで夜更かしが過ぎて、遠坂さんの機嫌が治る頃には深夜になり、またお腹がすいたからと、結局彼女にパスタを作ってもらうこととなるのであった。


 ……やっぱりこの人、めんどくさい。

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