第21話 また、二人っきり
『甲斐性なしめ』
と書かれた張り紙が俺の部屋の扉に貼られていたのを発見したのは朝のこと。遠坂さんが目を覚ましてリビングに来たあと、一度部屋に戻ろうとした時。
母さんの字だ。
……もしかして昨日の遠坂さんとのこと、見てたのか?
「おはよー純也。ゆうべはお楽しみでしたねえ」
「母さん、どこまで見てたんだ」
「さーねー。でも、そんな弱気だと愛想尽かされちゃうわよー」
「う、うるさい。それより遠坂さんは?」
「朝ご飯作ってくれてるよ。父さんはまだ起きないかな?昨日相当飲んだのね」
ちなみに今日、二人が帰るのは昼食をとった後。
電車で空港まで移動してそのまま海外に帰るそうだ。
「はあ。なんか疲れたよ俺」
「でも、私のおかげでひーちゃんと一緒にいられるんだから。感謝しなさいよー」
「ち、ちが……わないけど」
「あはは、そんくらい素直になれればいいのにねあんた。母さんは応援するわよ」
「……まあ、頑張るよ」
元ヤンだから、なんてことが理由になるかはわからないが、とにかく母さんには恋愛絡みで誤魔化しがきかない。
中学の時なんかも、参観日にきただけで俺がクラスのどの子を気にしてるか一発で当ててしまったし、恋愛脳な彼女はとにかくこの手の話が大好きなのだ。
「お二人とも、お食事の支度が整いました」
「あ、遠坂さん……おはようございます」
「おはようございます。何を話されてたのですか?」
「え、いや、別に……なんでもないよ!なあ母さん」
「ニヤニヤ」
「……」
まだこの気持ちは遠坂さんには伝えない。
伝えられない。
でも、いつか必ず……
「と、とにかくお腹すいたしご飯食べましょう!」
「はい。ではお味噌汁をおつぎしますね」
三人で食卓につくと、まず母さんが遠坂さんの料理をみて目を丸くする。
「これ、ひーちゃんが?」
「はい。スクランブルエッグに味噌汁にサラダ、あとはお漬物に鮭の塩焼きと、簡単なものばかりですが」
「いやいや豪華よー。いただきます……ん、うまっ!」
「遠坂さんのご飯は本当にうまいんだよ。びっくりしたでしょ」
母さんのリアクションに思わず自分のことのように自慢げに話す俺もまた、彼女の食事を食べてその美味さに夢中になる。
「うん、うまいなあ。最高ですよ遠坂さん」
「そんな……私、もっと頑張りますね」
「いいわねえ純也、こんなご飯毎日食べられるなんて。しっかり捕まえておきなさいよー」
「ちょっ、ちょっと母さん」
「あはは」
母さんがいらんことを言ったせいで俺と遠坂さんはちょっと気まずくなってしまう。
互いに目を逸らして、その後は無言で食事をとりながら母さんの漫談をただひたすら聞いていた。
「ご馳走様。ひーちゃん、おいしかったわ」
「いえ、お粗末さまでした。私、もっと精進します」
「うんうん。じゃあそろそろあのバカを起こして出国の準備するから」
母さんはキッチンを出ていく時に、俺の肩をポンと叩いて「次までに進展なかったらぶっ飛ばす」なんて小声で言った。
何を言うんだと振り返った時にはもう母の姿はなく、代わりに奥の方から「起きろやくそ親父!」と怒号が鳴り響いていた。
「……お母様、すごい方ですね」
「あんなんだとは、今まで知りませんでしたよ。でもまあ悪い人じゃないから」
「とても素敵な方です。私、ここでもっと働かせていただきます」
なにはともあれ、遠坂さんはこの家の真の支配者である母の御眼鏡にかない、引き続き俺のメイドであることを約束された。
これでしばらくはまた彼女との楽しい同居生活が続くと思うと、恩知らずな俺は母さんたちがさっさと帰らないかななんて思っていた。
「ごしゅ……純也さん、お茶淹れますね」
「ありがとうございます。でも、今日からまた二人ですね」
「ええ。これからも遠坂のことをよろしくお願いします」
にこっと笑う彼女は、それはそれは美しかった。
そんな彼女に呆けていると、準備を終えた母さんがやってきて「見送りにきなさい」と。
大きな荷物を全部親父にもたせて身軽そうな母さんは、俺にではなく遠坂さんに「あとでラインするねー」と。
これではどっちが本当の子供かわからないくらいに彼女たちは打ち解けていた。
そんな母の姿を見ながらちょっと気まずそうに早く出て行こうとする父は、それでも小さな声で、「息子をよろしく」と言ってから玄関を出た。
「あーあ、素直じゃないねえ。ま、父さんにはうまく言っとくから気にしないで。じゃあね」
そう言って母は手を振りながら、家を出ていった。
こうして俺の両親の一時帰国、そして遠坂さんのメイド試験たるものは終わった。
「はあー、疲れた。なんか疲れたよもう」
「ふふっ、でも色々ありましたが楽しいひと時でした。お母様とも仲良くなれたので……あれ、ライン?」
「どうせ母さんからでしょ。あの人、結構電話魔だから気を付けてくださいね」
遠坂さんはポケットから携帯を取り出して、その画面を見るとみるみるうちに顔を赤くしてすぐに携帯をしまう。
「え、なにかありました?」
「なななな、なんでも!そ、そうだお茶!お茶を淹れるんでしたね!」
慌ててキッチンに走っていく遠坂さんは、何もない廊下でずてっと転んだ。
大丈夫ですかと駆け寄るも、鼻血を垂らしながら彼女は「私は待ちますから!」なんて意味のわからないことを言ってまたキッチンへ走っていった後、鼻を真っ赤にしたままお茶を淹れてくれたのだけど、片付ける時にどうしてそうなるのかというくらいにキッチン中のものをひっくり返して散らかして。
両親の帰国のために頑張って綺麗にしたキッチンは一瞬で元通りになったとさ。
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