第26話 カミングアウト
「メイドさん!?」
「お、大きい声出すなよ」
観念した俺は上杉に一部始終を説明した。
最もそれは、こいつなら彼女の不利になるようなことは口外しないだろうという信用があってのことだけど。
「でも、メイドっていっても一緒に暮らしてるってことだよな?」
「いや、まあそうなんだけど」
「まじかー、いいなー羨ましいなー。ていうか風呂とか、覗いたりしねえのか?」
「するかバカ。俺と遠坂さんは健全だ。でも、このことは誰にも言わないでくれるか? 一応、学校で問題にでもなったら彼女に申し訳ないし」
頼むと、頭を下げた。
彼女の為だからと、そう告げると上杉も「わかってるよ」と。
「まあ、遠坂さんがお前のメイドさんってのはびっくりしたけど、事情があるんなら俺は何も言わないよ」
「そうしてもらえると助かる」
「で、お前は遠坂さんのことがやっぱり好きなのか?」
「え?」
「いや、だって毎日一緒にいるんだろ? 普通好きになるだろ」
「ま、まあ……隠してもしょうがないから言うけど、俺は遠坂さんのことが好きだよ」
「へえー、詳しく聞かせろよ」
「い、いいだろもう。今日は帰れよ」
「へいへい。お邪魔しましたよー」
これ以上遠坂さんとのことをあれこれ聞かれるのは勘弁だったので、上杉には帰ってもらうことにした。
でも、明日から学校でいじられるんだろうなと思うと、やっぱり少し気が重い。
上杉を見送った後、遠坂さんの部屋のドアをノックする。
「すみません遠坂さん、上杉はもう帰りましたよ」
しかし応答がない。
寝たのかな?
「遠坂さん? 夕食食べないなら、俺だけで済ませますけど」
そう言ってリビングに戻ろうとした時、ガチャッと扉が開く。
「……」
「遠坂さん?」
部屋から出てきた彼女は、制服姿のまま。
顔が真っ赤になっている。
あまりの赤さに熱がないのか心配になるほど。
「あの、大丈夫ですか?」
「い、いえなんでも……そ、それよりご飯の支度がまだでしたね。すぐにご用意いたしますのでご主人様はお風呂にでも入られて待っててください」
「え、でも今からじゃ遅いし何か買ってきても」
「いえ! お料理はメイドたる遠坂の義務ですから、しっかりおつくりさせていただきます」
慌てた様子で彼女はそのままキッチンに走っていった。
なんだったんだろう、一体?
まあ、いっか。
お風呂に入ってこよう。
♥
盗み聞きしてしまった……。
ご主人様とご友人のお話を、聞いてしまった。
初めからそのつもりはなかったのですが。
トイレにいった後で遠坂の名前が聞こえてつい、そば耳を立ててしまって。
訊いてしまった。
「俺は遠坂さんのことが好きだよ」
……ご主人様が、私のことを好きだと。
そんな、まさかとは思いましたが。
遠坂みたいなポンコツを好いてくださってるなんて……。
嬉しい。
素直に、泣きたいくらい嬉しいのが本音。
でも、ご主人様に申し訳なくもなってしまう。
遠坂のような出来の悪い女を、きっとほっとけないとかそういう感情で好きだと思わせてるのだとすれば、やっぱり彼のご迷惑にしかならないと。
それに、私がわがままだからいつも家に真っすぐ帰ってきてくれて、ご友人や、それこそ女性の方と遊ぶ機会を奪ってしまって、選択肢をなくしてしまっていないかと。
そうであれば遠坂はメイド失格です。
ご主人様の優しさにつけ込む魔女です。
ああ、どうしましょう……。
遠坂もご主人様のことを好いていると、そうお伝えすればもしやと思ってしまう自分がどこかにいる。
でも、それはやはりメイドとして仕える身であるのに、分不相応かと。
ご主人様のお母様も好意的に遠坂のことを受け入れてくださってはいますが。
いざご子息に手を出したとなればそれは話が違うでしょうし。
……ご主人様、遠坂はどうすれば。
♠
「あがりました……あれ、遠坂さん?」
リビングで。
メイド姿に着替えた彼女がジッと固まっていた。
遠い目をして、何かをブツブツと。
どうしたんだろう一体。
「遠坂さん?」
「あっ、ご主人様早かったですね。すみません今からお食事の準備を……あれ、ご飯のスイッチが入ってない……」
またやってしまったと、遠坂さんが頭を抱える。
「いいですよ。それじゃあせっかくだしハンバーガーでも買いに行きます?」
「え、でも」
「夕食が遅くなったのは俺のせいだから。行きましょう、遠坂さん」
「は、はい……」
また顔を赤くする彼女は、慌てて部屋にもどって私服に着替えて出てくる。
そして気まずそうに俺の後をついてくる。
食事の準備ができてなかったことを気にしてるのだろうか。
「さて、何食べます? すき焼き味なんてのもあるんですよ」
「す、すきっ!?」
「え? すき焼き嫌いでしたっけ?」
「い、いえ。好きです……あ、あの、これはすき焼きが好きということで、あ、え?」
「……」
まあ、いつも挙動がおかしかったりする彼女だけど、今日はさすがに変過ぎる。
慌て方が尋常じゃないし、ずっと顔が赤いままだ。
やっぱり体調が悪いのかな?
「遠坂さん、何か無理してませんか?」
「え? いえ、私は、別に」
「ならいいんですけど。何かあれば言ってくださいね。それこそ遠坂さんにが倒れでもしたら、俺も辛いですから」
「……ええ、わかってます」
結局、この日は会話もあまりなく。
彼女の大好きなハンバーガーを目の前にしても、遠坂さんはあまりはしゃぐこともなく。
家に戻って食事を終えると、それぞれ部屋に戻っていった。
◇
「おはよう深瀬」
朝の教室で。
今日は椎名が声をかけてくる。
「おはよう。どうしたんだよ」
「あのさ、週末の試合なんだけど、これそう?」
「ああ、行くよ。それに応援も多い方がいいかなって遠坂さんも誘ってみたんだけど」
「……そう」
覇気がない返事をする椎名は、少し考え込む。
「……あの、その日は一人で来れない?」
「え? まあ、いいけどどうしてだよ」
「あんまり知らない先輩に走ってるとこ見られるのも恥ずかしいし。それに、試合が終わったらちょっと付き合ってほしくってさ」
「ああ、そういうことか。わかった、遠坂さんには俺から断っておくよ」
「うん。じゃあ、絶対来てよね」
そう言って席に戻る椎名も、昨日の遠坂さんのように顔が赤かった。
最近風邪でも流行ってんのかな?
まあ春だけど最近寒い日があったし、そんなとこか。
◇
「というわけで、土曜日は俺一人で行ってきます」
昼休み。
遠坂さんに事情を話す。
最近、家に帰ってくるなとか一緒にくるなとか、そんなのばっかりで少し気が引けたけど、彼女は「わかりました」とだけ。
でも、やっぱり少し寂しそうだった。
「では、その日はご夕食も彼女と一緒に?」
「いや、なんか付き合ってほしいとこがあるみたいですけど、飯は家で食べようかなって。外食ばっかだとお金使うしあいつも試合後で疲れてるだろうから」
それに本音を言えば、早く帰って遠坂さんの料理を食べたいと。
そう言おうか迷っていた時に彼女が、
「遠坂に遠慮はいりませんから、椎名さんとお食事されてもいいのですよ?」
そう言って、持ってきていたパンをかじる。
「遠慮なんてそんな……俺はただ」
「いえ、遠坂のことを心配していただいていつも早めにご帰宅いただいていることは嬉しいのですが、やはりご主人様もご友人との時間は大切にされた方がよろしいかと。それに、高校生なのですからデートとかも、必要ですものね」
そう言って、遠坂さんは笑う。
その笑顔を見て、胸が苦しくなる。
俺が好きなのは遠坂さんで。
だから何よりも遠坂さんとの時間を大切にしたいんだって。
それもまた、言おうかどうしようか迷っていたところで彼女はそっと立ち上がり、先に屋上の出入り口に向かいながら、言う。
「ご主人様の大切な青春を、遠坂のようなものの為に無駄遣いさせるわけにはいきませんもの」
その時の彼女の表情は見えなかった。
でも、声が少し震えていたように感じる。
慌てて立ち上がり、彼女を追おうとしたが足早に彼女は姿を消した。
どうして彼女がそんなことを言ったのか。
一人屋上に残された俺は、その意味をじっと考えたけど。
やっぱりその意味はわからなかった。
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