第18話 父親
予告通り昼食は遠坂さんが調達してくれたハンバーガー。
昼休みに校庭を猛ダッシュする美女の姿を多くの生徒が目撃したというが、それもこれも彼女のバーガー愛によってのこと。
「はいご主人様、あーん」
「やめてくださいよ。ここ学校ですよ」
「あ、つい……どうしてもこのバーガーの幸せに浸ると我を忘れてしまいまして」
一体このパンの中には何が入ってるんだよ。
まあそれくらいファーストフードには中毒性があるという話か。
昼休みに屋上で二人っきりで食事をするのも定番となった。
もちろん二人でいる方が気兼ねなく彼女と話ができるというものだが、それ以上にクラスの連中からいじられるのを避ける目的が大きい。
遠坂さんは同級生の間では天然キャラで認識されているようだが、下級生からはやはり憧れという面が大きい。
美人で気立てが良く、明るくてそれでいてどこか幼い雰囲気も残す彼女の虜になる人間が後を絶たないのは当然のこと。
まあ、俺もその一人だけど。
「遠坂さん、あれから高峰さんとはどうなんですか?」
「そうですね、彼女も少し遠慮してか会話は以前より減りました。でも、目が合うたびに『すみません』と丁寧に何度も頭を下げてくださるので、彼女も実はとても品のあるお方なのだと見直しているところです」
「それってただ……いえ、なんでも」
それはただ遠坂さんに怯えてるだけのような気がするのだが、本人がそう捉えていないのだったら余計なことは言うまい。
「そういえば先ほどご主人様のお父様からご連絡がありまして、先ほどおうちに到着されたそうですよ」
「あ、そういえば帰ってくるんだったな。あーあ、なんかやだなあ」
「嫌?せっかくご両親が帰ってこられるのにですか?」
別に心底両親と会いたくないなんて気持ちはこれっぽっちもなく、ただただ遠坂さんとの二人の空間が邪魔されることを嫌っての発言だったのだけど、軽く呟いたこの言葉を少し反省する。
遠坂さんには家族がいないのだ。
だから俺にとっては当たり前で、なんの変哲もないことでも彼女にとってはそうではない。
あるべきものが当たり前にそこにありすぎて、俺は感覚が鈍っているのだろう。
こんな贅沢をいっていたのではバチが当たるし、何より遠坂さんに申し訳ない。
「すみません、別に本気で嫌ってわけではないんですが」
「私には家族がおりませんので、羨ましい限りです。でも、今日は家族水入らずの時間を邪魔せぬよう、しっかりメイドとしての責務を果たす所存です」
「そんなかしこまらなくてもいいですよ。遠坂さんだってもう家族みたいなものじゃないですか」
「え……」
「ん?どうしました?」
「い、いえ……わ、私ちょっとお手洗いに失礼します!」
急に立ち上がり走っていく遠坂さんの今の顔、なんか赤かったな。
熱でもあるのか?無理してなければいいけど。
◇
結局あの後、遠坂さんは屋上に戻ってこず。
昼休み終了ぎりぎりまで待ったが彼女は姿を見せず、残されたゴミを片付けて一人寂しく階段を降りていると、俺の携帯にラインが入った。
『今日は真っすぐ帰ってきなさい。話がある。 父より』
一体なんだよと、うんざりしたすぐ後で血の気が引く。
もしかして……遠坂さんのことで何か?
俺は焦った。
もしかしたら潔癖な親父が何か至らない部分を発見したのではないかと思うと、正直授業どころではなかった。
しかし思い出してみても、そんな点は見当たらない。
浴室の落書きは消したし、ベランダの修繕は執念ともいえる頑張りで完璧に仕上げたはず。
キッチンのゴミも全て処分したし、部屋も綺麗にしてある。
……やはり考えすぎか。
まあ、もしかしたら親父たちも早く俺と話がしたくて帰ってこいと催促してるだけなのかもしれないし。
この日は授業を終えると、上杉たちの誘いを断りさっさと帰路に就く。
すると正門のところで遠坂さんが待っててくれていたのだけど。
……なんか妙にもじもじしている。
「遠坂さん?」
「あ、ご主人様ごきげんうるわしゅしゅしゅ」
「なんか顔赤いですよ?体調悪いんですか?」
「い、いえ遠坂はこの通り元気全快です!な、何もありませんよ」
こういう時は必ず何かある。
それは見るまでもないのだけど、ただその原因が今日ばかりは何なのかさっぱりわからない。
「とりあえず帰りましょう。親父たちが待ってますから」
「ふうー、なんか緊張いたします。遠坂はちゃんとやれますでしょうか」
「そんな大げさな。結婚の挨拶にでも行くみたいですよ」
「け、けこここ、結婚!?」
「たとえ話ですよ。それより、今日はメイド姿じゃなくて私服でお願いしますね。あとご主人様じゃなくて名前で呼んでください」
「呼び名はわかりますが、服装はどうしてですか?」
「……まあ、色々と」
遠坂さんは未だに気づいていない様子だが、あのメイド服が完全な俺の趣味だということはもうしばらく伏せておこう。
それに、遠坂さんにそんなことをさせているのが親父にバレたら……うん、なんとか今日一日だけでも乗り切らねば。
「ただいまー」
遠坂さんと一緒に家に帰ると、玄関には綺麗にそろえられた革靴が。
そしてすぐに奥から人影が見える。
「おかえり純也。ああ、遠坂君もお疲れ様」
「ご、ご無沙汰しております!あの、わ、私早速夕食の支度を」
「ああ、その必要はない。今日は寿司の出前にした。だからゆっくりしていたまえ」
親の仕事がどんな風なのかなんてあまり関心をもったことはないが、実際何不自由ない暮らしをさせてもらっているし周りの友人たちよりは幾分か裕福な生活をできている自覚もあるので、まあ父親が仕事のできる人なのだということくらいはうっすらと理解している。
そんな彼は気も利く。今日は遠坂さんの監査だなんて聞いてたから晩飯の味見とかもされるのではと勝手に身構えていたのに、どうやら彼女を気遣ってか出前にしたそう。
そういうところができる大人のやり方かと、感心している矢先に父が言う。
「純也、母さんが帰ってくるまでに話がしたい。リビングへ来なさい」
その顔はいつもと変わらず淡々としたもの。
俺も言われるがまま、着替えてリビングに向かう。
遠坂さんはその間やることがないからと、洗濯物を取り込みに二階へ。
彼女が上がっていくのを見届けた後、親父はソファに座ってまず俺を見る。
「純也、彼女は使用人として仕事をこなせているか?」
早速の質問だ。
なるほど、まずは本人に確かめる前に実際に世話になっている俺の評価を知りたいということか。
ならば。
「完璧だよ。気も利くし料理もうまいしそれでいて甘やかしてもこないし、あれ以上の人はいない」
あまり絶賛しすぎるとわざとらしくなるかもと躊躇したが、親父には微塵も隙を見せたくないので彼女の有能ぶりをこれでもかとアピールした。
すると。
「そうか。しかしさっき洗濯物を確認したが柔軟剤がちゃんと使われていなかったぞ。それにだ、トイレも掃除しているようで細かなところが汚れている。あとキッチンの換気扇も随分汚れていたが」
お前は意地の悪い姑か、と言いたくなるくらいに細かい。
母曰く「お父さんは女にはモテないタイプよねー」だそうだが、この歳になってようやくその発言の意味が理解できた。
うん、この人めっちゃめんどくさい。
「父さん、そこまで彼女に求めるのは失礼だ。あの人だって学生しながら家事をこなしてくれてるんだし、十分すぎるくらいだよ」
「しかし学生ということを理由に仕事がおろそかになるのであれば、学生でない人間を雇った方がいいという話にはならないか?」
「い、いや別に専任の人ならだれでも仕事ができるというわけでは」
「しかし彼女が一番優れているとは言い難い。私は見たぞ、ゴミ箱に捨ててあったファーストフードのゴミを。あんなものを買ってきて楽しているようでは使用人失格だ」
そういえば親父は大のジャンクフード嫌い。
母はむしろ好きなくらいだが、親父は手作りのもの以外は受け付けないのだ。
「い、いやあれは俺が食べたくなってたまたま」
「雇い主が腹を空かせるような食事管理とはな。底が知れる」
ダメだ、親父はさすがエリートサラリーマンとあって口も達者だ。
俺如きが反論してもすぐに潰される。
この流れはまずい。このままでは遠坂さんがクビにされる。
俺が焦って言葉を失っているところに、洗濯を取り込んだ遠坂さんが戻ってきて俺たちにお茶を淹れてくれた。
「すみません、遅くなりました」
「ふむ。しかし私は猫舌でね、熱いのは苦手なんだ」
「し、失礼しました!すぐ入れ直してまいります」
もう嫌がらせのレベルが完全に小姑だ。
してやったりの様子の親父をみながら俺は、はっきり言ってドン引きだった。
慌ててお茶を淹れ直す遠坂さん。
嫌がらせをして満足げな親父。
その二人を視界に入れながら俺は、絶対に彼女を守ると決意する。
ただ、この親父の理論武装をどう崩すか。
それに頭を悩ませていると、玄関が開く音がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます