第17話 ハンバーガーのお味
「……終わったー!」
ようやく掃除に目途がついたのは夜の十時を回った頃。
「ご主人様、ありがとうございます! この御恩は一生忘れません」
「大袈裟だなあ。でも、お腹空きましたね」
朝から半日以上、ずっと掃除をしていたこともあって何も飲まず食わずだったのでさすがに腹が減った。
「では、今から遠坂が何か料理を」
「いや、今日はキッチンも綺麗なままにしておきたいので。極力家の中のものは触らないでください」
「しゅん……」
ちょっと厳しい言い方だったが、まあここまでの努力を一瞬でパーにする力を遠坂さんは持っている。
だから今だけは強めに彼女に念を押す。
何も触らないで、と。
「今日は何か買ってきましょう。そうだ、ハンバーガーとか食べたくなりません?」
「いいですね、ではすぐに準備いたします」
まあ、彼女に料理禁止といった理由の大半はキッチンを汚してほしくないということだが、少しだけ俺のわがままも入っていた。
つまり、夜に彼女と買い食いデートをしたかったのだ。
明日は両親が帰ってくるし遠坂さんとゆっくりくつろげないだろうから、今日のうちに彼女との時間を堪能しておこうという魂胆だ。
「じゃあ、いきましょう」
二人でラフな格好に着替えて向かった先は近所のハンバーガーショップ。
高校生がこんな時間に、しかも男女で連れ立って出歩くというのはちょっと悪いことをしている気にもなるが、それ以上に俺は遠坂さんという美女をつれての行動によくわからない優越感を抱いていた。
「さて、何にします?」
「私は……てりやきバーガーというのがおいしそうですね」
「あ、俺もそれがいいです。じゃあ二つと、あとポテトもください」
大手チェーンのすごいところは、頼んだらあっという間に注文の品が出来上がるところ。
一体どういう仕組みなんだと以前から不思議におもっていたのだけど、遠坂さんはちょっと違う疑問を抱いているようだ。
「お待たせしました、てりやきバーガー二つとポテトです」
「すみません、ちゃんと焼けてますか?」
「え?」
「こんなに早く肉が焼けるわけがありません。もしかして作り置きしてるものをご主人様に食べさせようというわけですか?」
「え、ごしゅ、え?」
「遠坂さん遠坂さん、大丈夫ですから。すみません、お金置いておきますので」
すごい剣幕で店員に食って掛かる彼女を慌てて店から連れ出した。
「遠坂さん、何してるんですか」
「すみませんつい取り乱してしまいまして……しかしこの店、あまりに料理ができるまでの速度が」
「ファーストフードってそういうものなんです。だからほら、ちゃんと焼けてるし美味しいですよ」
包みをとってハンバーガーを見せると、さっきまでものすごい顔をしていた彼女がみるみるうちに笑顔に。
「まあ美味しそう。いい匂い……」
「帰ってからと思いましたが、もう食べながら帰りましょう。はい、ポテトもあるんで」
「それは私がもちますね。ではいただきます……ん?」
「どうしました?口に合わなかったですか?」
「いえ、これ……めっちゃうまいやん!」
「え?」
いやなんで関西弁?とツッコむ前に彼女はむしゃむしゃとハンバーガーを食べきり、口にソースをつけたまま俺の方をキラキラした目で見てくる。
「ご主人様、最高です!今まで食べたものの中で一番です!」
「そ、それは言い過ぎだと思うけどなあ……でも、よかった」
「よかった?」
「いや、その……遠坂さんが嬉しそうだと、俺も嬉しいというか。ええと、まあ、とにかく喜んでもらえてよかったなって」
「ご主人様……」
「遠坂さん……」
夜道で二人見つめ合う。
そして少し距離を詰める。
これってもしかして……あるやつ?
このまま遠坂さんと、キスとかしちゃう流れ?
急にドキドキする展開に戸惑いながらも、俺は必死に平然を装った。
そして遠坂さんがそっと目を閉じた時。
……
彼女がポテトを全部ひっくり返した。
「あー!」
「あ、すみません!ど、どうしましょ」
道端にバサバサと転がるポテトを拾おうと慌てていると、やがて野良猫が数匹やってきて遠坂さんと必死にポテトの取り合いをした末に、猫がそれをぶんどっていった。
「……猫の餌になっちゃいましたね」
「ああ、ポテト……食べてみたかったです」
「あはは、仕方ないですよ。それじゃあもう一度買いに行きます?」
「い、いいのですか? 遠坂の失態だというのに」
「全然。俺は気にしませんよ」
「ご主人様……」
結局もう一度ポテトを買いに店まで戻った。
そして今度は二人でポテトを食べながら、楽しくお喋りをして帰宅。
実に楽しい夜だった。
◇
昨日の夜が楽しすぎて、夢みたいな時間で布団に入ってからも終始にやけていた俺は、遠坂さんの妨害云々以前の問題で全く寝つけず。
結局明るくなるまで寝れなかったせいで、朝がとても辛い。
「おはようございますご主人様。学校から戻る頃にはご両親がご帰宅されてますね」
「そうだった。でも、昨日あれだけ頑張ったし大丈夫でしょ」
「はい、言いつけを守って私、キッチンには触れておりませんので」
それはいい心がけだ、と思ったが、じゃあ朝食はどうなるんだ?とも。
「朝、何か買っていきます?」
「いえ、ご心配なく。私、朝ご飯も買って参りましたので」
「そうなんですか?すみません」
「はいどうぞ。ハンバーガーポテトLセットです」
「……」
朝マッ○なんてものもあるので一概に朝食にバーガーというものを否定はしないが、しかしこれはがっつり夜に食べるような通常メニューだ。
昨日からこうなるのではと思っているとこほもあったが、まさかそのまんま的中するとは……
「遠坂さん、これ……」
「今日はチーズバーガーにしてみました。いかがですか?」
「い、いただきます」
味は安心安全安定のクオリティだ。もちろんうまい。
しかし寝起きにこの油ッ気はなかなかなものがある。
そんな俺とは対照的に、向かいの席で実に幸せそうにそれを頬張りながら、「ごしゅじんしゃま、とーしゃかはしあわせでしゅ」と話す彼女を見て、俺も残すわけにはいかないと思い、一気に口の中に放り込んだ。
そして。
「うぷっ」
胃もたれだ。
今日の昼食は控えめにしようと、そう思っていたのだが。
「ご主人様、お昼は遠坂がハンバーガーを買って参りますのでお楽しみに」
その一言に、つい「もういいですから」と怒りそうになったが、彼女が茶目っ気たっぷりに「えへっ」と笑ったので俺はそれに見蕩れて反論をどこかに落っことしてしまった。
まあ、いいか。遠坂さんが楽しそうだし。
そんな風に彼女を甘やかすとろくなことがないのは知ってるけど、たまには好きな人を甘やかしてみたい。
そんなことを考えながら、親父たちの帰還なんてすっかり忘れたまま、二人で学校に向かった。
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