第16話 二人でお掃除
久々の休暇があったおかげかどうかはわからないが、水族館に行った日から遠坂さんの元気ハツラツさは以前よりも増したような気がする。
それはいいことなんだけど、彼女のミスもまた、以前より輪をかけてひどくなっているような、そんな気もするから困ったものだ。
「ご主人様、今日のソースは遠坂特製です」
「へえ、いただきます……甘くないですかこれ?」
「あっ、砂糖と塩を間違えました!」
嘘だよねと言いたくなるようなミスを平然とやってしまう彼女だが、それでも懸命に家事をこなしながら俺の傍にいてくれる彼女を俺は手放したくはない。
だから早く働いて、彼女を俺自身が雇ってしまいたいとかそんな野望すら抱くようになったのはまだ誰にも言えない秘密である。
しかし。
「明日、ご主人様のご両親が帰国されるそうです。一時的なもので一泊されたら戻られるそうですが」
「こっちにはなんの連絡もしてこないんだもんなあ。でも、それだけ遠坂さんが信用されてるってことですね」
「いえ、それが……」
「どうしたんです?」
「なんか、メイドとして遠坂が適任かどうか、監査されると、そう仰っていました」
「なんだって?」
なんということだ。
親父の奴が、遠坂さんの仕事っぷりを確認するだと?
それはまずい。
非常にまずい。
だって。
「遠坂さん、親父は仕事に対して相当厳しくて潔癖だって母さんが言ってました。だからヤバいですよ」
「そ、そうなのですか? ええと、どうしましょう……」
「今から二人を出迎えるために完璧に準備しておきましょう。俺も手伝いますから」
「ご主人様……はい、お願いします」
親父は気前がいいし基本的に優しいのだけど、無駄だと思うことには一切金を使わないし結構潔癖だし少々めんどくさいところがあるのだ。
だから遠坂さんの天然ぶりを見たら絶対に不合格の烙印を押すと、確信をもってそう言える。
でも、そんなことは俺が許さない。
遠坂さんの職場は俺が……いや、彼女を他人のところへは行かさない。
「遠坂さん、二人の寝室ですけど帰ってくるまでにもう一度片付けておきましょう」
「はい、頑張ります!」
こうして二人での時期外れな大掃除が始まった。
決して狭くはない我が家の掃除は、一日かけても大仕事だ。
でも、毎日彼女が掃除をしてくれているおかげでそれについては随分楽、なはずだったのだけど……
「なにこれ……」
久しぶりにベランダを見ると、まるでこの場所で抗争でもあったのかというくらいにぐっしゃぐしゃだった。
物干しざおは全て折れ、ハンガーは散乱し俺のTシャツはその折れた物干しざおの一つに引っ掛かり、まるでどこかの革命軍の旗印のようにベランダに燦然となびいていた。
「と、遠坂は洗濯物が苦手なもので」
「いやいや苦手でもこうはならないでしょ!?え、どうすんのこれ?ここの修繕だけで丸一日かかるよ!」
「すみませんすみません! ええと、でも他の場所は問題ないと思うので」
必死に謝る彼女を見て、まあそれならいいんだけどとため息をつきながら一度一階に降りる。
すると、毎日のことで気になっていなかったというか、忘れていたものが目に飛び込んでくる。
『にゅうよくちう』と書かれた風呂場の扉だ。
「これ、消えませんよ……」
「え、ええと……ドアごと替えるというのは?」
「今日明日では無理でしょうし、まずそれを頼むお金がありませんよ」
「……どうしましょう」
「とにかく、油性の汚れが消える洗剤とかを買ってきて磨くしかないですね」
そして極めつけはキッチンだ。
料理は得意なのだが、よく何かを焦がす彼女はすぐにフライパンをダメにする。
そのせいで。
「なんですかこの焦げたフライパンの山は!?」
「す、すみません捨て方がわからなくて」
「いやいや、むしろよくここまでフライパン買うお金がありましたね?」
「まあ、一応ご主人様のお父様より支給いただいた在庫で賄っておりましたので」
「で、その在庫は?」
「底をつきました……」
優に二十を超えるフライパンの屍がキッチンの隅に山積み。
それに加え、真っ黒な鍋や折れた包丁、なぜか真っ二つに割れた鍋蓋の残骸までが所せましと台所に。
「……もっとチェックしておくべきだった」
「すみませんご主人様! こ、こうなったら遠坂は腹を」
「だから腹切っても何も解決しませんって! それより、やれることからやっていかないと」
「ご主人様……どうしてご主人様はこんな遠坂をそこまで庇ってくださるのですか?」
「そ、それは」
それは……俺はあなたの事が好きだから!
なんてもちろん言えるはずもなく。
「こ、こんなままだと俺まで怒られるし、それに遠坂さんは頑張ってくれてるんだから親父たちに不当に評価されてほしくないというか、それだけですよ」
強がったことを答えた。
すると、「そうですか」となんとも暗いテンションで答えた彼女は、それでもすぐに、どこに忍ばせていたのかも不明だがハチマキを頭に巻いて「やりましょう!」と気合を入れた。
でも、ここまで散らかした元凶は誰だったのかをもっと早く理解しておけばよかった。
結局彼女との掃除は掃除にならなかった。
俺がようやく直しかけたベランダの床を踏み抜いたり、せっかくまとめて捨てたゴミを「まだ使えるものがありました、えへへ」といって甦らせたり。
はっきり言って、邪魔だった。
『あなたはなにもしないで』と、ミ○トさんがうじうじする彼に言い放った時の心境は、多分今俺が彼女に抱くものと非常に近いものがあったのではないか。
そんなことを思いながらも、懸命に掃除しようとする彼女に、何もしないでとは言えず、掃除は夜まで続いた。
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