第12話 はやとちり?

「ん……今何時だ?」


 目が覚めると部屋が真っ暗。

 まだ重い身体を起こして携帯を見ると夜の十時過ぎ。


 随分寝てたんだな。まあこのところ寝不足だったし。


 寝汗もぐっしょり。着替えようと部屋の明かりをつけると、俺のベッドに頭を置いて眠る遠坂さんの姿がそこにあった。


 もしかして、ほんとにずっといてくれたの?


「遠坂さん、起きましたよ」

「んん……はっ、すみませんつい眠ってしまっておりました!」

「いえ、大丈夫ですよ。それよりずっとここで?」

「はい、何度かタオルはお替えしましたが……すみませんすみません」


 何度も頭を下げる彼女に「本当に大丈夫ですよ」と何度も声をかけるというやり取りをしばらく続けて、ようやくベッドから出た俺は着替えるために風呂場へ。


 シャワーで汗を流してすっきりしたことで、随分と頭が冴えてきた。

 すると、今朝上杉から言われたことを不意に思い出してしまう。


 ……やっぱり俺の介護なんかより、男と遊んでいたかったんだろうな。

 なのに申し訳ないことをしたというか、なんか俺のせいで彼女の青春の貴重な時間を奪っているような気にもなってくる。


 このまま、というわけにはやはりいかないだろう。

 もっと彼女にも自由な時間をあげないとだし、きっと彼女は断るだろうけど、いつかはここをやめて普通の女性に戻る日もくるんだから、俺のわがままで縛り付けておくことはできない。


 本当は自分がどうしたいかなんて棚にあげて、随分かっこつけたことばかりを考えながら部屋に戻ると、遠坂さんが泣いていた。


「ああ、ご主人様が無事でよかった……ううっ、ううっ」

「と、遠坂さん?」

「はっ、早かったですね。べ、別に私は今泣いてなんていませんでしたよ。目にゴキブリでも入ったのでしょう、あはは」


 目にゴキブリが入ったのなら泣くどころの騒ぎではない気もするのだが……


 しかし自分の為に涙を流してくれる彼女が、たまらなく愛おしくなる。

 そして、やっぱり彼女が昨日誰と何をしていたのかが気になってしまう。


「遠坂さん、昨日誰とお出かけしていたのか正直に教えてもらえませんか?」

「え、な、なんのことでしょうか?」

「いいんですよ、遠坂さんも高校生なんだから彼氏とデートとかだったらお出かけしてもらっても」

「かれ、し?」

「え、違うんですか?」

「もしかして、何か誤解をされておられますか?」

「え、いや、だって、イケメンと買い物デートしてたって上杉が……」

「デート? 昨日は一人で買い物してましたが。途中クラスメイトの方に偶然声をかけられたのですが、結構しつこくて困ってました」

「え、そう、なの?」

「はい。本当は内緒にしていたかったのですが……これをご主人さまの為にと思って買いにいっておりました」


 遠坂さんはごぞごぞとカバンを漁って、中から小さな箱を取り出した。


「こ、これは?」

「入学祝いの時計です。そんなに値の張るものではありませんが、サプライズしようかなと……」

「お、俺の為にそんな」

「いえ、ご主人様の為だからです。遠坂はご主人様に喜んでいただけるのが一番の幸せですから」


 そう言ってニッコリ笑う彼女が俺の手にそっと時計を置く。


「サプライズもできない不束者ですが、これからもよろしくお願いします」

「こ、こちらこそ。ていうか疑ってごめんなさい」

「疑う? 何か疑念に思われることでも」

「い、いや何でもないです! それよりこれ、明日から早速つけていいですか?」

「はい、もちろんです」


 遠坂さんに男がいなかったというだけで、ここまで清々しい気持ちになるのはやっぱりそういうことなんだろう。


 俺は彼女が好きなのだ。

 でも、その気持ちはまだ封印しておく。

 今はメイドと主人だけど、そんな関係だからじゃなくて、彼女に一人の男として好きになってもらえるように努力しないと。


 献身的な彼女のサプライズで、そんなことを思うようになった夜の出来事であった。



「おはようございます遠坂さん」

「あら、おはようございます。今日はお早いのですね」

「ええ、俺も手伝いますよ。洗濯、干しましょうか?」

「そんな、もう少しごゆっくりしてくださっていいのに」

「いいえ、俺も甘えるだけじゃダメなんで」


 俺は昨日決意した。

 遠坂さんにふさわしい男になろうと。


 だからこうして朝も早起きして彼女の負担を減らそうと思ったのだけど。


「ご、ご主人様は遠坂の仕事ぶりにご不満が?」

「え、いやそういうわけじゃなくてですね」

「やっぱり遠坂がドジでマヌケでトロくて何もできないからいけないのですね……せ、責任をとって腹を切ります!」

「ま、まってまって! 全くそんなことないから、全部遠坂さんに任せますから!」


 朝から包丁で切腹しようとする遠坂さんを止めながら、「やっぱこの人めんどくさい」と思ったのは言うまでもなく。


 でも、そんな彼女も可愛いと思ってしまう気持ちだって、言うまでもないが言えるはずもなく。


 落ち着きを取り戻した彼女と朝食をとって、そして今日は仲良く遅刻をしたのであった。


 


 

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