第11話 御坂さんの恋路?
「おはようございますご主人様」
いつもと変わらない朝を、今日は部屋で迎えた。
遠坂さんが昨日、どうしてあんなに拗ねていたのかについての真相はわからないままで、結局あの後も彼女お手製のアイスを美味しくいただいてすぐに就寝。
最も寝相の悪さ(というよりもはや夢遊病)が治ったわけではなく、徘徊する彼女から逃げる夜は相変わらずだったが、それでも俺は彼女に訊きたくて仕方がない。
どうして昨日いじけていたんですか?
そんなことを質問したら藪蛇かもしれない、せっかく機嫌がいいのだからなかったことにした方が、などと思ったりもするがしかし。
気になる。非常に気になるのだ。
最も、彼女がメイドとして主人から連絡がないことに対して機嫌を損ねていたともとれるが、そもそも俺が何時に帰宅しても彼女には影響がないわけだし、あんなに露骨に拗ねる必要はないというもので。
「あの、遠坂さん」
「今日はお家でお食事をされますよね?」
「え、まあ。毎日外食ってわけにもいかないですし」
「よかった」
「よかった?」
「いえ、なんでも。それより今日は御夕飯の買い出しに付き合ってくださいね」
朝から彼女の機嫌はすこぶる良い。
それはいいことなのだけど、何か別のことでも考えているのかいつも以上にドジがひどいことに。
洗剤の量を間違えたのか洗濯物は泡まみれだし、味噌汁が蒸発しきるまで鍋を火にかけていたようで焦げ臭いにおいがそこら中に充満してるし、なんなら蠅たたきで蠅ではなく花瓶をなぎ倒して玄関もぐちゃぐちゃだった。
それでも片づけをする彼女は鼻歌交じり。
一体何があったのか?
「あのー、随分機嫌が良さそうですね遠坂さん」
「そうですか?いつもとかわりませんよ。ふんふんふん♪」
変だ。なんて言ったら俺が遠坂さんの何を知っているのかと言われそうだが、明らかに変だ。
……もしかして、昨日俺がいない間に何かあったとか?
「あの、失礼ですが昨日はどこか行ってたんですか?」
「え、いえ、その、あの、家にずっといました、けど」
「ん?」
「も、もちろんメイドとして、ご主人様がいない間に仕事をさぼってお出かけなど、そんなこと、す、するわけないですよね、あは、ははは」
「……」
嘘だ。絶対嘘ついてるこの人。
目が泳いでるし、明らかに動揺して手が震えてるしなんか大粒の汗かいてるし。
こんなにわかりやすい人、いるんだな。
「べ、別に俺がいない時にどこかに出かけてても怒りませんよ?」
「で、出かけてなんていません。それに、何もないですから」
「何も?」
「ささ、早く学校にいきましょう。お荷物準備しますね」
無理やり会話を遮りながら、遠坂さんは奥に消えていった。
そして着替えた後すぐにやってきたのだけど、やっぱり焦っているのかダラダラ流れる汗をハンカチで拭きながら「平常心、平常心」と呟いているのが丸聞こえ。
……ごまかす気があるのかすら怪しいレベルだなこの人。
その後も遠坂さんは挙動不審だった。
そわそわしているかと思えば急に「何もありませんからね」と訊いてもいないのに念を押してきたり。
俺もこれ以上訊くのはあまりいいことがなさそうだと思って、あたふたする彼女と学校についた後、すぐにわかれて教室へ。
すると。
「おい、遠坂さんってやっぱ彼氏いたんだな」
上杉が衝撃的なことを言ってきた。
「な、なにを根拠にそんなこと」
「昨日見たんだよ。イケメンと二人で買い物してたところをさ。いやあショックだけどあれはしゃーないわ。お似合いだったし」
「そ、それはどこで?いつ?昨日ってホントに?」
「おいおい、どうしたんだよ。もしかして気になるのか?」
「い、いや。別に」
信じたくはなかった。
認めたくもなかった。
でも、上杉はこの手の嘘をつくタイプではないから、信じざるを得ない。
それに、遠坂さんほど可愛い人に男の一人もいないなんて夢を見る方が間違いで、間違っても俺みたいな年下のガキを好きになってくれるなんてあり得ないということを、わかっていたはずだ。
でも、でも辛い……胸が引き裂さかれそう、というより吐きそうだ。
この後の記憶はあまりない。
気が付けば授業になっていて、気が付けば休み時間になっていて。
そして何限か授業を受けたころに俺は体調を崩した。
熱が出たようで、保健室に向かうでもなく早退を申し出て、さっさと家に帰ることとなった。
「ただいま……って誰もいないよな」
くだらない独り言をつぶやいた後、ぼんやりする頭でそのまま部屋に向かい着替えてさっさと布団に入る。
もちろん遠坂さんに連絡をしてもないし、夕方までに熱を下げて心配かけないようにしようと思ったのだけど、こんな時ほど寝れないもので。
そういえば、今日は一緒に買い物の約束だったよな。
……いや、俺がいなかったらその男とでも買い物に行くだろ。
なんか昨日、いじいじと地面に渦書いてた遠坂さんの気持ちがわかるよ。
今は俺がそうしたい気分だ。
いじいじと、付き合ってもいない女性のことでうだうだ悩んで拗ねる俺は随分ちっちゃな男だと思う。
でも、今日も遠坂さんはきっと家に帰ってくる。
それが嬉しいはずなのに今は辛い。
もう、顔を見るだけで辛い……でも、早く帰ってきてくれないかなあ。
◇
「ご主人様、ご主人様!」
「ん……と、遠坂さん?」
「大丈夫ですか? すぐに冷たいおしぼりをお持ちしますね。あと、飲み物とお薬と、ええと、どうしましょう」
まだ昼過ぎだというのに、目の前であたふたする彼女の声で目が覚めた。
「遠坂さん、学校は?」
「お昼に先生からご主人様が早退されたと聞いて飛んで帰ってきました。ええと、お薬はこの棚で……」
「そ、そんな。遠坂さんまで休むことはないですよ。俺は大丈夫ですから」
「いいえ、心配で勉強どころではないので大丈夫です。それに去年二度ほど遅刻してますので皆勤はありませんからご心配なく」
何が心配ないのかはわからないが、とにかく力強く語る彼女はせっせとタオルや飲み物を用意して俺の横に腰かける。
「ささっ、これを飲んで寝てください。遠坂がおそばにおりますので」
「……すみません。でも、俺が寝た後は好きにしてくれていいですよ」
こんなに献身的に対応してくれる彼女に対して随分な言い草だと思う。
でも、これは熱のせいじゃなくておれの問題だ。
こんなに優しくしてくれるのだって、結局は雇われているからでしかないと、そう言い聞かせるように彼女に冷たく当たってしまう。
それなのに。
「いいえ、遠坂はここを一歩も譲りません」
「……無理しなくていいですよ」
「無理だなんてそんな。遠坂自身の意思でここにいたいのです。ご迷惑ですか?」
「……いえ、ありがとうございます」
弱っているせいか、泣きそうだった。
だから顔を隠すように布団にもぐり、そのまま眠ることにした。
でも、さっきと違うのは遠坂さんがそこにいるということ。
たったそれだけの事なのに、俺は安心してすぐに眠りについたのだった。
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