第10話 いじけてます?

 遠坂さんが怒り狂った翌日の事だった。


 一緒に学校に向かっていると、正門前にその怒りの元凶である高峰さんが立っていて、俺は思わず「げっ」と声をあげてしまった。


「お、おはよう遠坂さん」

「あら、おはようございます高峰さん」


 しかし遠坂さんはいたって普通の対応をしていた。

 あまり根に持つタイプではないのか、何事もなかったかのように彼女に微笑みながら挨拶を返していたのだが。


「あの、昨日は、悪かったよ」

「悪い? 謝るのは私にではなくてごしゅ……深瀬君にですよね」

「ひっ」


 まだしっかり怒っていた。

 遠坂さんはこう見えて芯が強い女性のようで、俺のことや仕事のことに関しては一切ぶれない。


「高峰さん。もう二度と彼にひどいことをしないと誓いますか?」

「わ、わかってるって。私もちょっとやりすぎたって反省してるから」

「ほっ。では、それを信じて仲直りしましょう。お友達ですもんね私たち」

「遠坂さん……うん、ごめんね」


 性善説なるものは正直そんなに好きではなかったけど、遠坂さんを見ているとみんなこうだといいのにな、なんて思わされてしまう。


 結局相手を憎まず、自分にもひどいことをしていた相手に対し、あっさり許すどころかまだ友達だと言える彼女の器の大きさは見習うべきところだろう。


 とにかく、学年のボスたる高峰さんを制したこともあって俺はちょっと安心した。


 これで彼女が学校で本人も気づかぬままにいじめられるなんてことはないだろうと、そう確信して教室に向かった。


 すると、椎名が少し不機嫌そうに話しかけてくる。


「ねえ、あの高峰さんと遠坂さんと三人で何話してたの?」

「え、いやあ別に。俺は二人の会話聞いてただけだから」

「ふーん。でも、近所の人ってわりに毎日あの人と登校してるわよね。ほんとにただのご近所さん?」

「ま、まあね。それに遠坂さんと俺が仲良くて何か問題あるのか?」

「……別に。それより今日の放課後、空いてる?」

「ああ、別に大丈夫だけどまたカラオケか?」

「買い物、付き合ってよ」

「いいよ。上杉は?」

「あいつはいいから。二人で」

「お、おう」


 椎名は何かあると俺を買い物に誘いたがる。

 昔は恋愛相談だったり、進路のことだったり、それに最近では親と喧嘩したからなんて話を延々と愚痴ってきたりなんてこともあったけど、とにかく買い物をしてストレスを発散させるのが彼女のやり方のようだ。


 さらにそのついでに夕食も一緒に食べて帰るのがいつもの流れ。

 今日はそこまで言われてないけどどうせそうなるんだろうと思い、俺は後で遠坂さんにこっそり「今日の夕食は食べて帰るので大丈夫です」とラインした。


 こんなラインを送ることも平然とやっているけど、冷静に見れば随分なご身分だと思う。


 帰ったら可愛いメイドの先輩がご飯を作って待ってくれている。

 そんなことが当たり前になりつつある自分を一度見つめ直しさないといけない。


 これが普通だなんて思ってしまったら、多分おれは彼女なんてできない。

 いや、彼女なんていらない、の間違いかもしれない。


 だって俺はとっくに遠坂さんのことが……



「じゃあ行こう」

 

 放課後、椎名と二人で買い物に出かけることに。

 遠坂さんからは「了解です」と業務的な返事があったきりで、特にそれから連絡はない。


 彼女は俺の保護者ではなくあくまでメイドという立ち位置を守ってくれているので門限なんかを設けて口うるさく何かを言ってくることもないし、俺がいない間も多分家で掃除や洗濯に励んでくれているのだろう。


 だから早く帰ってあげないとな、なんて思いながら出かけることは椎名にはちょっと悪い話だけど、友達も遠坂さんもどっちも俺には大切だから、この辺の塩梅が難しいものである。


「浮かない顔ね。私と買い物行くのがそんなにおっくう?」

「違うよ。それよりお前こそどうしたんだ?買い物に誘ってくるときは大体相談がある時だろ」

「別に。用事がないと誘ったらダメなのかしら?」


 今日の椎名はあたりが強い。

 きっと嫌なことがあったに違いない。


「で、何買いに行くんだ?」

「夏服、そろそろ買わないとだから。あと、晩御飯も食べて帰るでしょ?」

「そういうと思ってたよ。ファミレスだろどうせ」

「なんでそんなとこだけ察しがいいのかしらねえ」

「何の話だ」

「知らなーい。はやく行くわよ」


 椎名と買い物に行くのも慣れたものだが、どうして女子とは服を一つ選ぶのにこうも時間をかけるのかと、そればかりはいつまで経っても慣れないものだ。


 ウィンドウショッピングたるものを楽しめるのは最初だけで、途中からは「もうそれでいいじゃん」と投げやりになってしまう。

 ただ、椎名の方は「だってこっちも捨てがたいし、でもやっぱり今時は向こうの方が」云々といっこうに決断しないものだから、服一枚買うのに二時間くらいかけられてウンザリなのである。


「で、結局最初のにしたのかよ。全く」

「いいじゃん。色々見た結果なんだし。それよりお腹空いたわ」

「俺もだよ。早く座りたい」


 でも、こうしてこいつに付き合うのは別に俺がお人好しだからなんてわけではない。

 なんか知らんが椎名といると楽だしなんだかんだ楽しいというのもある。


 勝手に話してくれるし、お喋りとは言えない俺にとってはこいつくらいがちょうどいいのだ。

 なんて上から目線な評価を下しているなんてもちろん言えた立場ではないけど。


 買い物を終えて向かったファミレスでは、いつもの席に座る。

 いつもの、なんて言えば常連っぽさが出るが結局学生の身分で来れる店なんて限られてるしチェーン店に常連も何もないわけで、同じ席に座るのだって何となくの習性みたいなものだ。


「私、今日はオムライスにしよっかな。深瀬は?」

「俺はハンバーグ。あとドリンクバーも頼もうぜ」


 結局料理を待つ間も、料理が来てからもその後ドリンクバーを堪能する時だって彼女から悩み事を相談されることはなかった。


 ただ、最初機嫌の悪そうだった椎名も最後の方は楽しそうにくだらない話を語っていたのでどうしてかは知らないが彼女のストレス発散にはなれたようだ。


「じゃあそろそろ行こうか。遅くなったし」

「そうね。もうこんな時間かあ、あっという間ね」

「そんなに俺といるのが楽しかったのか?なんてな」

「うっさいわね。そういうところが」

「はいはいすみませんね。じゃあ、行こうか」

「……バカ」

「ん?」

「なんでもない。帰るわよ」


 椎名の家は学校のすぐ近く。

 そっちまで送ると言ったのだけど、近くだから構わないと言われてさっさと彼女は帰ってしまった。


 その姿を見送って時計を見ると夜の八時過ぎ。

 随分遊んだなあと、ふと携帯を見るとメールが。


「ご主人様、何時頃お戻りになりますか?」


 話に夢中で気づかなかったけど遠坂さんが心配で連絡をくれていたようだ。

 すぐに「今から帰ります」と連絡して家路を急ぐ。


 家に帰ったら遠坂さんがいる。

 それが嬉しくて足取りが軽かった。


「ただいまー……ってあれ?」


 家に帰ると中は真っ暗。

 部屋もどこも電気がついていない。


「遠坂さん? 出かけて……うわっ」


 リビングの明かりをつけると、隅っこでしゃがみ込んでいる遠坂さんの姿が。


「と、遠坂さん?」

「連絡なかった……」

「へ?」

「無視した。ご主人様が無視した」

「い、いや気づかなくて」

「いじいじ。いじいじいじ。遠坂なんてどうせ年増の使い魔ですよいじいじ」


 床にぐるぐると指で丸を書きながらいじける人をリアルで初めて見た。

 それに使い魔ってなんだよ。遠坂さんは悪魔ですか?


「ご、ごめんなさい。ちょっともりあがってて」

「誰とですか?」

「へ?」

「あ、その反応女の子だ。デートならデートっていえばいいのにいじいじ」

「い、いやデートじゃないですよ。ただ友達と飯食ってただけですし」

「……ほんと?」

「え、まあ嘘ついても仕方ないですし」

「……じゃあいいです」

「へ?」

「デートじゃないなら……うん、遠坂は全て水に流します。ご主人様、お風呂沸いてますよ」

「え、いやあの」

「さあさあ、デザートも準備してますから汗を流してきてください」

「は、はい」


 急にコロッと機嫌を良くした遠坂さんに風呂場へ連れていかれて俺は風呂に入ることに。


 湯舟に浸かって天井を見上げてふと思う。


 ……もしかして妬いてくれてたのかな?

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