第8話 マッサージのお時間
「純也、遠坂君とは何事もないか?」
「え、まあ別に」
「そうか、ならいいんだ。しかし、くれぐれも失礼のないようにな」
学校から帰ってすぐに、親父から電話があってそんなやりとりをした。
一応雇い主側である俺が彼女に失礼のないようになんて話も少し変な気もするが、親父なりにお互いを心配して出たセリフなのだろうから、素直に耳を傾けることにした。
あくまで遠坂さんはメイド。俺の生活を助けるために親が雇ってくれた人でしかない。
だから学校の先輩だとか、彼女が可愛いからとか、りんごをあーんしてくれるからとかそんな理由で惚れたりすることは……
「ご主人様、お耳掃除いたします」
「え、いいよ自分でやるから」
「いいえ。しっかり綺麗にしておかないと。ほら、お膝に頭、置いてください」
「……失礼します」
彼女の細くも柔らかい太ももに頭を預ける。
なんという心地よさだ。それに、エロい……。
「あら、いっぱいゴミが詰まってますわ。じっとしててくださいね」
「……あっ、くすぐったいよ」
「し、失礼しました。でも、大きいのが取れました。あとは……フッ!」
「ひゃっ!?」
耳に息を吹きかけられて俺は飛び起きた。
「な、なにしてるんですか?」
「最後はこうするのが耳掃除の鉄板かなと」
「そ、そうだけど……い、いやまあとにかくありがとうございました。お風呂に入りますね」
耳かきを持ったままいってらっしゃいませと微笑む彼女に見送られながら風呂場に行くと、俺は大きく息を吐く。
はあー……無理だろ、絶対惚れるだろこれ。
いやー、もう既に惚れてるまである。でも、認めたら苦しくなるからそれだけは……
「ご主人様、お湯加減はいかがですか?」
「あ、遠坂さん。うん、いい感じですよ」
「よかった。お風呂からあがられましたらマッサージをと思っております。遠坂はただいま指圧の勉強をしておりますので」
「う、うん。洗ったらすぐ出るよ」
あんな美人が俺にこれだけ尽くしてくれるんだから、そりゃあ男として気持ちが傾きそうになるのも無理はない。
でも、もし仮に彼女に告白してフラれたら、こんな関係は一瞬で終わってしまうだろう。
だからというわけでもないが、もうしばらくこの気持ちは封印しておこう。
それにまだ彼女と知り合ってそんなに日も経っていない。
もうしばらくは、この関係に甘えて彼女との生活を楽しもう。
「あがりました。いいお湯でしたよ」
「それはよかったです。では、そこの椅子にお座りください」
「は、はい」
リビングのソファに腰かけると、後ろに遠坂さんが立ってすぐに俺の肩を揉み始める。
「力加減はいかがですか?」
「すごく気持ちいいです。でも、どうして急に?」
「日頃の感謝を込めて、ですよ。いつもこんな遠坂をお使いいただきありがとうございます」
「そ、そんな俺の方こそ……」
なんと謙虚で健気な人なのだ。
たしかにドジでミスすることも多いけど、でも一生懸命で真面目で、それに俺のことを第一に考えてくれる遠坂さん。
そんな彼女のことを俺はやっぱり……
「遠坂は、ご主人様にこうして喜んでいただけるべく日々進化しています。もう少ししたら鍼灸なども勉強してみようかと」
「そ、それはうれし……い、いた、いたい」
「遠坂はもっとご主人様の為になれるように、アロマセラピストの資格も取得しようかなと。是非遠坂に癒されてください」
「そ、それは楽しみ……い、いた、く、るし……」
「ああ、ご主人様が遠坂のマッサージでリラックスいただけるなんてメイド冥利につきます。どうですか、もっと強くしてさしあげても」
「ギ、ギブ!いたいいたいいたい!」
「あっ、すみませんつい」
一つのことに集中すると周りが見えなくなるのが玉に瑕。いや、その表現はちょっとおかしいか。
ただの肩もみであやうく窒息するところだった……
「ふう……あっ、でも肩が軽い。遠坂さん、結構握力ありますね」
「普段より家事で鍛えてありますから。でも、怪力というわけではないのですよ」
「わかってますよ。ありがとうございました、今度は俺が遠坂さんの肩揉みますよ」
「え、そんな。ご主人様にそんなことをさせてはメイドの恥ですし」
「いいですよ。いつも頑張ってくれてるのは遠坂さんなんだから。たまには」
「では、少しだけ」
今度は彼女が椅子に座り、俺が彼女の背後に立つ。
ただ、いざ肩を揉もうとすると彼女に触れることになると気づき、変な気持ちになってしまった。
……いや、気にするな。ただ肩を揉むだけじゃないか。
それにやらしい気持ちで言ったんじゃなくて、本当に日頃の感謝のつもりなんだ。だから……
「ご主人様、その……優しくしてくださいね」
「っ!?」
少しだけ荒い息遣いでそんなことを言われたのでアウト。
エロいことを考えるなというのが無理な話で、彼女の肩にそっと指を触れただけでちょっと色々と反応してしまっていたのは、前を向いて何も見えていない彼女にはもちろん内緒。
結局、当たり障りなくマッサージを終えてすぐに彼女から離れ、膨らんだ股間を見られないように慌てて部屋に戻った。
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