第7話 りんごの味
「なあ、遠坂先輩って彼氏いないのか?」
朝、上杉からそんなことを聞かれた。
「いないと思うけど、だったらなんだ?」
そう返した時の俺の声は少し不機嫌そうだったと、我ながら思う。
一応独占欲というものは俺にも備わっているらしく、遠坂さんに群がってくる連中はたとえ親友であってもなぜかイラつく。
うちの大切なメイドに手を出すな、と言いたくて仕方ないがそんなことを言ったら噂はすぐに広まって遠坂さんにまで迷惑をかけてしまう。
ただ。
「なあ。紹介してくれよ」
他人からすれば俺と彼女はただのご近所さん。
だからこんな質問も当然だ。
「嫌だ」
「なんでだよ。もしかしてお前も狙ってんのか?」
「もってなんだよ。あの人がお前みたいなチャラ男に騙されてほしくないだけだ」
「ひどいなー。でもよ、あんな美人なら俺じゃなくてもほっとかないだろ」
「まあ、確かに」
彼女は学年が違うからクラスとかでどんな風に過ごしているのか、友人はいるのか、気になる男子とかいないのかなんて話も全く知らないし向こうから話してくれることもない。
ううむ、もしかして俺が知らないだけで実は付き合ってる男が……いや、さすがに誰かと会ってる様子はないしそれはないか。
でも、好きな人くらいはいてもおかしくない。
ううむ、気になる。
大体年頃の女性が、同じ年代の男の家に住み込みでメイドなんてよほどの事情がなければあり得ない話だ。
きっと彼女だって仕方なくメイドの仕事をやっているに違いないし、そんな彼女も青春真っただ中の一人の女子高生であることを俺は忘れてはいけない。
「とにかく、気が変わったら紹介よろしくな」
「あ、ああ」
上杉のせいで、俺のネガティブが爆発しそうになってしまった。
いっそのこと上級生の校舎に行って彼女の様子を……いや、無理だなそんな恥ずかしいことはできない。
あー、くそ。なんでこんなにモヤモヤしなければならない。
俺はただ毎日遠坂さんと楽しく……ってこのままじゃそんな生活もいつまで続くことやら。
「あのー、深瀬君はいらっしゃいますか?」
「!? 遠坂さん?」
授業が始まる前に彼女が教室にやってきた。
もちろんクラスの男子は騒然とする。美人で名の通った彼女がこうも頻繁にクラスにやってきたらそうなるのは当然。
「どうしたんですか急に」
「あの、お弁当をお渡しするのを忘れてまして」
「こ、こんなところで渡さないでくださいよ」
「す、すみません私ったら……でも、覚えているうちにやっておかないと私忘れてしまいそうなので」
「はあ。と、とにかくお弁当はありがたくいただくので、早く帰ってください」
「……わかりました」
焦って追い返す格好になってしまった。
しょぼんとしながらその場を立ち去る遠坂さんを見て、何か申し訳ない気分になりながらも弁当を持って教室に戻ると、クラスの連中がジッと俺を見ていることに気づく。
「な、なんだよ」
「お前、あの人と付き合ってないって本当か?」
「え、いやまあ」
「じゃあその弁当はなんだ。おかしいだろ」
「え、これは、その」
「裏切り者めー!」
「ま、待て待て!」
この後クラスの男子どもから散々尋問された。
上杉裁判長を中心に執り行われた被告人尋問は休み時間の度に開催され、この弁当は俺が忘れていったのを近所で仲のいい彼女に預けたという設定がようやく通って、解放されることとなったのは三限目の後の休み時間だった。
◇
「あー、えらい目にあった……」
昼休み、避難するように屋上にやってきた。
あのカオスな教室で遠坂さんの弁当なんて食べられるわけもない。
どれどれ、どんなお弁当を……
「げっ」
思わず声が出た。
そこには唐揚げと卵焼きと、そして白ごはんの上に大きなハートマーク。
こんなものを見られたら……うん、逃げてきてよかった。
「いただきます」
彼女の料理の腕前は知っているが、やはりお弁当となってもそれは変わらずうまかった。
ただ、愛情?たっぷりなお弁当を口にしながら、さっき横柄な態度をとってしまったことを反省していた。
申し訳ないというか、俺は一体何様のつもりだという話だ。
……帰ったら謝ろう。
うん、それに俺も家事を手伝おう。
怒ったりする人じゃないと思うけど、でも怒ってなければいいな……
……ん?
「チラッ」
「……」
「チラッ、チラチラッ」
「遠坂さん、見えてますよ……」
屋上の扉の向こうから、遠坂さんがもじもじしながらチラチラとこちらを見ていた。
「ご、ご主人様……あのー」
「ど、どうしたんですか?」
「お、怒ってませんか?」
「え、俺が?」
「ええ。さっき、お弁当をお渡しに行った時、すごく不機嫌そうに見えましたので」
彼女もまた、俺が怒っていないか気になっていたようだ。
しかし、俺に怒る理由なんてない。
こんな美味しいお弁当を作ってもらっておいて、むしろこっちが謝らないといけないくらいなのに。
「こっちこそごめんなさい。遠坂さんが来てくれて嬉しかったのに恥ずかしくてつい……でも、お弁当美味しかったです」
「ほ、ほんとですか?それはよかったです。あのー、食後のりんごも持ってきたのですが……」
「あはは。いただきます」
タッパーに入れたりんごを大事そうに抱える彼女は、やっぱりどこか田舎のおばあちゃんみたいな人だなと、笑ってしまった。
それを爪楊枝でさして「あーん」としてくれたので、誰も見ていないのをいいことにしっかり甘えた。
「ご主人様」
「どうしました?」
「いえ、怒ってなくてよかったと……」
「そんな。俺は遠坂さんに怒ったりしませんよ、絶対」
「まあ。私も、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」
隣に座る彼女からは爽やかな香りが。
そんな彼女は嬉しそうに俺の口にりんごを運んでくれる。
肩を並べてこうして学校で彼女と食べるリンゴの味は、いつもより少し甘酸っぱく感じた。
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