第6話 注意書き
「ご主人様、高校はいかがでしたか?」
朝、遠坂さんが入れてくれたコーヒーを飲みながらまったりしているとそんな質問が彼女から。
「うん、まだ始まったばかりだけどいいところみたいですし。それより、遠坂さんの方こそ、友達とかいないんですか?」
「もちろんいます。学友と呼べる方々にはいつもカレーパンの死守をオーダーいただいたり、板書の代筆を依頼されたりと、頼りにしていただいています」
「いやそれってパシリだよね!?え、いじめられてません?」
「そんな、心配性なのですねご主人様は。彼女たちは私が依頼を受けるととても喜んでくださっていますし、いい関係ですよ」
いじめられている側に自覚がないと、いじめは成り立たないもの。
やはり心配していた通り、彼女の天然さにつけ込む連中はいるんだなと知って、不安は増すばかりだ。
「そりゃ相手はそうだろうけど……ええと、男子で友達とかは?」
「そうですね、殿方とはあまりお話しませんが、よく靴箱にお手紙を入れていただいていますね」
「ラブレターですか?まあ、モテそうですもんね」
「いえ、それが好意を示していただく文章ではなく『やらせろ』とか『一回だけ』とか、よくわからない内容ばかりですので、返事に困ってばかりで」
「それは行為を要求されてるんですよ! 絶対返事しないでくださいね!」
やっぱりだ。しかしよく今までそいつらの毒牙にかからなかったな。
「今まで変なことされたことはないですか?」
「ええ。こう見えて私、有段者なんですよ」
「へえ。すごいじゃないですか。柔道? それとも空手とか」
「いえ。私はけん玉二段なんですよ」
「いつ使うの!?」
けん玉って段位があったんだとちょっと感心してしまったじゃないか。
「ま、まあ何もないならいいんですけど。でも、一応気を付けてくださいね。男なんて下心しかないんですから」
「え、ええと。ご主人様も、ですか?」
「え、いや俺はですね……」
随分と棚にあげた物言いをしてしまったけど、俺だって高校生の男子だ。下心もあるし興味津々なお年頃。
もちろん遠坂さんのことだって、そういう目で見るなという方が無理な話だけど、彼女との距離は主人とメイドという立場で保たれているだけで、それがなくなったらどうなるかわからない。
「で、でも俺は遠坂さんのことをやらしい目で見たりしません。遠坂さんは大切なうちのメイドさんなんだから」
「そ、そうですか」
それでも見栄を張って言い切ってみたのだけど、遠坂さんは元気のない返事をしてから、はあっとため息をついてキッチンの奥に消えていった。
やはり男との生活に不安があるのだろうか。
あまり心配させないように、俺もエッチなことは極力考えないようにしないと、だな。
彼女はドジではあるがメイドとしての心構えは一流だ。
風呂は絶対に後から入るし料理も絶対に時間通り出てくるし掃除や洗濯も欠かさない。
はっきり言ってこんな嫁が欲しいと思う。
ただし。
「遠坂さん、何してるんですか」
「ええ、少し縫物を」
「手芸ですか。いいですね、何を作ってるんです?」
「ご主人様の制服が紛失しないようにと、裏地にワッペンを縫っております」
「……すぐに外してください」
こう、いちいちやることが古いというか抜けているのだ。
どこの高校生が制服の裏地にワッペンを縫ったりするというのだ。
しかもよく見れば俺の名前が書かれた猫の形をした可愛らしいものだった。
これを気づかずに着ていったりしてたら学校で大恥をかくところだったよ。
「き、気に入りませんでしたか……」
「さすがにそれは」
「ご主人様は犬派だとは知らず」
「そこじゃないよ!?」
ポケットから犬の形をしたワッペンを取り出した彼女が不思議そうな顔をしていたので「とにかくワッペンは禁止で」とだけ伝えて風呂に。
まあこうして風呂に入ろうと思った時にしっかり沸いてあるだけでも贅沢な話だから、遠坂さんには感謝しているわけだけど。
さて、湯舟に浸かって気を取り直そう。
……
あっつ!!
「あっついなおい!」
入ってびっくり熱湯だった。
「ご、ご主人様どうなさいました?」
「いや熱湯だよこれ」
「す、すみません温度を間違えて……あっ」
「えっ……うわっ、すみません!」
「こ、こちらこそすみません!失礼します!」
慌てて風呂場に来た遠坂さんは素っ裸の俺を見て飛んで逃げていった。
み、見られた、かな……
いや、見られたよな……
風呂に水を足しながら、俺は変な興奮を覚えていた。
そして風呂に入ってから、急に気まずさが押し寄せる。
そもそも同居ってこういうリスク承知なわけだし、逆に俺が覗いてしまうこともあるかもしれないし。
いや、覗くのはラッキーだけど……い、いかんムラムラしてきた。
そういえば、遠坂さんが来てから一人になる時間がなくてそういうこともできてないなあ。
はあ。夜だと寝ぼけて侵入してくるかもだし、しばらくはこんな禁欲生活が続くんだろうか。
そう意識するとムラムラ。
一度外を確認してから風呂場でしようかと思ったのだけど、やっぱりやめた。
この風呂は遠坂さんも使うわけだし……今度、彼女が買い物に出かけてるときにでも部屋でしよう。
そんな情けない自分に嫌気がさしながら風呂を出る。
そしてキッチンに行くと遠坂さんが料理を作ってくれていた。
「あの、遠坂さん今日は」
「ひゅっ、ひゅっ、ひゅひゅ」
「?」
なんか空気が漏れるような音が。
よく見ると彼女、口をキュッとすぼめて口笛を……吹きたいようだ。
「あのー、遠坂さん?」
「私は何も見てませんよ。ご主人様の大切なところなんてこれっぽっちも目に入っておりません」
「え、ええと。ならいいんだけど……焦げてません?」
「あー!すみませんご主人様、やり直します!」
どうやら見られていたようだ。
それに、遠坂さんもメイドとはいえ同じ高校生だ。意識はしっかりしてるご様子。
「あ、明日から入浴中の札でもかけるようにしましょう。お互い事故にならないように」
「名案ですね。では、早速準備にとりかかりますね」
「そ、その前にご飯食べたいかなあ、あはは」
焦げたフライパンを放置して工作に取り掛かろうとする彼女を止めて、なんなら今日は俺も準備を手伝ってようやく夕食にありついたのは結構夜遅くだった。
そして翌朝。
歯磨きの為に洗面所に向かい風呂場の扉を見て見ると。
『にゅうよくちう』
と。
風呂の扉に書かれていた。
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