第4話 保護者代理?

 校舎の一階に大きく貼りだされたクラス表を見て、俺はまず自分の名前を探す。


 一年A組、それが俺の高校生活最初のクラスだそうだ。

 知り合いの名前を探すと、上杉の名前もそこにあったので少しほっとする。


 早速一年生の校舎に向かい教室に入ると、既に多くの生徒が集まり会話をしていた。


 ……少し緊張するなぁ。上杉のやつ、まだ来てないみたいだけどどこ行ったんだよ。


「あ、深瀬じゃん」


 席割を見て着席したところで俺に一人の女子が話しかけてくる。


「あ、椎名か。お前も一緒のクラスだったんだな」


 椎名恵美しいなめぐみ、中学の同級生で彼女とは最終学年で同じクラスだったことからよく話すようになった。

 まぁ、そもそもは上杉が彼女と仲が良くてその繋がりからだったが、あいつ抜きでもよく話すようになったのはこいつとは結構気が合うからで。


「また一緒のクラスだね。よろしくね」

「ああ、上杉も一緒だし楽しそうだな」

「別に上杉はいいけど……」

「なんでだよ、仲いいんだろお前ら?」

「……はいはい」


 椎名は陸上部の短距離でエースだった瞬足女子。

 茶髪が特徴的な美人で、スタイルもよく明るい性格と愛くるしい顔が多くのファンを作っている。

 でも、勘違いはしてはいけない。彼女は誰に対しても分け隔てなく優しいやつで、決して自分だけが特別だなんて思ったら負け。

 多くの連中が、こいつの人懐っこさに騙されて告白しては散るという光景を見てきたので、そういう意味ではこいつは魔性なのかもしれない。


「席、隣だね。教科書忘れたら頼むねー」

「別にいいけどさ、授業中は寝るなよ」

「相変わらず真面目ねー……ってあれ?」


 頬杖をつきながら俺の方を見る彼女は。

 ん? と驚くように目を大きくして俺の背後の廊下を見た。

 俺も何事かと振り返ると、そこには息を切らしてはぁはぁ言いながらこちらを見る遠坂さんの姿が……。


「遠坂さん!?」

「ごしゅ……深瀬君、あの、これを渡しそびれてまして……」


 慌てて彼女の方へ行くと、何かを手渡された。

 ……お守り?


「これは?」

「これは私手製のお守りです。無事に入学式を終えられるようにと願いを込めて作らせていただきました」

「いやいや、そんなの別にいいのに」

「そ、そんな……せっかく夜なべして作りましたのに……」

「い、いやいや嬉しい嬉しい! これで絶対に大丈夫に違いないですよ!」

「そ、そうですか! それは光栄の極みです。では、授業に戻りますね」


 彼女はすたこらと廊下を走っていった。

 ……授業を抜け出してきた、の?


「ねぇ、あの人誰?」


 もちろん椎名に訊かれる。

 話したことのない他の連中も、不思議そうに俺の方を見ている。

 ……うーん、めんどくさいなぁもう。


「あれは近所の遠坂さんて言って先輩だよ。偶然同じ高校だったのを今日知ってさ」

「ふーん、でもなんで近所のお姉さんがあんたにお守り渡しにくるのよ?」

「え、ええとそれは……うちの親から預かってたみたいなんだよな。ほら、俺って結構忘れ物多いし、彼女の親に預けてた、らしくて……」

「あ、そういうこと。なぁんだ、びっくりした」


 椎名が何にびっくりしたのかは知らないけど、むしろ驚いたのは俺の方。

 こんなに堂々と下級生の校舎に乗り込んでくるあたり、彼女は周りの目なんてものは気にしないタイプなのだろうか。


 そして彼女が懸命に渡しに来たお守りには『安産第一』と大きく刺繍されていた。

 ……。

 

 少ししてから入学式の為に俺たちは体育館へ集められる。

 大体学年で四、五百人くらいいるだろうか。全員の名前と顔を覚える前に卒業してしまうんだろうなぁなんて先の事を考えながらぼんやりと集団の中を歩いて体育館で列を作っていると、キャットウォークのところに人影が見える。


 ……遠坂さんだ。

 なぜか双眼鏡を構えてこっちを見ているけど、明らかに不審者だ。

 それに胸元にはご丁寧にコサージュつけてるけど、見つからないのかな?


 ……あっ、先生に見つかった。

 必死に抵抗してるけど……連れていかれた。そりゃそうだ。


 生徒の中にも彼女の姿を発見したやつがいたようで、ひそひそと「おい、なんだよあれ」と失笑が漏れていた。


 ……なんか自分のことのように恥ずかしいな。

 でも、これで入学式は静かに迎えられそうだ。


 失礼だけど遠坂さんが退場したことに胸をなでおろしていると、やがて式が始まる。

 そして校長先生の挨拶から始まり、在校生の代表者が再び挨拶。

 退屈だよなぁこういうのって。


 みんなしてぼーっと話を聞いている様子。

 やがて式は終わり解散。ぞろぞろと教室へ戻ることになる。


「おい、あれって今朝の遠坂さんだろ? お前見に来たんじゃねえの?」


 上杉が人の群れをかき分けて俺のところにくる。

 

「お前、さっきまでどこ行ってたんだよ」

「ああ、別のクラスの女の子チェックにね」

「相変わらずだなぁ。彼女いただろ?」

「卒業と同時に別れたよ。それよりお前、遠坂さんと本当にただのご近所か?」


 こいつの質問に答える前に、まずこの男が心底羨ましいと勝手に嫉妬していた。

 軽々しく彼女できた、別れたといつも言ってくる上杉は多分高校でもすぐに彼女ができるんだろう。それに椎名とも付き合ってるなんて噂もあるし、ほんと羨ましい限りだよお前はさぁ。


「はぁ……いいよな、お前は」

「おい、質問に答えろよー」

「……なんもないよ。ただの知り合いだ」

「ふーん。そっか」


 俺は心の底から願った。頼むから遠坂さんに手を出そうなんて考えは持たないでくれと。だってそうなるとややこしいことしかないから。


 そんな俺の願いが通じてか、上杉が変なことを言ってくることはなく俺たちは静かに教室に戻っていった。


 そして授業が始まる。

 高校最初の授業は国語。これがまた何を言っているのかさっぱりだ。

 もともと勉強は中の上くらいだったのだが、やはり勉強についていくには塾や家庭教師が必要だなと思わされる。


 午前中の鬱屈な時間を終えて、今日は晴れて下校となる。


「おい深瀬、この後カラオケいこうぜ」


 上杉が椎名を連れてやってくる。


「あ、今日はちょっと先約が」

「おい、まさか遠坂さんじゃないだろうな?」

「え、ええと……まぁそうなんだけど」


 そう、この後は遠坂さんと花見なのだ。

 嘘をついてうっかりみられでもしたら余計に疑われるからと、正直に話したのが逆にまずかった。


「じゃあ俺たちも一緒に行っていいか?」

「え、それは……」

「なんだよ、まずいのか?」

「どうなのよ深瀬」

「ええと……訊いてみます」


 二人に押し切られる格好で、遠坂さんに電話をかける。


 すると


「ご主人様、ごきげんよう。なんと今日、近くのスーパーが特売だそうです! 急いで行って参りますので先にご帰宅ください」


 と、慌てた様子で彼女は答えてからすぐに電話を切った。

 どうやら花見のことはすっかり忘れていたようだ。


「あ、大丈夫そうだわ。三人で行こうか」

「なーんだ残念。よし、行こうぜ」


 結局、中学の時と変わらないメンツでカラオケに。

 何の新鮮さもない集まりだったが、まぁこんな方が落ち着くものだ。


 一時間ほど歌った後、まっすぐ帰宅。上杉と椎名は方向が同じなので、途中で別れることになった。


「ただいま」

「いらっしゃいませご主人様」

「それじゃなんかの商売だよ……」


 とんちんかんな出迎えをしてくれた遠坂さんは、既にメイド服に着替えて頭に頭巾を巻いて掃除をしていた。


「今日はシチューにしました。お野菜が安かったんですよ」

「すみませんいつも。楽しみにしてます」


 靴を脱いでから家に上がり込むと、遠坂さんが何かを思い出したかのように「あっ」と声をあげる。


「ど、どうしました?」

「お花見……忘れてましたね。どうしましょう?」

「え、いやいやまた明日でいいでしょ」

「でも、せっかくご主人様がお誘いいただいたことを忘れて呑気に買い物など……わ、私メイド失格です!腹を切らせてください!」

「いやいや極端ですって!」


 なぜか手に持った短い箒で切腹を果たそうとする彼女を止めながら、俺も覚えていたのにスルーしたことを少し悔いた。

 やっぱりちゃんと彼女との約束は守らなきゃいけないなぁ。


「そ、そうだ夜桜は? 結構川沿いは照明も多いし綺麗だと思いますよ」

「夜桜……いいですねぇ。それでは早めにお食事を用意いたしますね」


 すぐに箒をぽいっと捨てて彼女は台所へ走っていった。

 ……慌ただしい人だ。


 なぜか掃除をしていたのに散らかった玄関を整えてから部屋に戻る。

 しばらくすると、遠坂さんが俺を呼ぶ声が聞こえる。


「御夕飯の準備が整いました」


 ダイニングにいくと、シチューとサラダ、それにテーブルの中央にはホールケーキが置かれていた。


「これは?」

「ええ、今日は入学のお祝いですからケーキを作ってみました」

「へぇ、すごい。楽しみですね!」

「お口に合うかはわかりませんが。もちろんろうそくもご準備してありますので」

「何のために何本消すんだろ……」


 どうやら遠坂さんの基準ではお祝い=ケーキ。そしてろうそく消しというワンセットのようで。早くやりたいのかそわそわしている。


「じゃあ、火をつけて……」

「おめでとうございますご主人様。ふーっ」


 お前が消すんかい!


 と大きな声が出かかったが、実に満足そうな様子を彼女を見て、まあいいかと席に着く。


「いただきます……うん、うまい!」

「よかったです。私、花見用にサンドイッチを準備してまいりますのでごゆっくり召し上がってください」

「いやいやケーキまで食べたらお腹いっぱいだから。遠坂さんも一緒に食べましょうよ」

「い、いいのですか?私などがご一緒させていただいて」

「いいに決まってますよ。その方が楽しいし」

「あ、ありがたき幸せですぅ~!」

「と、遠坂さん泣かないで!?」


 おいおいとテーブルに突っ伏して泣きだす彼女をなだめること三十分。

 すっかり冷え切った食事を二人で食べた後、彼女の片付けを待ってから夜桜を見に出かけることになった。

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