第3話 めんどくさい性格

「おはようございますご主人様」


 今日はリビングで目を覚ます。


「ん……おはようございます遠坂さん。早いですね」

「今日はご主人様の入学式ですから、少し張り切って色々と。新入生は少し早く登校されるそうですよ」


 俺のスケジュール管理とかも彼女がしてくれるのだから、だらしない自分にとってこれほどありがたい存在はない。


 しかし……


「遠坂さん、ちなみに入学式に在校生は参加されるんですか?」

「いいえ、その間は普通に授業だそうです」

「じゃあ式にはこれませんね」

「なにをおっしゃいますか! 私は学生である前にご主人様のメイドでございます、死んでもかけつけます!」

「……メイドである前に学生でしょうが」


 鼻息を荒くする遠坂さんを見ていると不安で仕方ない。

 そもそも家族でもない人間がなぜ入学式にくるのだと学校の先生からも絶対指摘されるだろうし、授業を抜け出してなんて問題外だ。


 どうやったら諦めてくれるかなぁ。


「あの、ほかの保護者の人のビデオとか借りてくるんでそれじゃダメ、ですか?」

「ご主人様、もしかして私に来られたら迷惑な……も、もしかして彼女さんとかがいらっしゃるとか!?」

「い、いませんしそれがなにか……?」

「ほっ。」

「ほっ?」

「い、いえ! 朝食をお持ちしますね!」


 今、ちょっとだけ遠坂さんが怖かったような……。

 やっぱりどうしても俺の入学式に来たいのか、それともうちの親から何か言われてるのかな?


 ちなみに遠坂さんはドジっ子ではあるが料理が下手なわけではない。 

 むしろ上手い、しかもかなりの腕だと素人でもわかるほど。


 今日のフレンチトーストとか、コンビニで買ってきたパンがよくここまで絶品になるものだと一人でほほうと声をあげてしまうほど。


「ご主人様、お味はいかがですか?」

「うん、美味しいです。遠坂さんの料理はどれも最高ですよ」

「そ、そんな……お褒めの言葉ありがとうございます、私もう死んでも構いません!」

「い、いやそこまで大袈裟な話じゃないですけど……」

「いえ、私嬉しすぎて今からもう一品作っちゃいます!」


 また鼻息を荒くして、意気揚々とキッチンへ戻っていく遠坂さんを見ながら、あと五分で家を出ないといけないのになにを作るつもりなのか逆に興味すら出てしまった。


 もちろん時間のことなど忘れていて、今からシチューを作ろうとし始めたので慌てて止めるわけで。


「遠坂さんも制服に着替えないとまずいですよ」

「も、もうそんな時間ですか?すみませんすぐに着替えて参りますので!」


 一体あの人の腹時計はどうなってるんだ?

 いや、遠坂さん相手にツッコんだら負けだな。


 やれやれと首を振りながら彼女が着替えて出てくるのを待つ。

 しかしあまりにも出てくる気配がなく彼女の部屋の前まで行き声をかけると返事が返ってくる。


「すみません、礼服をしまった場所がわからなくて」

「いやいや今日から新学期だから制服ですって」

「あ、そうでした!すみません……ええと、制服……」


 そこからまた十五分ほど。待ちに待ってようやく出てきた彼女はメイドさんから女子高生に変身。

 その姿をみて、改めて彼女が高校生なのだと実感するとともにその可愛さに目を奪われる。


「あ……」

「へ、変でございますでしょうか……?」

「い、いえとてもいいですね、制服姿の遠坂さんも」

「まぁ。ご主人様もとてもいいチョイスですねそのネクタイ」

「学校指定ですけど……」


 褒めるポイントもちょっとズレてる遠坂さん。

 でも、可愛いというか美人というか、不思議な魅力を持つ彼女と一緒に家を出て学校に向かうのは少々落ち着かない。


「あら、父兄の方とご一緒に登校されている方も多いですね」

「今日はこの辺の中学校も入学式だから。春って感じですね」

「ええ、桜が綺麗ですしお花見とかしたいものですね」

「します? 今日は学校お昼までみたいですし」

「します! それでは私、入学式が終わったらお弁当の準備のために先に帰りますね」

「だから授業受けてくださいって!」


 どうしてことあるごとに家で料理をしたがるのだこの人は……

 去年一年間、ちゃんと高校に行けてたのかなぁ、心配だ。


 俺が今日から通う市立冬埼高校は、地元ではまずまずの進学校。

 俺も家が近いという理由で選んだだけだが、地元の連れの多くもこの学校に進学している。


 だから、当然顔馴染みが多い。


「おお、おはよう深瀬……って隣の人、誰だよ」


 声をかけてきたのは俺の幼なじみの一人、上杉康太うえすぎこうた

 中学まではサッカー部、高校ではハンドボール部に入る予定のスポーツマン。

 爽やかルックス長身の中性的な顔をしたやつで女にはよくモテる。


「ああ、ええと、学校の先輩だよ」


 ちなみに昨日の夜、遠坂さんには注意をしたのだけど、メイドとはいえ高校生の男女が一つ屋根の下で一緒に暮らしているというのは問題があるだろうということもあり彼女は近所に住んでいる知り合いのお姉さんという設定になってもらっている。

 たまたま学校の先輩になって、今日もたまたま登校中に出くわしたということにしているのだけど……


「はじめまして、私遠坂と申します。ごしゅじ」

「あー、ごほんっ!」

「え、ええと、深瀬さ……深瀬君のご両親がうちの親と仲良くてですね、その関係で彼とは旧知なのです」

「へぇ、こんな美人な知り合いが深瀬にいたなんてなぁ。はじめまして、こいつの友達の上杉です。よろしく」

「まぁ、ごしゅ……深瀬君のお友達ですか。よろしくお願いします」


 なかなかメイド状態の癖が抜けない彼女と友人を接触させるのは危険が伴うので、今日ばかりは上杉にとっとと退散してもらおうとするのだが、なにせこいつは可愛い女子に目がない。

 しつこく遠坂さんに話しかけてくる。


「遠坂さんって可愛いですよね?めっちゃモテるでしょ?」

「い、いえ私はそんな……」

「いやいや学校でも絶対人気者でしょー。よかった、こんな美人な先輩がいる学校に来れるなんて幸せだよ」

「まぁ、お上手ですね。そんなこと初めて言われ……は、初めて、ですね」


 なぜか、何かを言いかけて彼女は少しフリーズした。

 なんだろう?なにか上杉の言うことに引っ掛かることでもあったかな……


「もういいだろ上杉、今日は遠坂さんと久々に話してるんだから邪魔するな」

「美人を独り占めとかお前もやるなぁ。わかったよ、じゃあまた後で」


 ようやく厄介払いができたと、走っていく上杉を見ながらホッとしているところで俺は後ろから服をぎゅっと掴まれて足取りが止まる。


「と、遠坂さん?」

「ご主人様……ご主人様は、その、私と同じ学校で、嬉しくないですか?」

「へ?」


 ふるふると震えながら、なぜか涙目になってこちらを睨んでくる。


「ど、どうしたんですか!?」

「ご主人様には、あんな風に言ってもらったこと、ないです……」

「はい?」

「私、自信を失ってしまいました……本日をもって依願退職を」

「ま、待って待って!お、俺もすごく嬉しいよ!うん、遠坂さんと一緒の学校なんてすごく嬉しいなぁって、あははは……」


 な、なんで急にこんなことになるの?

 でも、遠坂さんが今にも泣き出しそうだしこんなところで泣かれたら周りにどんな目で見られるか……


「本当ですか?」

「ほ、本当ですって!」

「じゃあ……わかりました♪」

「は、はぁ……」


 うーん、やっぱり遠坂さんの沸点とかがイマイチわからない。

 それに泣いてたかと思うと急に怖い顔するし、すぐにニコニコになるし、この人って結構感情の起伏が激しいタイプ、なのかな?


「ご主人様、もうそろそろ到着いたします」

「あ、ほんとだ。なんかワクワクするなぁ」

「ええ、私はまず教室に向かいますがすぐに駆け付けますので」

「無理しなくていいですよほんと……」

「やっぱりご主人様は遠坂の事など……」

「い、いやいやすぐに来て!うん、待ってます!」

「はい、かしこまりました!」


 正門に着いたところで颯爽と走っていく遠坂さんを見ながら思うこと。


 結構めんどくさい性格だなぁあの人。

 

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