最終話:私立浅越高校「第一」演劇部

外へ出た。

陽射ひざしが痛い。

でも、傷をすには、これくらいの痛みがいい。

「何かしたいな」

セックスじゃない。

セックスは確かに私にとって生きる力なんだけど、今は、それよりも大切なことがある。

何で、あんなに処女にこだわっていたのかなあ……。

私、そんなに人よりセックスのことばかり考えてるわけじゃない。

どうして、一人になることにおびえてたんだろう。

私は私の大事な私を愛したい。

今は、それだけ。 


私は、卒業前に、自分から演劇部を退部した。

そして、『私立浅越高校第一演劇部』なるものをつくった。

水谷は猛反対した。

優しさだった。

でも、私は断わった。

創部許可を部活統括の教師に取りに行った。

3年が今さら面倒なことするな、と煙たがれた。

「『第一』ってのが気に入らねえなあ。『第二』ってするのが礼儀だろう」

知ったことか。

誰も『第一』って名乗ってないんだ。

私が『第一』と言えば『第一』だ。

私個人のためにやっている。

今の演劇部が文句を言わないなら、それでいいじゃないか。

しかし、当然、許可は下りなかった。

でも、私は、自分は『第一』の部員だと言い張った。

3年の女子は、私の言動にあきれ果てて引いていた。

でも、私の目には映らなかった。

卒業アルバムの自分の写真の下に、20字のコメントを載せることになって、私は「第一演劇部の活動が思い出深かった」と書いた。

書き直せ、と担任から言われた。

私はね付けた。

却下なら、そっちで勝手に作って書いて構わないと言った。

「お前……」

向こうは、終始、嫌な顔をしていた。

アルバムの部活動紹介の写真に、水谷が、入れと言ってくれた。

私は断わった。

「西野さんたちが気に入らなくて写らないのなら、私も一緒に写らない」

と水谷は言ってくれたが、それは、さすがに説得した。

私は、ツッパリでやってるんじゃないんだよ、

こいつぁ私のきあがるパッションなんだ。

パッショネイトでやってるんだ。

それより、私は、30分程度の一人芝居の台本を書いてくれ、と水谷に頼んだ。

私のための舞台だ。

水谷はこころよく引き受けてくれた。

ついでに演出もしてくれた。

ステージの使用許可が下りなかったので、昼休み、体育館横の空地で第一演劇部の芝居を一人上演した。

一応告知はしたが、誰も来なかった。

水谷一人が見てくれた。

恥ずかしかったけど、嬉しかった。


幕が上がる。

柔らかい。

山吹やまぶき色。

いい陽光だ。

私を洗い流してくれる。

私は全身で浴びる。

ピョコンと前に水谷が一人体育座りをしている。

パタパタパタと一人拍手。

ワーッと私の両手は上がった。

ありがとう、水谷。

聞こえるよ、私には。

割れんばかりの満場の拍手が。

温かい声援が。

私は深々と礼をする。

「ただ今より、私立浅越高校第一演劇部・公演を行ないます」

 スーッと息を呑む。ふくれ上がる胸。グウッと腹に力を入れ

〈確か、ここに買い置きのタバコがあったはずなんだけど〉


始まった!。


空に突き抜ける私の声。

ずっと遠くへ。

こんな大きな声、生まれて始めて。

喉がジンジン言っている。

私は続ける。

空地に広がる私の声。

もう、同じ声は二度と帰ってはこない。

同じ芝居は二度とできない。

生きている。

恋のスリルのよう。

昼休みは一時間。

今日という、この日。

私は顔に汗を滲ませる。

光に溶けて、私は声を上げた。

つっぱって締め付けていた身体からだ中の皮が、一気にゆるんで、フワッとなる。

でも、しんは熱く固い。

運動場かられてくる騒ぎ声が、効果音のように私を動かしてくれる。

みんな私の音。

みんな私の声。

みんな私の光。

私は私の光を浴びる。

私の耳にね返ってくる声。

私の台詞。

誰のためでもなく。

私だけのもの。

身体が熱くて気持ちいい。

目の前がグルグルまわる。

私はしっかり地面を踏みしめる。

そして、この喜びを胸にしまい、

これからも生きていく。


ごめんよ、水谷。バカな私……。

でも、こういう生き方がしっくりきちまったんだよ。


私は精一杯演じた。

ずいぶん教師たちからボヤかれた。

あと2・3か月で卒業だ。

いい迷惑だよ。

あとちょっと辛抱すればいいものを。

みんな、おとなしくしのいで生きている。

でも、そんなの、私はいいや。

そうやって時はみんなを一纏ひとまとめにしてき去っていくのだろう。

私は相変わらずすれっからし者だ。

でも、今、そのポジションにいることに恐怖はない。

私は、卒業アルバムの第一演劇部のコメントを取り消さなかった。

だから、教師が勝手に「修学旅行がおもしろかったです」と書きえて載せた。

別に構わない。

そのままにしてやった。

そして、結局、演劇部の記念写真にも写らなかった。

従って、私が演劇部で活動した記録は残っていない。

でも、私は、それでいいと思った。

私は自分で自分を精一杯愛したんだ。

私立浅越高校第一演劇部は、私の主演舞台だったんだから。

(終)

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失恋とイジメ、非リア充の私がダブル克服!@いったいどうやったの?。話すけどマネしないほうがいい!。 武田優菜 @deadpan

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