第3話
宿の主人に勧められたレストランは宿のすぐ近くにあった。朝早くから夜遅くまで営業しており、船乗り達がよく集まるのだという。最も情報が飛び交いやすい場所としても有名らしい。
テラス席があり、船乗りは勿論、夫婦や家族、恋人同士で利用するにも申し分ないロケーションでもあった。
おすすめは新鮮な魚介類を使ったメニューらしい。魚介類とアルコールで客は全員上機嫌になるのだとか。しかし今はまだ朝。酒を飲むには早すぎる。
朝から既に多くの客でごった返しており、数少ない店員は半ば急ぎ足で店内を動き回っていた。上機嫌な笑い声がよく響いていて、とても楽しい雰囲気なのがよく分かる。
「んー、美味しい! 私スモークサーモン大好き!」
カウンター席に座ったアーティーは、スモークサーモンとクリームチーズを挟んだサンドイッチを食し、ご満悦。この国で獲れた鮭を燻製にしたものらしい。パンからはみ出るほど大きかった。
ようやく食事にありつけたエルマは隣で黙々と食べ続ける。その間、周辺を見渡した。陽気な船乗りや上機嫌な一般客ばかりが集まっている。とても店の中は平和だ。
夜に野生の魔女が出没しているということを気にしていないかのよう。
「エルマ、ちゃんと食べてる?」
「あぁ」
「もっと美味しそうに食べようよ。あ、おじさん! デザートにアイスはないですか?」
アーティーはカウンターの向こうにいる店員に声をかける。恐らく彼が店主だろう。他の店員とはエプロンの色が異なっていた。
「勿論あるよ。色んな味が揃っているからなんでも言ってごらん?」
「ありがとう! エルマ、アイス頼んでいいよね?」
上機嫌で訊ねるアーティーに、エルマは小さく頷いた。ここで食べるならわざわざ他の店を探す必要がなさそうだ。
サンドイッチの最後の一口を頬張ると、エルマはカウンター越しにいる店主に声をかけた。
「話が聞きたいのだが、夜になると野生の魔女が出てくるそうだな」
「え?」
店主はとても驚いた顔をしていた。そして慌てて周囲を見渡している。まるで何かを警戒しているかのように。
もしかして聞いてはいけない質問か? いや、野生の魔女の話などタブーではない筈だ。
「あんた、どこでそれを?」
「この街の北にある村の人間から聞いた。噂程度だと言っていたがな」
「……あ、あぁ、これはあくまで噂だよ」
店主は必死に噂であると主張している。どうやら噂ということで話をしたいそうだ。どうしても聞かれたくない事情でもあるのだろうか。
やはりこの街は平和で賑わっているように見えて、そうではないということか。
店主はエルマの側まで歩み寄り、小さな声で話す。
「野生の魔女は出るよ。夜になるとたくさん」
「ほう?」
「だけど、この街の領主が保持している魔女が全部退治してくれるんだ」
領主? あぁこの街を管轄している人間か。この国は共和制だから、王侯貴族が管理をしているわけではないようだ。
だが、領主が保持している魔女というのが引っかかる。共和制だから、領主とは言え民間人であることに変わりはない。
「魔女は国で管理するものではないのか? 何故領主が持っている?」
「一応、国から預かった魔女とは言われているが、実際は個人保有だろうなという話さ」
エルマにそう話しながら、店主はアーティーに欲しいアイスの味を訊ねる。バニラとイチゴ! と彼女が答えると、いそいそと準備をした。
ガラスの皿にアイスクリームを乗せつつ、エルマに視線を向ける。
「その魔女が野生の魔女を退治しているから、一応野生の魔女の被害は出ていないんだ。だが……」
「いくら何でも話ができすぎているということか」
エルマの問いに、店主は小さく頷いた。
「え? どういうこと?」
話が飲み込めていないアーティーは不思議そうにエルマを見る。だが、エルマは小さく首を振って回答を拒んだ。
誰が聞いているか分からないところで、深い話はするべきではない。
「後で教えてやる」
「はーい」
些か納得いっていない様子だったが、店主からアイスクリームを受け取ると上機嫌になるアーティー。口にした時、とてもにこやかに口元を綻ばせた。
「まぁ、野生の魔女を退治してくれる領主は街の英雄さ。そのおかげで、誰も領主に意見できないという状況になっている」
「……」
「ここだけの話、やばい商売も横行しているんだが、それも見過ごされている状況だ。訴えようにも、もみ消されてしまう」
店主の言葉に、エルマは納得したかのように頷いた。
平和で賑やかに見えても実際はそうではない。水面下でじわりと闇の手が伸びているのだろう。
領主がどのような人物かは分からない。当然、彼が保有している魔女も。
果たしてその魔女は……。
「まぁ、旅の人にはあまり関係のない噂だ。あまり広めないでくれよ……」
「広める気はないが、野生の魔女の対処はできる。俺は魔女狩り屋だ」
「え?」
店主は目を見開いた。そしてまた辺りを見渡す。誰もこちらを気にしている様子はなく、陽気に食事を楽しんでいた。
安全を確認した店主は、息を潜めてエルマに言葉をかける。
「……町長のホーウォンさんに会ってくれ」
「分かった」
何故かは聞かなかった。エルマはすぐに理解した。
そして同時に、口角が少しばかり上がった。
「アーティー。アイス食ったら行くぞ」
「もうちょっと味わわせてよ」
と返すアーティーの目も、先程とは打って変わっていた。まるで何かの決意を秘めたかのような色を帯びていたのだ。
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