第2話
港の国はその名の通り、海に面した小さな国だ。あらゆる国の船が訪れ、交易を行う。様々な物品を取り扱う店が並んでおり、探しものは大体港の国にあると言われるほど。
数十年前、王制から共和制に移行した。貿易が中心となっているため、諸外国からの行き来も比較的自由で、ややこしい手続きは一切必要ない。結果、他国からの観光客が年々増加している。
その反面、治安に関しては不安が生じていた。密輸、密売が横行し、違法薬物が出回っているという噂もある。野生の魔女も出没するという。取り締まれど取り締まれどキリがなく、魔女を何度撃退してもまた新たな野生の魔女がふらりと現れる。
安定しているようで不安定な国。それが港の国だった。
エルマとアーティーが港の国の中心街・シャーラスに辿り着いたのは朝の9時だった。街に着いた時点で賑わいがあり、あちこちの店が既に開いている。
船を経由してこの街に来た者もいれば、エルマ達のように車で入ってきた者もいる。石畳の大通りではいくつもの車が行き交っている。その車の殆どは屋根のない、薄っぺらいタイヤを並べただけのもので、エルマ達が乗る四輪駆動車はあまり見かけない。
「私達が乗ってるものとは違うねー」
「長距離移動向けじゃない車だ。近くに移動する程度や、街に定住するだけならあれくらいでいい」
「いいなー。乗ってみたい」
「あれに乗ると一生目的地に着きそうにないぞ」
呆れたように息を吐いたエルマは、近くの路上に車を停める。屋根のある四輪駆動車は珍しいのか、行き交う人の視線がこちらに集まってくる。
しかしそんな視線など慣れたものだ。エルマもアーティーも気にする素振りを見せなかった。
「宿の手続きをする。お前はここで待ってろ」
「アイスは?」
「後だ」
エルマは車にアーティーを残し、目の前に立つ宿屋へと入る。三階建ての石造りで、歴史を感じさせる外観だった。
宿屋の主人と顔を合わせ、宿泊を伝える。旅人の宿泊は珍しくないのか、老齢の主人は淡々とした様子で手続きを行う。名前と宿泊日数、宿泊人数も当然聞かれる。
「娘と2人で宿泊する」
「おや、親子で旅ですか?」
「そんなところだ」
一番手っ取り早い答えだった。アーティーはエルマの娘ということにしている。そうしたほうが怪しまれることも訝しげられることもない。
仲が良いですねと主人に言われつつ、手続きを終える。車を何処に置けばいいか訊ねると、駐車できる場所を教えてくれた。まずは車をそこに停め、そして改めて宿に戻ろう。
宿を出ると、アーティーは車の外に出ていた。何かを探しているのか、あちこちを見渡している。
「なにか気になるものでもあったか?」
エルマの声に、アーティーははっと振り返る。こちらが近づいていることに気がついていなかったのか。
「ううん、この街に野良がいるって言ってたじゃない? それでちょっといないかなー? って気配を探ってみたんだけど、何も感じないのよね」
「この近辺にはいないということか?」
「うん、きっと。でもこの街広いから、あちこち見て回ったら痕跡くらいは分かりそうな気がするんだけど」
人がとても多いなぁと、アーティーは肩の力を落とす。確かにこの街はたくさんの人が集まっている。入り乱れている中で野生の魔女がいるかどうか探すのは困難だろう。
ふとエルマは思い出す。確か昨夜出会った男は言っていたな。
「野良が出てくるのは夜じゃなかったか?」
「あれ、そうだっけ?」
首を傾げるアーティー。どうやら忘れていたようだ。昨夜の眠気が近づいていた時の会話だから、無理もないか。
だが、エルマも街を見渡して、表情を歪める。朝でもこの人出ならば、夜も同じではないか? 夜間に営業している飲食店も多々あるだろうし。
もしその状況で野生の魔女が現れて暴れているのであれば、相当な被害が出ていそうだが、被害が出る前に国で管理している魔女を使って撃退しているのだろうか。それともエルマ同様の魔女狩り屋がいるのだろうか。
まだこの国に来たばかりで何も情報が分からない。それを探る必要があった。
「アーティー。まずこの車を置きに行く。それが終わったら荷物を宿の部屋に全部詰め込む。その後に飯だ」
「え? アイスは?」
「お前は朝飯の前にアイスを食うのか。先に飯を食え。育ち盛りだろう」
いつまでアイスにこだわっているのかと溜息が漏れた。それよりありったけの朝食が食べたい。もう空腹が限度を超えていた。
「魔女は成長しないんだけどー?」
「体の成長はなくても頭の成長くらいはするだろ」
「ええ!? つまり私はバカってこと?」
「言ってない」
エルマは運転席に乗り込み、エンジンを回す。アーティーは唇を尖らせつつも助手席に乗った。
まずはこの車を駐車させ、そして宿へ向かおう。夜通し運転をして眠れていないが、先に食事を済ませたい。睡眠はその後だ。
「飯食うところでアイス売ってる場所を聞いてやるから機嫌直せ」
「バニラとイチゴのダブルがいいなー」
「あぁ、探してやる」
アクセルを踏んで車を走らせる。賑わいの中を突っ切っていく。何処かで楽しそうな声が聞こえ、店の呼び込みの声も聞こえてくる。
一見平和な街だ。だがここには野生の魔女が出るという。
旅の資金調達のためにも、仕事にありつければいいがと思いつつ、エルマは目的の場所へと向かった。
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